チャリティ夜会・中
ソフィーの企画したチャリティ夜会は、通常の夜会と異なる。
着席形式で食事をとりながら、各学生・教職員の出品物がオークションにかけられる。その後、ダンスや余興を用意しているという。オークションの売り上げは全額寄付されるので、参加者は楽しみながらチャリティに参加できると言うわけだ。
アドリアーナにとっては高等部初めての夜会だ。さらに今回の会場は王宮だ。
ブルーノのスムーズなエスコートのお陰で、アドリアーナが戸惑うことは何もなかった。これまでブルーノと二人だけで話したことはなかったが、今日は王子がいないからだろうか、普段より話しかけやすい。
「ブルーノ様、エスコートを引き受けてくださって感謝しています」
「むしろアドリアーナ様こそ。殿下のわがままに付き合っていただきありがとうございます」
「面白い方……ですよね」
「そうなんです。アドリアーナ様も大概ですけどね」
最後の方は反応すべきところかも知れないが、ブルーノの笑顔に嫌味のかけらもないので流すことにした。
「ずっと聞きたかったんですが、なぜブルーノ様はアストリアに行かれたんですか?」
ブルーノは切長の目を細めてふっと柔らかい笑顔をアドリアーナに向ける。
「ラファエロ様が13歳でアストリアに行くとおっしゃった時に、この人について行こうと決めたんです」
「ラファエロ様は自分で行くことをお決めになったのですか?」
その後のブルーノの話はアドリアーナの知らないことだらけだった。
アストリア王国とゼフィール王国は関係の悪い時期が長く続いていた。だが5年前、アストリアの現王が戴冠した際に関係改善の動きが見られた。まだ信頼関係ができていない中なので、お互いの王族を留学という名の「人質」に出すこととなった。「人質」がいるのだから変な動きはするな、というお互いの牽制だ。
本来ゼフィールでは、王位継承権3位以下の中から候補を探していた。
しかし、ラファエロは幼い弟たちが人質に出されるのを可哀想に思い、自らアストリアに行くことを申し出た。その様子を見たラファエロの乳姉妹ブルーノは、自分もついていくと家族を説得したという。
「せめて見知った顔が一人くらいいた方がいいでしょう?」
(アストリアとの和平関係は、そんな危ういものの上に成り立っていたんだ。そしてこの二人は、体を張って和平の担保になっていた……)
アドリアーナは、自分でも思いがけず目に涙がじわっと溜まっていくのを感じた。ブルーノを驚かせたくなく、急いで涙を拭った。
「お二人の温かいお人柄が伝わってきます。人質に送られたラファエロ様のグレなかった理由がわかりました」
と笑いながら言うと二人は指定された場所に着席する。
「おそらく殿下も誤解されたくないと思うのでお伝えしますが、そんなに辛いことばかりではなかったんですよ」
「ええ、アストリアのことが好きなのは伝わってきます。お二人の性格は誰かの愛に囲まれてないと生まれないと思ったんです。良い出会いもたくさんあったと言うことですね」
ブルーノは視線を落とし、少し耳が赤くなっているようだ。
上座に目をやると、ソフィーと王太子ジュリアン、ラファエロとその隣には先日のエリザベスが座っている丸テーブルがある。
ソフィーが立ち上がり、生徒会長として挨拶を行う。会場を提供してくれた王太子に感謝し、オークションが始まる。
密封入札形式で行われる。金額を書いたメモを封筒に入れ、一度だけ入札する。最高額入札者がその金額で競り落とすというものだ。誰がいくらで入札するかわからないので、どうしても落札したいものには高く入札してしまう心理が働く。
学生の出品物とはいえ、各家がプライドをかけて出品するのでなかなかの絵画やアンティークの良品が揃う。一方通常のオークションと違うのは、体験型の商品も用意していることだ。
生徒会は全員、体験型商品を出品した。
ソフィーは、彼女主催の特別茶会企画権を出品。競り落とした人の好みに合わせた茶会を企画し招待するというものだ。これは高額で競り落とされた。未来の王妃殿下との茶会だから下心があったものも多かったと思うが、それとは別にソフィーの人望も大きい。話してみたいと思う人が多いのだ。
ドミニクはクライン式剣術指南だ。代々騎士のクライン家には独自の剣術スタイルがあり、その美的様式に憧れるものも多い。特に騎士志望の男性陣から一度は学んでみたいと熱視線が送られていた。
カトリーナは的確なコメンタリー技術を生かし、性格分析の上での将来相談カウンセリングを出品した。彼女自身は学内の有名人とは言い難いが、ソフィーがカウンセリングを受けたとお墨付きを与えたため、入札が集まったようだ。
アドリアーナは、何を出品するか迷いに迷った。結局、女性へのプレゼント選びアドバイス権という案に落ち着いた。女子校の生徒会長として婦女子が喜ぶ企画を多く手掛けてきた実績を売りにする。
企画力には自信があるものの、こんなものに入札してくれる人がいるのか、アドリアーナには甚だ疑問ではあった。だが、ソフィーとカトリーナが太鼓判を押すのでこの案で出品した。
結果、入札は3件しか入らなかった。
(むしろ3件も入るとは。物好きだ)
金額が発表され、会場がざわつく。ソフィーのお茶会よりも高額値がついた。落札者は名前を伏せたいということでアドリアーナだけに追って伝えられるという。
会場を見渡すがそれらしき人は見当たらない。一瞬、フラビオがこちらをチラッと見ていた。
(まさか、ね)
「誰なんでしょうね、プレゼント選びのためにあんな金額使うなんて。プレゼント自体に使えばいいのに」
「そうですね。必死ですね」と困った顔をするブルーノ。
「ええ、心配です。人にはいえない相談がしたいとか。重いなぁ」
オークション終了後はダンスに移る。ブルーノとアドリアーナは一巡目のダンスをつつがなくおえると、飲み物をとり壁際に場所を移す。
二人を発見したソフィーが婚約者である王太子と近付いてくる。
「ブルーノ様、アドリアーナ様、楽しんでくれているようでよかったわ」
「殿下、ソフィー様」とブルーノがお辞儀をするので、アドリアーナも合わせて膝を曲げるお辞儀をする。
「アドリアーナ嬢。僕たち、会うのは初めてだよね?」
第一王子のジュリアンが自ら声をかけてくれる。
「はい、殿下。ロッシーニ侯爵家のアドリアーナです。お招きいただきありがとうございます」
「君のことはソフィーとラファから聞いてるよ」
ジュリアンはラファエロよりさらに明るいブロンドに、澄み渡るアクアブルーの目をしている。王太子なのに傲慢さがなく、一人一人に親しみを持って会話してくれる。男女問わず、会ったもの誰もがファンになってしまうという噂通りの人だった。
ソフィーが「秘密です」と言わんばかりに人差し指を口の前に置くと、ジュリアンと目を合わせて幸せそうな笑顔を交わす。
「占いはしてもらったかしら? 今回用意した余興の中で、個人的には一番のお楽しみコンテンツなの」
挨拶を終えたアドリアーナとブルーノは早速占いコーナーに向かう。途中でカトリーナも見かけたので一緒に行くことになった。
カトリーナが「占いは女同士で聞きたい」とリクエストしたので、彼女の婚約者とブルーノは外で待機させられる。
占いコーナは、ダンスホールの向いの部屋の中にあった。その空間だけ天井からドレープのように布が下げられており、薄暗い雰囲気だ。お香も焚かれておりミステリアスな雰囲気を醸し出す。
その真ん中にいるのは、頭に布をくるくるっと巻いた「如何にも」という雰囲気の男性占い師だ。蛇のような細い目でカトリーナの頭を触り、手を握る。ぎゅっと目を瞑り、「金星だわ。あなた恋に悩んでるわね」。
あまり反応が無いのを見ると「今の決断でいいか、迷うことが近々あるかもしれない」と。
カトリーナの表情がピクッと変わる。
「やはりそうですか?」
先ほどまで無表情だったカトリーナが真剣に聞き直す。
「ええ、悪くないのよ今の決断は。でも、『もしかして』って思う。そんな時、女は度胸よ」
誰にでも当てはまりそうなことを言って、カトリーナの反応を見て言葉を変えているように見える。アドリアーナがジト目で占い師を見る。
その目線に気づいた占い師は、「あなたも見せてみて」とアドリアーナの頭にそっと手を乗せる。
「彗星。何かが戻ってきたのか、これから戻ってくるのか」
「彗星って不吉な前触れなんじゃないですか?」
「そう言う人も言うけど、私はロマンチックだと思うわ。もう少し見てみましょう」
占い師はアドリアーナの両手を握る。
「彗星の靄がかかっていてよく見えない」
アドリアーナもお香の煙に当てられたのか頭がぼんやりしてくる。
占い師は急に目を見開いた、と思ったら、アドリアーナの両手を掴む手にさらに力が入る。彼女を睨みつけるように見ながら急に低い声で言う。
「お前、誰にやられた?」
意識が遠のく中で赤い光が見えた。




