チャリティ夜会・後
(馬車、あの時、誰?)
アドリアーナが目を開けると見覚えのない豪華な天井が見える。聞き覚えのある声。
ゆっくり体を起こすと、カトリーナと婚約者が話をしている姿が見える。アドリアーナに気づいたカトリーナがベッドサイドに駆け寄る。
「アドリ! びっくりしたよぉ。このまままた眠っちゃったらどうしようと思ったよ」
泣きながらアドリアーナの手を包み込む。
「ここは? 占いまで覚えてるんだけど。っ……」
思い出そうとすると、「ドクン」と頭に痛みが走る。
「王宮だよ。あのあとラファエロ様が駆けつけてくれてここまで運んでくださったのよ。部屋も用意してくれたの」
しばらくするとソフィーがドミニク、ラファエロと共に部屋に入ってくる。
「目を覚ましたのね! よかった」
ソフィーがホッとした表情をする。夜会のお客様を見送って戻ってきたところだという。貧血を起こす女性というのは時にいるのでそんなに大事にはならなかったようだ。
「皆さん、ご迷惑をおかけしました。貧血だと思います」
アドリアーナがベッドから立ちあがろうとすると、ラファエロはそれを制するように腕を前に出す。
「他にも数人から頭痛やぼーっとするという症状の訴えがあった。あの占い師には事情を聞いている。香に何か含まれていたか、科学院に調査も依頼した」
確かにあの部屋は怪しい雰囲気を出していたから、お香が原因かも知れない。すると、ラファエロが続ける。
「今日はもう遅いから、無理せずここで泊まって行くといい」
「そういうわけには」
「私がそうして欲しいから言っている。ロッシーニ家には連絡を入れるから心配しなくていい」
(命令とあればそうせざるを得ない)
他のメンバーは、アドリがしっかり会話できてるのを見て安心した様子で、それぞれ帰っていく。
◇ ◇ ◇
翌朝、目が覚めると侍女が着替えを手伝ってくれる。昨日来てきた服を着るつもりが、夜会のドレスでは日中そぐわないであろうと、シンプルな軽めのドレスを用意してくれていた。
(さすが王宮の侍女。気遣いレベルが高い)
とはいえアドリアーナとしてはあまり長くお邪魔したくないので、お礼を伝えて帰ろうと王子の居場所を聞く。通された部屋はダイニングルームだった。
しばらく待っていると、胸元の開いたカジュアルなシャツを着たラファエロが入ってくる。髪が生乾きのようだ。
「待たせてすまない。朝稽古をしていたもので。せっかくだから朝食に付き合ってくれないか」
泊めてもらった義理もあるので、その言葉に従う。するとプレートが運ばれてくる。朝はパンとフルーツが中心の食事のようだ。
「ラファエロ様、朝早くから鍛錬するんですね」
ニヤッとして、腕組みするラファエロ。
「そういえば、君は鍛錬に興味があったよな。教えてやってもいいぞ」
「ラファエロ様に教わるなんて恐れ多いですよ。ドミニク様に一番大事な筋肉を鍛えるスクワットというのを教えてもらったので、今はそれをやってます」
先ほどまでの笑顔が急に渋い顔になる。
「俺の誘いを何度も断るとは、全く不敬なやつだな。嫌味でも言いたくなる」
アドリアーナはギョッとしてラファエロを見る。彼は呆れた顔をしているので、おそらくこれは冗談と捉えて良いのであろう。彼女はほっと胸を撫で下ろす。
すると扉が開く。
「あら今日はアドリアーナ様も一緒なのね」
振り返るとエリザベスだった。ラファエロと似たゴールデンブロンドの髪をハーフアップにしていて、いつもより少しカジュアルな印象だ。
「今日の予定について話がしたかったから探していたのよ。いつもは朝食もっと遅いから、ここにいると思わなかったわ」
「リズ、お客様もいるからその話は後でもいいかな」
エリザベスは現在、王妃のゲストとして王宮に滞在しているという。昨日アドリアーナが倒れたことも知っていた。
「元気そうでよかったわ。昨日は無理矢理泊まらさせたんでしょう? ラファ、あなたはいつも皆んなのことを心配しすぎるけど、それが逆に迷惑になることもあるんだからね」
諭すようにいうエリザベスに、ラファエロは無言でパイナップルにフォークを刺す。
(流石、よくわかってらっしゃる)
「お話もあるようですし、そろそろ私は帰りますね」とアドリアーナが席を立つと、ラファエロが立ち上がる。
「話があるから出口まで送ろう。リズ、君はここで待っていてくれ」
アドリアーナはダイニングルームを出ると、ラファエロにすぐ近くの別の部屋に招き入れられる。
ラファエロは小声で話す。
「実は、あの占い師が変なことを言っていてな。あまり心配させたくなかったんだが、本人に隠すのもと思い」
「なんですか?」
「2年前の『馬車の事故』は、事故じゃなかったかも知れない」
「……」
「辛いことを思い出させたくはないのだが。あの占い師から何か言われたか?」
「誰にやられたか、と聞かれました」
眉間に皺を寄せたラファエロは、アドリアーナの両手を取る。
「このことは、私とブルーノだけしか知らない。君が真実を解明したいなら協力したい。でも無理強いはしない。リズも言っていたが、俺は押し付けがましいところがあるのは自覚しているから」
アドリアーナにとって、目が覚めてからの日常は決して楽なものではなかった。体力や勉強では遅れをとり、友人づくりもなかなか昔ほど簡単ではない。王立アカデミーへの進学から外交官に、と描いていた将来への道はだいぶ遠くなった。
だが一方、ようやく軌道に乗ってきた感覚もある。今ここで2年前のことを掘り返して心を乱すべきか。今に集中した方が良いような気もする。
「君を怖がらせるつもりではなかったんだ。すまない」
ラファエロが違う心配をしているので、訂正する。
「いえ、怖いわけではないんです。なんというか……」
(未来のことを考えるべきだ。でも、気になる!)
「やっぱり、調べましょう。何があったのか知りたいです」
「よし、では来週の週末、空けておいてくれ」
部屋から出て出口に向かう。エリザベスがちょうどダイニングルームから出てきたところだった。
「あら、まだいらしたのね。ラファが戻らないからすっぽかされたかと思ったわ」と笑うエリザベス。
「もう失礼します。それではごきげんよう」
「ええ、今度こそちゃんとお話しましょう、アドリアーナ様」
アドリアーナはエリザベスとラファエロに膝を曲げてお辞儀をすると、足早に宮殿を出た。




