親友
翌朝目を覚ますと、当然何も解決していなかった。
幸か不幸か、土曜日で学校は休みだ。前日の話を考える時間はたっぷりある。と思っていたが、父のことも心配だったので結局、自宅に戻って片付けをしていたら日が暮れてしまった。
そしてまた夜は宿に戻る。体は疲れているはずなのに頭が冴えてまったく眠れない。またそのまま朝が来てしまった。朝の支度をしていると、話を聞きつけたカトリーナが、宿では落ち着かないだろうと自宅に招待してくれた。
通い慣れたカトリーナの屋敷に着くと応接室に通された。ソファーに座ると、アドリアーナの好きなアッサムティーと焼菓子を出してくれた。いつもの応接室、いつものお茶、いつものカトリーナ。そんな彼女の何気ない気遣いと菓子の甘さで、ふと緊張の糸が切れた。むしろ、そこでようやく昨日からずっと神経が張り詰めていたことに気づいた。
アドリアーナは、フィナンシェを1つ食べ終えたところで金曜日に起きたことを話し始めた。一人で勝手に行動した結果、マリアやヘンドリッヒに危険が及んだこと。ラファエロを巻き込みたくなくて赤目の暗示者に一人で会いに行ったこと。結果、ラファエロの信頼を裏切って、もう関わらないようにと言われたこと。
「王子に言わなかった理由は、巻き込みたくなかったから?」
カトリーナに問われて、改めて考える。
「ラファエロ様はアストリア育ちでもあるから。赤目のアストリア人……しかも信頼している先生が黒幕なんて、辛すぎるから」
「アドリアーナはいつもみんなのことの心配ばっかりだ」と少し悲しそうに眉毛を下げて笑うカタリーナ。
そんな綺麗なものだけじゃないとアドリアーナは分かっている。もっと自分勝手なドロドロした気持ちがある。
「嘘。言い訳だ。本当は、エリザベス様から釘を刺されたんだ。私は全然ラファエロ様たちの横にいて良いような人間ではないって。だから、昔みたいに1人でなんでも出来るような、みんなに釣り合う自分でいたかった」
言葉にすると、案外素直に受け入れられた。
「今思えば、ただの無駄な意地だ」
ぐちゃぐちゃと黒くて重い気持ちがこんなに子供っぽい意地だったと分かると、心は半分軽くなった。だが、そんなことでラファエロの信頼を失ってしまったことも変わらない。その事実がまたアドリアーナの残りの心をズンと沈める。
「うん」と言うと、カトリーナは優しく受け止めるように頷く。そして静かに続ける。
「でもね、昔のアドリは一人で何でも出来たから凄かった訳じゃないんだよ。アドリが楽しそうに目標打ち立てるから、私たちみんな協力しちゃいたくなるの。それがあなたのスーパーパワー」
ずっと自分を見てくれていたカトリーナの言葉だけに、今のアドリアーナには宝物のように聞こえた。
「スーパーパワー……。 ありがとう。そんな風に考えたことなかったよ」
アドリアーナは言いながらじわっと目が滲んでくるのをグッと堪えた。
「でも……今回についてはエリザベス様が正しいと思う。もうラファエロ様たちには近づかない方が良いんだ。ほら令嬢を悲しませるのはポリシーに反するしね。ははは」
カトリーナが一瞬何かをためらった後、いつも付けている日記を持ってくる。直近の部分を読むように促される。
学校に通い始めてからの約3ヶ月が、カトリーナ目線で記録してある。
個人授業でラファエロに「自分のことを諦めないで欲しい」とぶちまけたこと。選挙のスピーチを、ラファエロに届いて欲しいと思って文章を書いたこと。国際文化祭りでアストリア文化をちゃんと展示して学生にもっと身近に感じてもらいたかったこと。その時の気持ちが鮮やかに蘇る。
同時に他者目線で書いてある分、不思議なほどアドリアーナ自身のことが客観的に見えてしまう。
全身の血液が頭に集まっているような感覚を覚える。
結局、笑顔にしたい相手はいつも決まって同じ人だった。
読み終えても顔上げることができない。自分がどんな顔をしているか分からない。そんな何も言えないアドリアーナを察したのか、カトリーナは優しく、でも淡々と言う。
「私、みんなを幸せにしたいって理想を語るアドリのこと、大好き。だけど神様じゃないんだから、全員の幸せを背負わなくていいんじゃないかな。アドリじゃなきゃ笑顔にできない人ってのがいる」
(私じゃないと笑顔にできない人……そんな烏滸がましいことは言えない。でも……)
関わるなと言ったラファエロは、とても冷たく、そして傷ついた目をしていた。なにかを諦めたような。
(どうすべきかなんて事はわからない。でもあの顔はさせたくなかった、それだけ分かる)
そして、今なにより大事なことはラファエロとアドリアーナを狙う計画を防ぐこと。グラッシたちがこれ以上の罪を犯さないよう思いとどませることだ。
「ラファエロ様に会って話したい。なんて言われようと」
カトリーナはアドリアーナを優しく抱擁し、頭を撫でた。




