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側近

 ブルーノは2つの問題を抱えている。

 

 1つ目は暗殺計画の背後にいる者たちのことだ。


 ヴィラノヴァ子爵とグラッシの関係は証拠が出た。金の流れを追うことで関係者はおおよそ特定できた。


 だが問題は、前回の暗殺未遂もアドリアーナの「事故」も2年以上前の出来事。一方、今回のラファエロ暗殺計画は、あくまでアドリアーナが聞いたに過ぎない。子爵たちが関わっているという証拠としては乏しい。


 ヘンドリッヒは子爵邸内に監禁されていることはほぼ間違いない。仮に助け出せたとしても、アストリアのスパイの証言が証拠として認められる可能性は低い。


(逮捕できる確固とした証拠が欲しい。殿下を、そう簡単に何度も狙わせるものか)

 

 2つ目の問題はブルーノが仕える主の状況だ。


 ここ2日間、ラファエロは食事もろくに取らず自室をほとんど離れない。睡眠もほとんどとっていない。今もデスクで片肘をついて目元を覆いながら、昨夜から何十回目のため息が漏れた。


 ブルーノとしては、とにかくラファエロの暗殺計画を防ぐことが最優先だ。


(だが、この方が思い悩んでいるのは、ご自身のことではない)

 

 一昨日、自ら突き放しておきながら、心配でしょうがないのは火を見るより明らかだった。


「影から何か報告はあったか?」

「昨晩ご報告したとおり、ロッシーニ家での空き巣事件の後、アドリアーナ嬢は中心地の宿に滞在されております。今朝はカトリーナ嬢の屋敷でお過ごしとのことです」

「空き巣の後でもあるから、目立たないようにしつつ警護は十分に付けておくように頼む」

 

 そこにドアのノック音がしたのでブルーノが応じる。


「カトリーナ嬢からの手紙です。早馬で送ってきたようです。開けますか?」


 ブルーノが言い終わる前に、手紙はラファエロにスッと奪われる。ラファエロは手紙をナイフで開封すると一心不乱に読み始めるが、様子がおかしい。口角が上がっていたと思ったら、急に眉間に皺を寄せて手紙を持つ手が震える。しばらく沈黙が続く。

 

「『あなたの王子様になりたい』とはどういう意味なんだ?」


 ブルーノは状況が読めず、手紙を読ませてもらう。


 差出人はアドリアーナだった。一昨日の出来事について彼女が考えたこと、信頼を裏切ったことへの謝罪、そしてむしろラファエロに恥ずかしくない自分でいるため一人で解決しようと思ってしまったことが赤裸々に書いてあった。


 個人授業で会った時からラファエロの視座の高さと国民を想う温かい視線を尊敬していた。だが、人のことばかりでなく、あなた自身も笑っていて欲しい、と言う。

 

 そして最後に問題の一文があった。『だから私はあなたの王子様になりたい』。


(これは、わかりづらい! でも、まるで恋文……)


「アドリアーナ嬢は独特の言語感覚をお持ちなので確証はありません。ですが、殿下のことを想っていらっしゃるという意味かと」

「想うってどういう意味で!」

「ご本人にお聞きになってください」

 

 ラファエロはまた手紙を奪い返し、読み返している。すると独り言のように呟く。

 

「もうこの件には関わらないように伝えた。また一人で暴走したらどうなるか……」

「殿下、そのように心配するのであれば、自分の手で守る覚悟を持たれてはいかがですか」


 思いのほか語気が強くなってしまったことにブルーノ自身も驚いた。


 ラファエロは今回の陰謀を使って、国王陛下、王太子、宰相に新たな政策を進言するつもりだ。これまでであれば、国政に関わることは避け、暗殺未遂事件として逮捕だけで終えるところだった。しかし今回は違う。この事件をネタとして、純潔派貴族と軍部過激派を弱体化させ、外交によるアストリアとの友好関係維持を主張するつもりだ。


 ラファエロを変えたのは間違いなくあの令嬢だ。


 ブルーノは、当初、アドリアーナのことはほんの一瞬の気の迷いだと思っていた。アストリアでもゼフィールでも、ラファエロは王子という立場と眉目秀麗さに惹きつけられ寄ってくる人間にうんざりしていた。だが、問題を起こさないためにうまく流す術も身につけていた。そんな彼が、うまく流せない言葉を突きつけられた。何度もその令嬢の言葉に心を突き動かされた。


 ラファエロが無理矢理時間を作って生徒会に関わり始めた時、エリザベス嬢に早々に帰国するよう連絡したのはブルーノだった。元々ジュリアン王太子の婚約者候補にも上がっていたくらいのエリザベスなら、第二王子婚約者の公務もしっかり果たせる。ザフィール家王子たちを昔からよく知る彼女なら、兄との後継者争いを避けすためのラファエロの振る舞いも理解する。「自分に期待しないのは、自分への裏切りだ」などとは間違っても言わない。だから王子は変に心惑わされることもなく穏やかに過ごせる。ブルーノはそれがラファエロの幸せだと思っていた。


 だが最早、認めざるを得ない。


 ブルーノ自身も期待し始めてしまっている。ラファエロが治める国の姿はどんなものだろうと。


(あの令嬢なんだろう、殿下をいるべき場所に引っ張り出してくれるのは)


 ◇ ◇ ◇


 手紙を早馬で受け取った2時間後、アドリアーナとカトリーナは王宮の応接室に到着した。


 アドリアーナだけがラファエロの応接室に通される。

 

 正面のソファーに足を組んで座るラファエロは、アドリアーナの送った手紙に目を落としたまま切り出した。


「この手紙だが……」

「はい、謝罪とお願いにあがりました」


 アドリアーナは珍しく令嬢らしい恭しいお辞儀をする。彼女が頭を上げバチっと目が合った瞬間、ラファエロは咄嗟に目を逸らしてしまった。怒ったり悩んだり忙しかった感情が、飛んでしまいそうだったからだ。本当は聞きたいこと言いたいことがたくさんあって、頭がくらくらする。

 

 ラファエロは彼女の言葉の続きを待つ。


「一緒に戦わせてください」

「もう関わらないようにと言ったはずだ」

「嫌です。私が悪かったのはわかっています、でも一人で抱えないでください」


 アドリアーナはこちらの視線を外させないような目力でじっとこちらを見つめる。


 彼女はまっすぐ近づいてくる。その視線の意図を考えようにも、ラファエロの頭は温かくて甘い蜜が充満するようにぼーっとする。さらにお互いの鼻が触れ合うのではという距離にまで近づいた時、アドリアーナの両手が彼の頬に触れる。


 ラファエロは思わず「あっ」と声を漏らしてしまう。

 目を細めながら自分の手をアドリアーナの頬に伸ばす。


 「無理……」

 

 下まぶたを強制的に開かれる。


「無理してます。下まぶたが白い。疲れと脱水!」

 

 そういうとアドリアーナは近くにある水入れからコップに水を注ぎ、飲むよう促してくる。


(こいつ……次は絶対俺が……)

 

 リベンジを誓いながらも、水を飲んで落ち着くと気が抜けてずるずるとソファに倒れ込んでしまう。すると自分でも気づかなかった眠気が急に襲ってきた。

 

 気持ちよくスッと眠りに落ちてしまいそうだ。気づくと左頬に温かい感触がある。どうやら夢の中で先ほどの顔接近事件の続きが再生されているようだ。


「……関わらないようにと言ったはずだ……」

「ラファエロ様が語る、国のあるべき姿が大好きなんです。人が大好きなのが伝わってくる。だから隣にいさせてください。あなたの盾でも矛でも側近でもなんでもいいので」


 ラファエロの左頬に添えられた彼女の手を捕まえようとするが、するりと抜けてしまう。

 

 しばらくすると、何か遠くから声が聞こえるがまだこの夢から覚めたくない。するとふわっと暖かくなる。


(『……が、大好き』って言った? なんて?)

 

 目の前にある手をグッと掴む。


「お前は俺が好きなのか?」

「で、殿下?」

 

 その声に驚いてラファエロが目を開けると、彼にブランケットをかけようとしていたブルーノが顔を赤らめている。

 

「もちろん、あなた様にどこまでもついていく所存ですが」

「……すまない、間違えた」


 (夢の中でがっついてどうする、俺)


 頭を抱えていると、ため息をついたブルーノが視線を右に誘導する。


 そこには、向かいのソファーで座ったまま寝ているアドリアーナがいた。


 「まったくあなた方お二人は。流石になかなか出てこないから入ってみたら、未婚の男女が二人して寝ているとはどういうことですか」


 ブルーノはお説教しているのだろうが、ラファエロも何が何だかわからないのだからしょうがない。「ははは」と笑いがこぼれてしまった。願望が見せた夢だったのかどうかは分からないが、振り回されてなお愛おしいのだからもう負けを認めるしかないのだ。

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