空っぽ
アドリアーナが王宮から帰宅すると、家が騒然としていた。帰るなり、駆け寄ってきた父にぎゅっと抱きしめられた。
ロッシーニ家に空き巣が入ったのだった。それほど金目のものは盗まれていないが、犯人に出くわしてしまった老婆のマリアが襲われた。
アドリアーナは全身から血の気が引くのを感じた。
「マリアは大丈夫なのですか?」
「突き飛ばされた影響で打撲を受けたが、2週間もすれば普通に動けると思う。でもそれ以上にショックを受けているね」
ショックを受けるのは当然だ。安全なはずの家に悪意を持った人間が入り込んで、攻撃されたのだ。
「お父様、何が盗まれたのですか?」
「お前の部屋も荒らされていた。本棚がひっくり返されていた」
アドリアーナは自分の部屋に駆け上がり盗まれたものを確認する。
日記、手紙、学校の課題ペーパーが無い。
どう考えても、普通の盗人にとって価値があるものではない。
(偶然なわけが無い……)
今日は侵入経路の確認など安全が確保できるまで、当主の父と執事、警備の人間以外は王都内の宿に泊まることになった。
アドリアーナは宿のベッドで仰向けになり、天井を見上げていた。目を瞑っても開けても、思考は止まらない。
王宮で見たラファエロは、いつもよりずっと遠く感じた。静かで冷たくて光の届かない深海の奥にでも居るような。自分には関わるなと言われた気がした。まるで初めて会った時のような。
胸がギュッと締め付けられる。
それでも護衛をつけてくれた。帰りにブルーノから伝えられたが、この護衛は目立たない影のような者で普段は護衛対象も存在に気づかないらしい。
(私の見えないところで、守ってくれている)
ラファエロだけでない、ヘンドリッヒ、父、カトリーナ、X組のみんな。
みんな、アドリアーナを守ってくれている。気づかないうちに。
情けなくて思わず乾いた笑いが漏れる。巻き込みたくないなんて言って、守っているつもりで、いつも周りに守られていた。助けられていた。
「信用していないのか?」とラファエロに言われた時、答えられなかった。もちろん信頼してないわけがない。むしろ、その逆だ。
いまのアドリアーナは2年前に思い描いていた17歳の姿から随分かけ離れている。一人では何もできない自分自身が不甲斐なくて、意地を張っていた。何か1つでも自分だけでやらなければと焦っていた。
(そうじゃないと、あの方の隣に立つ資格なんてない……そう思ってたんだ)
そんなのはアドリアーナのちっぽけなプライドだった。
誰もそんなこと気にせず、そこにいてくれた、助けてくれていた。
窓からコツっという音がする。木枯らしに飛ばされて落ち葉が当たったようだ。アドリアーナは起き上がり、窓を開け夜空を見上げる。視線のずっと先、小高い丘の上にある王宮にはまだ灯が灯る。
(ラファエロ様は今何をしているのだろう)
2年前のことが事故じゃなく事件かもしれないと分かった時に、ラファエロは彼女に伝えてくれた。本来であれば彼の暗殺未遂と関連する情報はトップシークレットだ。でもアドリアーナを信頼し、聞いてくれた。過去を知りたいなら協力すると。
それなのに自分は何をやっていたのだろう。心がずんと重くなる。つんと冷えた夜風がアドリアーナを罰するようで、ありがたかった。
(今更こんなこと気づいても、もう遅いかもしれない)
深いため息が夜の暗闇に消えていく。
窓枠に腕をついたまま顔を埋める。




