学校初日・後半
ラファエロが離れると、先ほどと打って変わって令嬢がアドリアーナを取り囲む。
アドリアーナについて心配してくれていたようだ。2年前の事故は学院内でも大きなショックを与えたこと、さらに生きているが目が覚めないということで呪いなどさまざまな憶測を呼んでいたらしい。体面を気にする貴族だ。先ほどまで話しかけづらかったようだ。
(ラファエロ様が口火を切ってくれたのか)
話題はすぐラファフェロに移る。
「先ほどお話ししていたのはラファエロ第二王子とブルーノ様ですよね?」
「お二人は5年間アストリアに行ってらしたと思いますが、アドリアーナ様はどのような関係で?」
「ラファエロ殿下とブルーノ様はどのようなご用件で?」
アドリアーナとの間に大した関係性がないことがわかると、ラファエロについての噂も口にし始めた。
「アストリア語もご堪能と聞きますし、あの美貌ですから女性がひっきりなしに来ていたとか。恋人と隠し子も数人アストリアに残してきたとかいないとか」
「アストリア贔屓と聞きましたわ。口の悪い人は、王子がアストリアに洗脳されているなんていう人もいるそうですよ。ひどい言いようですよね」
「そうだとしても、あの美しさなら、私は構いわせんわ。ふふふ」
アストリア語が堪能というのはおそらく本当だ。集中授業でもアストリア語の単語の発音が非常に綺麗だった。それ以外はどこまで本当かわからないが、有る事無い事を噂されてあの王子も大変だ。アドリアーナは同情すると同時にイライラして一言言ってしまう。
「憶測を陰で話すのは良くないと思う。気になるなら直接ラファエロ様かブルーノ様に聞いてみたら?」
アドリアーノが正論をぶつけるとシーンとする。令嬢たちは苦笑いをして別の話題に移った。これもこれまでよく経験してきたことだ。
「ところでテレサ嬢のご婚約の件はお聞きになりました?」
「ええ、学院を卒業したら婚姻をして辺境の領地に移られるとか」
「私には無理だわ。でもお相手は本当に素敵な方だから辺境でもいいわね。私の婚約者なんて……」
この会話に何も情報を提供できないアドリアーナ。ぼんやり先ほどのブルーノとのやり取りを思い出していた。
(ラファエロ様はいつもつまらなそうにしているのに、授業について側近に話すことなんてあるのか)
「で、アドリアーナ様は卒業後のご結婚のご予定は? それともご家族のお手伝いをなさる予定?」
そう聞かれて急に現実に戻った。
◇ ◇ ◇
婚約者の話は、拷問だった。アドリアーナは、自分が友人の幸せや恋愛話がこんなに楽しめない人間だと思わなかった。
しかし卒業後の話は、もっと違う意味でアドリアーナの気持ちを沈ませた。
ロッシーニ家は国内有数の研究者家系だが、それは違う気がしている。一方、「王子様」に憧れてきた自分だが、それが職業にならないのもわかっている。では国の民と周りを幸せにできることってなんだろうと考えた時に、政策を作る官僚や外交官として王の名代になることに憧れてきた。
外交官、官僚、軍上級将校など、国の特別職につくには王立アカデミーへの入学が必須だ。高等部卒業時の成績トップ5%、先生の推薦、生徒会等の課外活動、全てが揃って初めて入学できる。ロッシーニ家の人間は当たり前のように卒業しているので、アドリアーナも当然そのルートは行けると思っていた。
今のアドリアーナの成績は底辺からのスタートだ。推薦状も課外活動の実績もない。普通に考えれば、王立アカデミーへの扉はもう閉じている。
(でも普通に考えていたら、たどり着けない場所がある)
顔を両手でぱちっと叩き、気合を入れる。
◇ ◇ ◇
そんなことを考えていたら、自分のクラスの教室にたどり着いた。先ほどまでおしゃべりしていた令嬢は皆別のクラスだという。
他のクラスとは別の階。最上階の最奥の、ともすると倉庫のような場所にあった。ドアを開くとそこには誰もいない。
最前列真ん中の席に座る。最初が肝心だ。絶対に成績トップを取るのだという気合を見せようと思った。
するどこからともなくスッとメモが机に現れる。
【ロッシーニさん?】
「ひっ!」
全く気配がない。しかし改めて左右と後方を見ると、左後ろに男子学生が一人いる。前髪が顔を隠していて全く目が合わないし、そもそも地面を見ているので目が合うわけもないが、とりあえず話しかける。
「はい。アドリアーナと呼んでください」
「そ、それはっ。」
素っ頓狂な声がした後に、ささっと新たな書類の束とメモが机に置かれた。
【先生から預かっていた連絡です】
また左後ろを振り返ろうとしたら、その席に足をドンと置いたオールバックの男子学生がこの前髪重め男子に睨みを聞かせている。
「おい、こら、てめー」
「ひゃっ、ごめんなさい。コロさないで……」
「あん? 聞こえねぇんだよ。言いたいことあるならハッキリ言え」
アドリアーナは何が起きているかわからず言葉が止まった。
(何が起きている? 共学怖い)
反対の後ろを見るといつの間にかもう一人学生がいる。
ピンクの髪を左右に結んだ可愛らしい女の子だ。少しホッとした。しかし彼女はカバンから次々とカラフルなぬいぐるみを取り出し、机の周りに飾り始める。と思うと、長めの針と糸でうさぎのぬいぐるみの目を縫い付けはじめる。
彼女と目が合ったと思ったら、思った以上の警戒の目で睨み返された。針も心持ちこちらを向いている。
すると先生らしきおじいさんが入ってくる。アドリアーナは今度こそホッとする。白衣を着ているが背がアドリアーナよりも低く、裾が床につきそうだ。
「はい、大体みんなそろったかなぁ」
先生が気の抜けた声で喋ると、治安の悪い声でオールバックが突っ込む。
「いや、全然足りないだろう。ボケてるならもう引退しろよ」
「わしそんな歳じゃないよ、アリスター君。ふぉふぉ。じゃあ、今日は一年の初めだし、それぞれが今年の目標書いて提出してください。書いたら解散にしようか」
(緩すぎないか?)
アドリアーナは、成績トップを取らなければ王立アカデミー入学の入り口にも立てない。このクラスはすでに諦められているのだろうか?と絶望的な気分になった。
(王立アカデミーへの道、終わった)




