第二王子
個人講義も始まってみるとあっという間に1週間。授業の流れも固まってきた。
先生がその日のテーマについて講義をした後、アドリアーナが自分の疑問や考えを先生にぶつける。先生はあえて自分で答えず、ラファエロに投げかける。ラファエロは相変わらずリラックスした様子で授業を受けているのだが、そういう時にスッと的確に簡潔な回答をする。そこに先生が補足や別の視点を提供するという形だ。
(悔しいけど勉強不足を実感させられる。いや、圧倒的な思考不足というべきか)
王子と一緒に勉強するメリットは学びの深さ以外に、もう1つあった。ラファエロは意外と甘いものに目がないらしく、香り高いお茶と日替わりの珍しい焼き菓子や氷菓子がサーブされるのだ。
今日も授業開始から1時間経って小休憩に入ったタイミングで、侍女がお茶とお菓子を持ってきた。パイ生地の間にナッツなどが入っているものだ。
「これはパラヴィと呼ばれるアストリアの国民的な菓子だ」
授業以外でラファエロから話しかけてくるとは珍しい。少し警戒されている気がしたが、お菓子で気が緩んだのかもしれない。アドリアーナも気になったことを聞いてみる。
「国民的お菓子ということは貴族も平民も皆食べるのですか? すごい国ですね」
アストリアで砂糖をたっぷり使ったお菓子が全国民に浸透している。そのことだけで裕福な国ということがわかる。ザフィールでは砂糖は高級品で、平民は砂糖の代替品として甘みのある芋を使ってお菓子を作ることが多いと聞いたことがある。それはそれで食べてみたいと思う。
ラファエロはこちらの考えたことに気づいたのか誇らしげに言う。
「その通りだ。アストリアはここ10年で民の暮らしが非常に豊かになった」
アドリアーナは早速パラヴィを口に入れる。甘みと共になんともいえない異国の香りがした。
「んんん?」
「カルダモンの香りか。あちらではよくお菓子や料理に使われる」
ようやくパラヴィを食べ終わりしゃべれるようになったアドリアーナが口をひらく。
「ラファエロ様は本当になんでも知っていますね。この間は東洋の菓子についても、『粒あん派じゃなくてこしあん派だ』とか一人でぶつぶつ仰ってましたよね」
「ああ、聞こえていたか」
(この人、お菓子を食べると独り言が出てしまうのに気づいてないんだな)
「お菓子で世界を繋ぐ、スイーツ外交王子にでもなったらどうですか?」
いつもは落ち着いた表情のラファエロからふっと子供っぽい笑顔が漏れる。
「ふっ。甘いものは人を幸せにするから、スイーツでの外交も存外間違ってないかもしれないな」
つやつやのゴールデンブロンド、均整のとれた顔立ち、長いまつ毛。これに笑顔も加わると、寄ってくる令嬢は後をたたないだろう。アドリアーナは、女子校時代に自分自身がそういう視線の対象であったことがあるだけに逆の想像をしてしまう。最初は美しい憧れの感情だったものが、時に危険なものに変わることも経験していた。
(これだけ美しいと、この人はこの人で苦労しているのかもしれない。初日に警戒していたのも当然か)
憐れみの目で彼を見つめる。目が合ったラファエロはにこやかな顔になり質問する。
「そういう君は、何を目指しているんだ?」
「私は外交官を目指して王立アカデミーに入りたいと思っています。2年間何もできなかったので、だいぶ巻き返しが必要ですが」
「それは……事故後のことは聞いた。大変だったな」
「いや、体は大分回復しましたし、なるようにしかならないので大丈夫です」
あまり深刻に同情されるのも調子が狂うので、アドリアーナはガッツポーズをとって続ける。
「実は子供の頃から『王子様』になりたかったんですよ。だからラファエロ様と一緒に勉強できると聞いて嬉しかったのです」
「……」
ラファエロはなんとも微妙な顔をしている。王子になりたいと言ったのが気に障ったのだろうか。
「もちろん本物の王子になるという意味ではありませんよ」
「じゃあ?」
「王子様は民の幸せを願い、周りを笑顔にすることができるでしょう?それってめちゃくちゃカッコいいじゃないですか。私もそんな政策作れるように官僚になりたいんです」
「……なるほど」
そんな会話をしていると先生が戻ってきた。今日の菓子を発見する。
「おや、今日はアストニアのお菓子ですか。ちょうど次は歴史の授業ですから、アストニアとの17年戦争をテーマにお話しましょうか」
ヘンドリッヒ先生は、100年前に起きた、ゼフィーロ・旧アストニア帝国間の17年戦争の背景を説明する。
発端は旧アストニア帝国が深刻な飢饉だった。3年続きの不作で国民が餓死し始めた帝国は、隣国ゼフィーロに対して農作物・領土の譲渡を要求。さもなくば実力行使に出るという通告だった。当時のゼフィーロ王はこれを侵攻の宣言として直ちに軍を動かした。
「当時のゼフィーロ王の判断について、お二人はどうお考えですか?」
先生の投げかけにアドリアーナは喋りながら考えをまとめた。隣国からの実力行使の通告は脅しだから、ゼフィーロ王が軍を動かしたのは理解できる。ただ、隣国で不作が3年も続いていたなら、もっと事前にできることがあったのではないか、と。
「ラファエロ殿下はどう思われますか?」
「アドリアーナ嬢のいう通り、17年戦争は外交の失敗だ。ゼフィーロ王家と貴族の権力争いで内側がごたついている間に、隣国の情報収集と分析する力が弱まった。チェスで言えば、相手の二手先を読んで動くべきところ、自陣の駒に気を取られ誰も一手先すら考えてなかった」
先生がさらに踏み込んだ質問をする。
「とすると、ラファエロ殿下が王ならどうしますか?」
「それは……意味のない質問だ」
そう答えるとラファエロはパラヴィに手を伸ばし、口いっぱいに入れた。
アドリアーナはごろっとした違和感を感じていた。
(ラファエロ様はいつもチェス盤を俯瞰して見ている。でも分析だけして自分の打ち方のスタイルが見えないんだよな)




