式典
ラファエロは、アイスブルーの正装用上着に袖を通し、全身を写す鏡を見ながら言った。
「行くぞ」
今日はゼフィール・アストリア友好記念式典と呼ばれる、アストリアとの戦争終結を記念する式典だ。王宮から程近い場所にある、この国最大の教会で行われる。参加者は主に王族以下貴族と退役軍人や有力商人などの限られた平民だ。
式典は順調に進んでいく。祭壇に国王、女王が祈りを捧げる。戦争で犠牲になったものへの感謝と鎮魂、末永い平和を願う。そして、最後のアジェンダに移った。
「先のアストリア戦争でトリプル勲章を獲得した英雄、グラッシ準男爵にはこれまでの功績が認められ、男爵位が授与されます。それではグラッシ男爵より一言賜ります」
参加者の席最前列に座っていたグラッシは立ち上がり、国王・女王に礼をして演台に立った。
「アストリアを正しき道に導いてくださる偉大なる神、そして国王陛下、女王陛下に感謝申し上げます。共に戦ったアストリアの同志、あなたたち無しにはこの国の平和はあり得ませんでした。私がいただいた勲章・勲位は全てあなたたちを代表して受け取ったものと思っています」
グラッシが一呼吸おくと、大きな拍手が会場を包む。グラッシは国王に向けて再度敬礼をする。すると急に拍手が鳴り止む。
「グラッシ殿」と斜め後ろから声がする。
振り返り、ラファエロの姿を見たグラッシの顔は真っ青になっていた。3人の軍服の男たちが腕を後ろ手に縛られている。
ラファエロは、玉座に向けて背筋を伸ばして語る。
「国王陛下・女王陛下、突然の発言をお許しください。グラッシ準男爵への爵位授与は取りやめてください。グラッシ準男爵およびヴィラノヴァ子爵は私ラファエロ・ゼフィールとアドリアーナ・ロッシーニ嬢の暗殺を計画した者でございます」
会場が水を打ったように静かになる。しかしその会場から「何をする!」と男性の声が上がる。出席者のヴィラノヴァが王宮警察に囲まれ捉えられたからだ。
ヴィラノヴァのグラッシは王宮警察により国王・女王の前に引き摺り出される。
「証拠はあるのだろうな? いくら第二王子と言え、そのような名誉毀損は許されないぞ」とヴィラノヴァは叫ぶ。
ラファエロはヴィラノヴァには一瞥もくれず、国王に向かって説明する。
「我々がとらえたこの軍服の暗殺者たちはグラッシの元部下です。彼らを使って、私を暗殺しようと企てておりました。アストリア友好記念のこの日に。ヴィラノヴァから彼らへの支払いの証拠もあります」
国王は静かにラファエロの言葉を聞いているが、その拳には力がこもっていた。
「さらに2年半前、アストリア時代にも私の暗殺を企てたうえに、その計画を知ってしまったアドリアーナ嬢も襲っています」
国王は冷たい視線を、捕らえられた2名に向ける。
「何か申し開きはあるのか、ヴィラノヴァ子爵、グラッシ準男爵」
グラッシは四つん這いになった状態で警察に捕まえられている。真っ赤な顔をして下を向いたまま、何も言うことができない。
軍人の中には戦争で武勲を上げることでしか存在価値を見つけられない者がいる、とラファエロは聞いた事がある。この階級社会では、戦争時の英雄でも平時は貴族の下に位置付けられる。自身の地位を上げるには戦争を続けるしか術がないと思うものがいても不思議ではない。
一方、ヴィラノヴァは両膝をついて後ろ手に縛られているが、国王とラファエロを交互に見ている。瞳孔が完全に開いていて、何かが憑依しているように饒舌に語り始める。
「国王陛下、これは陰謀です! ラファエロ殿下はアストリアに洗脳されていたという紛れもない証拠です。このままでは奴らの商売も移民も入り込んで、犯罪も増え文化も侵食され、ゼフィールはアストリアの属国に成り下がる。この王子は排除しなければならない。アストリアとは戦争し続けねばならないのです。私がこの国のため、王家のため、この美しい国を、血を守ろうとしたものを!」
悪魔のようなヴィラノヴァの声が天井の高い教会に響き渡った時だった。
「冗談じゃない!」
そう言ったのラファエロは、ヴィラノヴァの胸ぐらを掴んで睨みつける。
「戦争なんて続けていたら、お前の言う、守りたい『美しい国』なんてものも無くなるぞ」
獣のような目になったヴィラノヴァは、ラファエロの唇に無理やり唇を押し付ける。その時、何かが押し込まれた。ブルーノがその二人を引き離そうとした時だった。
パーン!
ラファエロは一瞬何が起きたかわからなかったが、口に入れられたカプセルをすぐさま吐き出した。すぐ横を見ると、ヴィラノヴァが倒れていることに気づいた。そのこめかみは、ハイヒールに踏みつけられて動けない。
(ハイヒール? っておい)
ヴィラノヴァの側頭部を蹴り倒し、踏みつけているアドリアーナ。その場にいた誰もが呆気に取られているが、アドリアーナは出席者の方を向いて高らかに語る。
「ラファエロ様を暗殺しても、戦争をしても、移民を止めても意味はない。アストリアとの交流は続く。人の好奇心は誰にも止められないんだ、バカもの」
ヴィラノヴァは屈辱と恐怖のあまり震えて腰が抜けている。
「必ず人々はお互いを知りたくなる。それは息をするぐらい当たり前のことで、止められると死んでしまうくらい必要なものだ」
その神々しさに、ラファエロは思いがけず見惚れて笑いが溢れてしまった。
(女神。いやあいつの言うところの『王子』か)
その瞬間、急に心臓が強く熱く脈打ち、視界が端から暗くなり見えなくなった。




