真実は
翌週末の土曜日に作戦会議は決行された。
「事故か事件か」という物騒な話だけに、王宮で話すのも憚られるためアドリアーナの家に集合した。ラファエロ、ブルーノに加えて、事故当日のことを知るカトリーナにも来てもらった。
普通、侯爵家に王族が来ることはそうそうないので、アドリアーナの家族や使用人には事前に伝えておいた。個人授業で仲良くなり、期末試験も近いので一緒に勉強することになったと説明したところ、納得したようだ。実際、アドリアーナは以前あった中間考査では上位20%という非常に中途半端な成績だった。王立アカデミーを目指すには期末で上位5%には入っておかねばならないので、嘘をつくことが心苦しい。しかし、今回は内容が内容だ。
「勉強」に集中するためという理由で、書斎を人払いしてもらって使う。
「それにしても立派な書斎ですね」
天井まで伸びる本棚、その蔵書量にブルーノは驚いている。ラファエロも同じ感想を持ったようで本棚を見上げている。
「これだけの研究一家で育って肉体的鍛錬に興味があるというのは、反抗期なのか? もしくは女性騎士でも目指し始めたとか? 君ならそう言われても驚かないが」
ラファエロの推測が明後日の方向なので、アドリアーナはつい笑ってしまう。
「いえいえ。私が目指してるのは外交官ですよ。鍛錬は親の影響です。私の母は10歳の時に流行病で亡くなってしまったのですが、それ以来、父が心配して『体を丈夫にするため』と言って剣術やら何やら習わせてくれたんです」
「……そうか。では、君の家族にとって大事なことなんだな」
「はい」
アドリアーナが笑顔になると、ブルーノが本題に入る。
「では、始めましょうか」
◇ ◇ ◇
「これから言うことは本当にトップシークレットなのでお二人限りと約束してください」
ブルーノの言葉の重みにびっくりしてアドリアーナとカトリーナは頷く。
「アドリアーナ様が事故にあった2年前。その翌日9月2日は、アストリアで殿下の暗殺未遂があった日なのです」
アドリアーナはごくりと唾を飲む。
「その2つが、関係していると言うことでしょうか?」
アドリアーナがまさに疑問に思ったことをカトリーナが聞く。ブルーノの代わりにラファエロが答える。
「まだわからない。ただ、アドリアーナ嬢が目を覚まし、私が帰ってきたタイミングが重なっているのも考えると、偶然ではなく誰かの手の平の上で踊らされているのではないかとも思える」
沈黙。
あまりにも重すぎる。
自分の過去の謎を探りたいと思っていたが、ここまでダークな話は予想していなかった。
事故じゃなくて、実は強盗だった。それくらいのレベルを想定していた。
◇ ◇ ◇
翌月曜、学校から帰ろうとしていたら、エリザベスから呼び止められる。
「アドリアーナさん、よろしければ私の馬車に乗って帰りません?」
「王宮と方向が真逆ですよ?」
「ちゃんと話せてなかったから、お茶して帰りましょう」
令嬢とお茶をして帰るなんて久々なので、とても嬉しい。
彼女が連れてきてくれたのは、アイスクリームという牛の乳を冷やしたデザートを提供する最近評判の店だ。
エリザベスは来慣れているようで、おすすめをぱぱっと注文してくれた。
「エリザベス様、こんな素敵なところにお誘いいただきありがとうございます」
「リズって呼んで。ラファの仲良くしている方だもの。私も仲良くなりたかったのよ」
「仲良いというわけでは……」
アイスクリームがサーブされる。スプーンを口に入れると思ったより冷たく、それでいてふわっとしていて、頭が舞い上がる美味しさだ。
「これ美味しいですね!」
「でしょう?」
エリザベスは彼女の生い立ちについて話してくれた。
「私、ボローニとゼフィールを行ったり来てして育ったの。こっちにいる時はジュールとラファと一緒に遊んでいたから、幼馴染みたいなものね」
アドリアーナが相槌を打ちながら聞いていると、エリザベスは続ける。
「ラファが13歳でアストリアに行くと言った時は本当に心配したわ。でも、『リズが海外で育っているんだから自分もできる』って言ったらしくて、その決断を私が支えられたらって思っていたの。だから手紙でずっと元気づけていたの」
「素敵な話ですね」
エリザベスがラファエロのことが好きなことはヒシヒシと伝わってきた。そしてラファエロも慕っているのだろう。
アドリアーナはお腹がピリッと痛くなった。冷たいものを急に食べたからかもしれない。そのせいで相槌を打つ笑顔が少し固くなる。
「私が帰国した理由はラファとの婚約よ」
「……お茶会の時からお似合いだと思っていました」
「そう言ってもらえて嬉しいわ。あなたとは本当にお友達になりたいと思っていたから」
エリザベスはウルウルとした目でこちらを見てくる。
笑顔は一度固まると、何が自然な笑顔かわからなくなるものだ。アドリアーナは自分がどんな表情をしているかわからず困っていた。
「私たちは王家の責務も暗黙の了解も全て理解しているの。高等部でのお遊びとして国際文化祭りって素敵なアイディアと思うわ。でも海外の食べ物や音楽を知ればいい、なんてそんな優しいものじゃない」
相打ちを打てないアドリアーナをよそに、エリザベスは続ける。
「母国と長く住んだ国、どちらの国にいても居心地が悪い感覚。あなたには分からないでしょう。私には分かる。だから彼は私が支えるべきだと思うの」
ずん。
(国際文化祭りはお遊び、か)
国際文化祭りを馬鹿にされたのは腹が立った。確かにアドリアーナは国際経験ではエリザベスに敵わない。でも、知ろうとする気持ちまで否定されたようで、しかも協力してくれたみんなのことも軽んじられたようで、悔しかった。
ラファエロやブルーノの横で外交戦略なんて語っていい人間じゃない、と言われたような気がした。ここはあなたの立っていて良い場所じゃないと。
アドリアーナでもわかる。これは牽制だ。なぜ彼女がアドリアーナに牽制をする必要があると思ったのかわからない。アドリアーナはただ……。
(私は、ただ……ただ、何を……したかった?)
その後、家まで送ってくれたのだが、馬車で何を話したか全く覚えていなかった。
ロッシーニ家に到着すると、エリザベスは、「今日は私の恋愛話を聞いてくれてありがとう。今度はあなたの話を聞かせてね」と言って馬車から手を振る。
その日は他にも何もできなかった。木刀の素振り300本をやってベッドに倒れ込んだ。




