チャリティ夜会・前
放課後、生徒会室で勉強していたアドリアーナとカトリーナは、ちょうど集中が切れたところで目があった。
「アドリ、待ちに待った夜会だね! 誰かと行くの? ダンス記録目指す?」
カトリーナは、たまに当たり前だがアドリアーナがすっかり忘れていたことを質問してくれる。これが長年の親友の勘なのかもしれない。
中等部までは女子だけや家族に連れて行ってもらう夜会が多く、むしろ一人になっている女子のダンスパートナーをしてあげていた。
今回はソフィー企画のチャリティオークション夜会。男女パートナーで参加するものなので勝手が違う。「誰と参加するのか」と聞かれ、「これから探す」と答えたものの正直言って当てはない。頭の中を思い巡らす。
ふと、文化祭りでのダンスを思い出した。「またね」なんていうのはただの社交辞令だから、王子に誘われるなんてことは無い。絶対に無い。先日のお茶会でも「また、後で」と言って出てこなかった。あの様子だとエリザベス嬢と行くのであろう。
生徒会のメンバーでは、カトリーナは婚約者、ソフィーも婚約者と行くだろう。
生徒会で婚約者がいない者同士、ドミニクでも誘うか。頼みやすいカイルか。フラビオだとダンスの間にずっとテレパシーで話しかけられそうで疲れる、などと身震いする。
こんなことで婚約者の効用を知るとは思わなかった。決まった相手がいるということは、悩みが少ないのだとアドリアーナは理解した。
「こんやくしゃ。こんやくしゃ。はあー、まあやっぱりカイルか」とぶつぶつ呟きながら、席を立つ。勉強も詰まってきたので一息つこうと外に出る。
回廊で生徒会室に向かってきたラファエロと出くわす。
「婚約、するのか?」
何を聞かれたか分からず、びっくりして話題が浮かばない。
「ラファエロ様、お元気そうで。先日お会いしたエリザベス様は素敵な方ですね。ぜひボローネ国のお話聞いてみたいです……」
ラファエロがため息をつきながら目頭を押さえる。
「そんなに会いたければリズとはいつでも会える。で、さっきの話だが、君は今度の夜会にその……婚約者と行くのか?」
「え? いえ、婚約者はいません。なので困っているんです。今から夜会のために打診しようと思っていました。思い当たる人はいるので」
「そういうことは、そんな拙速に決めることではないだろう」
語気強めに言われたので、アドリアーナもその勢いに釣られる。
「ラファエロ様みたいな人はいいかもしれませんが、こっちは必死なんです」
アドリアーナが会話を終わらせて去ろうとすると、ラファエルにまた左手首を掴まれる。真面目な表情になったラファエルの顔が近づいてくる。
「俺とチャリティ夜会に行ってほしい」
そよ風に運ばれて、ふわっと檜の香りがする。回廊での記憶がフラッシュバックする。
キリッと痛むお臍の上を右手で押さえる。
「む、無理です」
口をぽかんと開け、王子らしからぬ姿になるラファエロ。
「ムリ……その、相手がいるとかではなく」
「先約はまだありません」
「……そうか」
「そうです」
無言で睨み合いになる二人。
「……ならば、ブルーノでどうだ!」
ラファエロは商品紹介でもするように、右手を前に出す。
(その手があったか!)
「いいんですか? お願いします」
アドリアーナは目を輝かせてラファエロの手を取る。
◇ ◇ ◇
(殿下があんなにあからさまに拒否されることも珍しい。というか初めてだ)
「なぜお前がよくて、俺がダメなんだ」
自室のベッドでうずくまり頭を抱えていたラファエロは、顔を上げ、恨めしそうな目をブルーノに向ける。
「殿下。あなたが勝手に私を差し出したんでしょう。今回ばかりは私も少し怒っています」
「それは……すまない。お前なら信頼できるし、変な奴がつくよりいいかと」
実際、ブルーノは、自分が商品のように差し出された時は苛立ちを覚えたので、少し意地悪をしたい気分になる。
「リズ様がお戻りになった理由はご存知でしょう? 殿下からのお誘い待ってらっしゃると思いますよ」
「……」
さらに項垂れるラファエロ。
(流石にいじめすぎたか)
「アドリアーナ様に変な虫が近づかないようにしっかり見ておきますから」
ブルーノはまた恨めしそうに睨まれた。
◇ ◇ ◇
「ん? ラファエロ様に会いたくない? また喧嘩でもした?」
カトリーナは心臓のドキドキが止まらない。生徒会室に戻ってきたアドリアーナの様子がおかしいので質問したら、彼女の回答が予想外でカトリーナは好奇心が抑えられない。
「いや、むしろ良好」
「じゃ、何?」
「……」
「ん?」
会うと嫌な気分になる、と漏れた言葉を聞き逃さず「もう少し詳しく!」と根掘り葉掘り聞いてしまうカトリーナ。気分は重症患者を問診をする医者だ。
「お臍の上が痛くなる。檜の香水の香りがすると特にダメ」という言葉を書き留める。アドリアーナはフラフラして机にうつ伏せになる。
カトリーナは目を閉じ天井を仰ぐ。ついに、アドリアーナ日記に新しいチャプターがやってきたのだ。
(いい。いいよアドリアーナ。なんか「お腹痛い」とか「嫌な気分」とか生理的な感覚にだけ気づいているの、とてもいい。グッとくる)
拳を握りながら感傷に浸っていた。
改めて日記をパラパラとめくる。15歳から17歳の日記は白紙だ。唯一無二絶対で圧倒的だったアドリアーナ。そこから起きたら一気に状況が変わっていた。「自分」を改めて見つけ、作り直していくその過程はどんなに大変だったろう。
そして、いつからかこの日記に王子の名前が増えた。いつも一緒にいた中等部時代から考えると、カトリーナは少し寂しい気持ちもする。
乙女に喜ばれる振る舞いを自然とできて、周囲の心の機微にはすぐ気づくこの少女。だが、自身の心には疎い。まるで自分は王子が笑顔を向ける対象ではない、と思っているみたいに。自分は笑顔にさせる側で笑顔になってもらう令嬢枠じゃない。
(っていうか王子はどうなってんの? あれ絶対なんかあると思ったのに、最近静かだし)
カトリーナにとっては、アドリアーナの隣に立つのは別にラファエロじゃなくていいのだ。ただ、少し自分に似てると思ったのかもしれない。
(こっちはアドリの観察で手いっぱいなんだから、そっちは勝手に動いてよー。もう手を焼かせないでよね)
人手が必要だ、カトリーナはそう思った。
◇ ◇ ◇
「なにこの二人。小学生なの? 補佐役も巻き込まれて可哀想でしょ! いいけど、もう!」
生徒会室で地団駄を踏んでいるのは、いつもは決して完璧な王室スマイルを崩さないソフィーだ。
アドリーナ日記の個人名と背景を変更して共有している。
ここは大人の暗黙の了解で、誰とは聞かないし気付いても言わないという約束だ。
「そうなんです。ソフィー様、この男のほう、どうにかなりませんか? あっちから動いてくれないと、アド、いやこの女主人公は絶対誤解して明後日の方向に向かっちゃいますよ」
「私も気になっていたわ。うちの義弟……、いや、このヒーロー、本当にヘタレね。言い寄られてばかりいるとポンコツになるのかしら」
ソフィーがカトリーナの両手をガシっと包み込み、目を輝かす。
「カトリーナさん、そうよ。オークションだわ」




