御者
エリザベスの発言にモヤモヤしたまま1週間が過ぎた。ようやくラファエロと顔を合わせたのはその週の放課後だった。事件調査の4人は、王都の東部、骨董やアンティークの店の多いエリアに向かう。事件の関係者の話を聞けることになり、待ち合わせしているからだ。
待ち合わせまで時間があるので、少し散策することになった。王族や貴族の顔を知る平民は少ないものの、万が一のためラファエロとブルーノは帽子を深めに被りメガネもかけている。
「プレゼント選びに付き合ってもらえるかな、アドバイザー殿」
「どういうことですか?」
ラファエロが親指で自身をさしながら「落札」と言っている。
「ラファエロ様!……なんであんな高額で競り落としたんですが」
ここに向かうまでの深刻な雰囲気とは打って変わって、急に楽しげなラファエロだ。
深呼吸をして仕事と割り切るアドリアーナ。ラファエロは「個人的に相談したいから」と、ブルーノとカトリーナには別行動を指示する。
(人に言えない関係の相談だったら嫌だな。名前は聞かないでおこう)
「わかりました。で、プレゼントのお相手はどんな方なんですか? 名前は面倒なんで言わなくて結構です」
「面倒って。うーん、正直でまっすぐで、そうだな、視野が広い、独立志向の女性だ」
「もう少し好みなどに関することないですか?」
「わからないから、聞いてるんだろう。まあ強いていうなら、外国の文化に興味がある」
アドリアーナはある女性を思い浮かべる。
(なんだ、彼女へのプレゼントなら全然隠す必要ないのに)
「では、どういう関係でどういう機会のプレゼントなんですか?」
「まだ関係に名前はない。関係に名前をつけたいとは思っている、俺は」
胸の奥の方に鈍痛を感じる。
(婚約ということか?)
「ジュエリー……たとえばブレスレットやネックレスをと思っていた。指輪だと流石に重すぎるだろう?」
「関係次第だと思いますが、おそらくラファエロ様のお相手は指輪を望んでいると思いますよ」
目が輝くラファエロ。「そうか、そうか」と嬉しそうだ。
貴族も御用達のアンティーク宝飾店に入り、サファイアの指輪を出してもらう。
「これなんてどうだろう?」
「……これはご自身の目の色ということであってますか」
「分かりやすすぎるか」
「一般的には、令嬢が殿方に夢中ならすごく嬉しいもので、そうじゃない場合ドン引きのパターンです」
「む……」
「でも、私の見立てでは、夢中だと思います。あとラファエロ様にプレゼントをもらって嫌な令嬢なんていませんから自信持ってください」
アドリアーナは笑った、と思う。
「そ、そうか」
アドリアーナの言葉に安心した表情を見せるラファエロ。右手を出すように促す。「つけた時にどう見えるか意見が欲しい」と言う。
ラファエロがアドリアーナの右手を取り、薬指にそっとはめる。
(&*#$?!)
「やはり、君のような活発な女性だと、むしろ華美なものよりも動きを邪魔しないスマートなデザインのほうが良いのだろうか」
「そうですね、リズ様であればこれくらいの大きなものが合うと思いますよ。私にそれが似合わないのは、ラファエロ様に言われなくてもわかってます!」
そういうと指輪を店員に渡し、店を出てしまう。
(まただ。嫌な自分が出てくる)
ラファエロがすぐ追いかけて出てくる。
「すまない、何か勘違いさせてしまった」
アドリアーナは彼の顔を見られず、ふいっと反対を向く。
「いえ、勘違いしていましせん。私が失礼でした。申し訳ありません」
待ち合わせの時間まで二人は沈黙だった。
◇ ◇ ◇
待ち合わせの骨董屋の奥の部屋に通される。ブルーノが信頼している人が経営している店だそうで、場所を提供してもらった。
アドリアーナが事故にあった当時の御者は時間通りに現れた。彼は事故後すぐ、責任を感じて辞職・隠居。ロッシーニ家の使用人から連絡先を聞き出し連絡したところ、話を聞くことに合意してくれた。
元お抱え御者アルベルトは、以前の姿より髪や髭が伸び切っており違う人間のようだ。顔色も悪く、何かに怯えている様子だった。
「アドリアーナ様とだけ、お話しさせていただけないでしょうか?」
ラファエロたちも合意してくれたため、二人で話をすることにした。
「あの日、アドリアーナ様が夜会からお帰りになるのをお待ちしていました」
ぽつりぽつりと話し始める。
「馬車の待合所ではいつもの御者同士で話をしていたんです。その時、いつもはあまり話さない御者がいました。珍しく奴から話しかけてきて、タバコを分けてもらい、話をしていたんです。さらにウイスキーまで出してきて。一杯くらいならともらいました」
アドリアーナは目を大きくして驚く。アルベルトは20年近くロッシーニ家の御者として働いており、信頼していたから飲酒運転とは少し裏切られた気分だった。
「暗黙の了解で、ビールやウィスキーも一杯までなら許されているのです。ただその日はタバコとの組み合わせが悪かったのか、すごく気分が悪くなりました。さらにお嬢様が早めにお戻りなったので、すぐ馬車を出しました。ただその途中で意識が飛んでしまった。事故を起こしてしまってようやく気がついたんです。本当に……本当に取り返しのつかないことをしました」
最後の方は聞こえないくらい弱々しい声になっていた。だが急に口調が強くなる。
「事故の衝撃で馬車の外に放り出されていた私が振り返ると、男がお嬢様に何か魔法をかけていたんです。体が動かなかったのと、怖くてあなた様を守ることもできず」
どくん。ずきん。どくどくどくどく。心臓の鼓動が早く波打ち始める。
「その男は、どんな見た目だったんですか?」
「去り際に少ししか見えていないのですが……、アストリア人魔法使いだと思います。彼ら特有の赤目でした。お嬢様の目を見て暗示でもかけるような」
(赤目、暗示)
「元はと言えば、私が酒なんて飲んだからあんなことになったんです。誰にも言えませんでした。でもお嬢様、私はずっとあなたに謝りたかった」
アルベルトは両膝を地面につき、「本当に……本当に申し訳ありませんでした」と嗚咽の混ざった謝罪の言葉を漏らしながら、赦しを乞うようにアドリアーナの足元に口づける。
◇ ◇ ◇
アドリアーナはあまりの衝撃に呆然としてしまい、ようやく心と状況を整理できたのは、骨董屋を出て帰路に着く馬車の中だった。
(私が2年間意識を失っていたのは、意図的だった)
アドリアーナはアルベルトから聞いた話を伝える。ヴィラノヴァ子爵家の御者に勧められ、タバコと酒を飲んだこと。そして気を失ってしまい事故を起こし、ずっと後悔していたこと。
カトリーナが眉間に皺を寄せ、辛そうな顔をする。
「一杯で意識が飛ぶのはおかしい……その子爵の御者がわざと気を失わせた可能性があるってこと? 事故を意図的に起こした……?」
ブルーノが続ける。
「子爵が関わっている可能性もあります。調べましょう。でも何故でしょう? ヴィラノヴァ子爵家はゼフィール王家に忠実な王政派と思っていました。とするとアドリアーナ様はラファエロ様の事件とは関係がなく襲われたのか?」
ラファエロは辛そうに目を細め、アドリアーナの手を取り彼の温かい両手で包み込む。
「その話を聞いて君は大丈夫か?」
「大丈夫です」
アドリアーナは「赤目の暗示者」のことはとっさに隠してしまった。心当たりがあったが、自分でも確信が持てない。そしてこれは、もっと危険な話な気がした。はっきりするまで伏せることにした。
(ラファエロ様は、絶対巻き込んではいけない)




