目覚め
目が覚めると、見慣れた天井が見える。ラファエロは自室の寝台に寝かされていた。
エスプレッソ色の髪がベッドに放射線状に広がっている。起きあがろうとすると右手がこの令嬢にぎゅっと握られていることに気づく。
ラファエロは左手で、アドリアーナの顔にかかる髪をそっとかき上げる。
「ラファ……ロ様」
寝起きだからか、いつもより幼い笑顔を見せる。と思ったら、ハッとした表情で立ち上がり、部屋の端のソファーに向かって「ブルーノ様、ラファエロ様が目を覚ましました」と声をかける。
ふと窓の方を見ると夜更けだ。この二人は、部屋で仮眠をとって、ラファエロの目が覚めるのを待ってくれていたようだ。
(あの時、俺は毒カプセルを飲まされ意識を失いかけた)
その後、実は睡眠と覚醒を繰り返していたのだが、声を出す気力は無く、2人に心配をかけてしまった。
駆けつけたブルーノの顔には疲れと安堵の表情がみえる。労ってやりたい気持ちもあったが、先にラファエロには気になっていることを聞いた。
「ヴィラノヴァとグラッシは?」
「グラッシは警察に身柄が引き渡されて、取り調べを受けています。ヴィラノヴァは奴自身も毒の影響を受けているので、今は治療させています。ですが、王族を毒殺未遂の現行犯ですから、死刑か長期幽閉は免れないでしょう」
「そうか。ハインリッヒは?」
「無事脱出したと連絡が来ました。筆跡から本人のものというのは間違いなさそうです」
「分かった。ありがとう」
暗殺実行計画を掴んだラファエロたちは、式典前日、ハインリッヒをヴィラノヴァ邸の地下から救出すべく王宮警察の中でも潜入に特化した特殊部隊を送り込んだ。しかしハインリッヒは、特殊部隊との脱出を拒んだのだ。ヴィラノヴァが怪しまないよう式典の後に自力で逃げるということだった。
ただその際に今回の重要な証拠となる雇われた暗殺者名、ある毒カプセルの成分と解毒剤の配合を特殊部隊に伝えてくれた。
まさにヴィラノヴァが式典でラファエロに無理やり飲ませたのがこの毒というわけだ。事前に準備していた解毒剤をすぐ飲んだおかげで大事にならずに済んだ。
ブルーノは「陛下にご報告してきますね」と言いながら、ラファエロに目配せして部屋を出る。
ラファエロは側近が気を利かせたことには気付いたが、目の前にいる令嬢になんと声をかけていいか分からず、頭を掻く。
アドリアーナは、何かをしていないと落ち着かないかのように動き回っている。水を入れてくれたかと思うと、タオルを持ってきたり。
彼女が水の入ったグラスをベッドサイドテーブルに置いた時、ラファエロはそのグラスを受け取り、彼女の手を取る。
「ようやく目が合った」
にこりと笑ってラファエロがそう言うと、彼女は反射的に目を逸らしてしまった。
そしてラファエロの声で緊張の糸が解けたかのように、彼女が瞳を滲ませる。アドリアーナは上を向いて、「……はい。ご無事で…何よりです」と、精一杯鼻声で言葉を絞り出す。
「……すまない。心配をかけた」
こくりと頷くアドリアーナを見て、こんな表情をさせて申し訳ない気持ちになるとともに、ラファエロの胸もいっぱいになる。
「俺の王子殿はずいぶん泣き虫だな」
ラファエロの軽口にアドリアーナがこちらを向きふっと笑うと、溢れた涙がひとすじ頬を流れた。ラファエロは無意識に彼女の頬に手を伸ばしていた。
だが、その前に彼女は自分の手で涙を拭ってしまったので、ラファエロの右手はやり場なく宙を彷徨う。しょうがないので自分のすぐ横をポンポンと叩き、そこに座るように促す。
アドリアーナは珍しく素直に従い、ベッドにちょこんと腰掛ける。ラファエロはその隣に座り、改めて彼女の左手を取り顔を覗き込む。
「もう大丈夫だから」
なぜか目を丸くして驚くアドリアーナ。
「俺が起きたら言いたいことがあったんだろう? 聞きたい」
「聞いてたんですか?」
顔を真っ赤にして頭を抱えるアドリアーナ。
「盗み聞きなんて、人が悪い!」
「体が動かせなかったのは事実だ。でも聞こえてた」
浅い眠りと覚醒を繰り返している時、アドリアーナが何度も繰り返していた「まだ何も伝えられてない。だから目を覚まして」と言う言葉。揶揄い半分だが、本心でその続きに期待したのが残り半分。子供と言われればその通りだ。
彼女があまりに必死で抗議するので、笑いながら「ごめん。確かに人が悪いな」と言い、別の話をしようとした時だった。アドリアーナはすっと立ち上がり「ラファエロ様」と始める。
「私は腹を立てています」
「え……」
「……自分のことを後回しにしすぎなんです。王族でやろうと思えばなんでもできるのに、学生の意思を尊重して選挙に出ないところとか。時間もないのに無理して生徒会手伝ったり。人質としてアストリアに行ったのも、弟と国のため。今回だってそうです。王子が自分の身を挺して誘い出したようなものじゃないですか」
矢継ぎ早に問題点を指摘され、ラファエロは先程までのふわふわほんわかした気持ちが一気に沈む。
「それは……すまない」
(伝えたかった言葉って、これか……)
「そういうところ、全部良いところです」
(ん?)
「あなたと出会って、私の考えていた世界平和とか外交というものが薄っぺらいと気づかされたんです。世界は国じゃなくて、そこに住む一人一人のことだと。その土地の気候、言葉、歴史、踊りやお菓子だって、それが人を作る。そして、その一人一人の生きる日々が国である。だから世界はとても複雑で温かくて美しいものだと。そんな豊かな世界の見方を教えてくれたんです」
いつもより早口になりながらも、アドリアーナはラファエロの目をはっきり見て言う。
「なのに、その人が自分を大事にしないのは腹立たしい。一番幸せでいてほしい。そして、そんなあなたを笑顔にするのは、私でありたい。そんな欲が出てきてしまったんです」
「ちょっと待ってくれ!」と、ラファエロも立ち上がる。
できるだけ前に出ないように、裏方に徹するように、父や兄を支えるために生きてきた。それが自分の生き方である、国のためだと思ってきた。でもアドリアーナといると、ラファエロはなぜか大胆なことをやってみたくなるらしい。国の理想を語りたくなってしまうらしい。
(そんな自分が嫌じゃない)
彼女の言葉はいつもまっすぐにエネルギーの塊のように自分に届く。彼女のこの言葉が、ラファエロの持っている気持ちと同じなのか、それはわからない。彼女のことだから「側近にしてくれ」などと言ってくるかもしれない。しかし、それはもはや手遅れだった。執務机に向かう。
「アドリアーナ・ロッシーニ、ここではっきり言う。俺は君にどうしようもなく惹かれている。これからずっと、隣にいてほしい。世界中を、ザフィール中を一緒に見て回ろう。そして多くの人に会い、新しい大好きなもの、その、お菓子とか景色とか。一緒に見つけたい」
そう言って机から取り出した小箱をあけると、ディープブルーに輝くサファイアがあしらわれた指輪をずいっと差し出す。
言い切った後、急に我に返ったラファエロは、全く決まらない告白にうなだれる。
(肝心なところで自分がこんなに情けない姿を晒すとは……。指輪も用意していたのに。むしろこれでは、子供の遊びの誘いのようではないか)
何秒経っただろうか。実際は2秒も経っていないのだろうが、永遠に感じる。前に出した自身の手の先にある指輪をじっと凝視していたラファエロは、ようやく視線をアドリアーナに移す。
彼女は彼女で驚きを隠せず、宙を見つめている。しかし、その直後、視線をバチっとラファエロに合わせる。
「受けて立ちます」
「?」
自分で伝えたものの、想定していない言葉の返しでラファエロは思考が追いつかない。
「承諾ということか? 婚約者になって欲しいという意味なんだが、分かっているか?」
「はい。ですから、ラファエロ様、好きなんです。私があなたを一生笑顔にさせます」
顔を赤くさせながらも目を決して話さないアドリアーナの姿に、ラファフェロはクラクラしてしまう。
(うっ……好きすぎる)




