学校初日・前半
今日から学校の新学期が始まる。個人授業のおかげで勉強のリズムはできたが、それでも学校となると別物だ。初めて会う人も多いし、久々に会う同級生や後輩も多くいる。比較的動じないタイプだと自認するアドリアーナでも、楽しみ8割、緊張2割の気持ちだ。
弟とともに馬車で学校に向かう。エミルにとっても高等部に入学する初日だ。貴族学院は中等部までは男女別学だが、高等部からは共学になる。男子同級生はほぼ顔見知りだが、残り半分の女子学生とはあまり交流がない。
そういう訳でエミルも緊張しているようだ。同時に、ふわっとベルガモットの香り身に纏っているのをアドリアーナは見逃さなかった。
(弟よ、なかなかやるな)
学校に着くと入り口の噴水でカタリーナが待っていた。
「アードリ!おはよう。チャペルまで一緒に行こう。新学期の礼拝があるから」
カタリーナが「9年間同じクラスだったのに、今年は一緒じゃないなんて本当に悔しい」などぶつぶつ言いながら、悔しそうに拳を握っている。チャペルにつくとエミルは左側の1年生の席に向かい、二人は右手の3年生席に向かう。
そこには、半分は知っている同級生がいるはずだった。だが化粧やドレス、顔つき体つきも変わっていて、びっくりするほど違う雰囲気だ。アドリアーナはヒナの巣立ちを見送った親鳥のような気持ちになった。
そんなことを考えながら、1列目に座る。
(さあ、ここから始まる)
久々の始業礼拝は学院長挨拶の後、新しい先生の紹介が行われた。グラッシ先生という元軍人の体育教師が入ったという。他にも何人かいたのだが、騎士とは違う軍人の鍛え方に興味があり、その先生だけ記憶に残った。
(後で話を聞きに行ってみよう)
新年度の始業礼拝が終わると、学生がザワザワおしゃべりしながら教室に向かっていく。
カトリーナは友人に挨拶をしに行ったので、アドリアーナは一人で周りを見渡す。旧友の何人かと目が合うと、皆ニコッとする。挨拶を交わしたらそれぞれの友人の輪に戻っていく。おしゃべりしている令嬢グループに近づくと、「アドリアーナ様、ご機嫌よう」と会釈をして、散っていった。
(夏休みが終わったばかりだから、各々友人と積もる話もあるのだろう)
一人で3年の教室に向かおうと歩き始めたところ、「きゃー」っという女子生徒の歓声が聞こえる。目を向けると、見知ったゴールデンブロンドの男子学生が女子生徒に囲まれていた。多くの手紙やプレゼントを渡されているようだ。
少し離れた場所にいたアドリアーナと目が合ったような気がするが、またすぐ女子学生達の方を向いて話をしている。そしてとびきりの笑顔と手を振ると、さらに歓声が大きくなる。
(すごい人気だ。まあ、あれだけの美貌かつ王子となると、令嬢達が放っておくわけないよな)
アドリアーナがまた自分の教室に向かっていくと、後ろから「おはよう」と声がかかる。
振り返ったアドリアーナはふと思ったことを口にした。
「ラファエロ様は同じ学年だったんですか? てっきり年上かと」
「老けて見えて悪かったな」
「いえ、意外だっただけです。あなたの地政学や歴史に関する思考の深さを知っているので」
老けていると言われ、気分を害したのだろうか、ラファエロがまたいつものようにフイっと目を逸らした。すると、後ろにいた黒髪の男子学生がこちらに軽くお辞儀をする。
「アドリアーナ嬢ですね。はじめまして。ラファエロ殿下の側近を務めるブルーノと申します。あなた様のお話はよく伺っています。殿下と私は、クラスは違いますが同級生になりましたのでこれからもよろしくお願いしますね」
アドリアーナは膝を軽く曲げて会釈をしたのち、自己紹介をしようとブルーノに向き合う。
ブルーノは身長こそラファエロと同じくらいだが、マジマジと見ると服の上からでもわかる胸板の厚さと二の腕太さを持っている。体の中心がぶれず、揺らしても全然動かなさそうだ。以前、アドリアーナが企画した古代スポーツ運動会で「綱引き」と呼ばれる競技があったが、それに参加してくれたら非常に強い助っ人になるタイプだ。
「美しい」
ブルーノを見上げたアドリアーナの心の声が漏れていた。
「え?」
「は?」
ブルーノとラファエロが同時に声を出す。
ラファエロは冷ややかな視線をアドリアーナに向けている。
「失礼しました。わたくしはアドリアーノ・ロッシーニです。ブルーノ様はだいぶ鍛えてらっしゃるとお見受けします」
「これは令嬢から指摘されると照れてしまいますね。ええ、アストリアではラファエロ様と毎日剣術の練習をしていました」
アドリアーナは自己プログラムで筋トレと剣の素振りを続けていたが、正直言って効果が上がっていなかった。自己流ではなく結果の出ている人にアドバイスをもらえれば、早く筋力・体力・剣術のスキルが回復するのではないかという期待があった。
「素晴らしい! やはり素振りだけではなく実戦形式での練習が重要なのですね。ぜひ機会があればわたくしも手合わせ願いしたいです」
初対面の人間の依頼にも関わらず、ブルーノは笑顔で承諾してくれた。
ラファエルは、ジト目で先ほどよりさらに冷たい視線を今度はブルーノに送っている。急に踵を返し、「行くぞ」と言って去っていった。
(側近に余計なことを依頼したのが気に障ったのかな)




