バラ園
怒涛の文化祭が終わると、いろんなトラブルが起きていたのが嘘のように落ち着いた。
学期末の試験に向けて勉強を頑張ろうとしていた矢先、ロッシーニ家にお茶会への案内が届いた。
主催は王妃、趣旨は王妃の姪っ子エリザベス・ファレーゼの帰国祝いだ。ソフィー曰く、エリザベスと同世代である高等部生徒会メンバーということで呼ばれたそうだ。中等部では多くの茶会に参加してきたが、高等部に進学して以来、茶会や夜会というものに招待されるのは初めてだった。
場所は王宮内、王妃のバラ園だ。
カトリーナと待ち合わせしていたが、少し早くついたので一人散策する。王妃のバラ園といえば、6歳の頃、母について参加したお茶会のことをふと思い出す。初夏で、白のバラが咲き誇っていた。
(懐かしいなぁ)
大人の話に飽きた6歳のアドリーナは、バラ園の周りを走り回っていた。ベビーブルーのドレスと白い靴を着せてもらっていたことをなぜか今も覚えている。
庭の一角でつまらなさそうにしている綺麗な「王子様」のような男の子を見かけたので、話しかけると一緒に探検することになった。その少年は、バラ園の生垣の隙間を発見して出ようとするアドリアーナを心配そうな顔で「そっちは行っちゃダメだよ」と諭すが、結局彼女についてきたのだった。
そして2人して、見事に迷子になる。
しかもアドリアーナは戻る道を探している最中にバラの棘が刺さって泣いてしまった。
「泣かないで。もう大丈夫」
不安で涙を溜めた、この「王子様」は、近くの紫色が鮮やかな花を抜いてきて、耳にかけてくれた。自分も泣いているのに。アドリアーナに小さな手を差し出す。
結局その後、使用人に発見され会場まで送ってもらったが、母にこっ酷く怒られその後しばらく王宮での茶会には連れて行ってもらえなかった。
今となっては、あれが本物の王子だったのかどうかさえ定かではない。ただ、差し出してくれた手に捕まった時、不思議と安心したのを覚えている。
それ以来、アドリアーナも泣いている人が笑顔になるような、つい手を取りたくなるような、そんな人になりたいと思っている。
あれから11年。アドリアーナはもうこのバラ園で迷うこともない。迷っても、自分で戻る方法を知っている。
それでも大事なことに迷った時、「あの王子様だったら、こんな時どうするかな」が頭に浮かぶ。
(久々に来たから思い出しちゃったな)
いい加減良い時間なので、カトリーナも到着している頃だ。会場に戻ろうと近道を行くと、芝が深くヒールのかかとが沈みそうになる。アドリアーナは足元を気にしながら歩いていた。
ようやく会場に近づき足元も安定したので顔を上げたところ、ちょっと先にいたラファエロと目があう。彼はすらっとした令嬢と腕を組んで歩いている。
無意識に目を逸らしそうになるが、それは失礼なので軽くお辞儀をする。するとこちらに向かってくる。
先日のダンスが頭をよぎるが、別のことでその思念を消す。
(パラヴィ! ラファエロ様といえばお菓子!)
「ごきげんよう。殿下」
「初めまして。あなたがアドリアーナ様ね! エリザベスと申します。ラファとブルーノから聞きました。ぜひ今度お話ししてみたいわ」
エリザベスは王妃の姪、つまりラファエロの従姉妹だ。母がボローネ国の公爵家に嫁ぎ、彼女もゼフィールと行ったり来たりしながら育ったと聞く。国際感覚もある才女という専らの噂だ。
「お初にお目にかかります、エリザベス様。ええ、ぜひ。ボローネでのお話、ぜひ伺いたいです」
ラファエロが穏やかな笑みで話しかける。
「アドリアーナ嬢、元気そうだな」
「殿下のおかげで、無事文化祭りも終わりました。今後はご迷惑をかけることもありません。心穏やかに過ごしてください」
ニコッと笑うアドリアーナにラファエロは少し困った顔をする。
エリザベスがラファエロの左腕に捕まりながら、自身の踵を気にする。
「ラファ、ごめんなさい。靴擦れしてしまったようなの。手当てをしたいので部屋まで付き添ってもらえるかしら」
「ああ。リズ、大丈夫か? もちろん送っていこう」とラファエロがエリザベスに肩を貸す。
「アドリアーナ様、ごめんなさいね。また絶対お話ししましょう」と言うエリザベスに、お辞儀をするアドリアーナ。
ラファエロは去ろうとする彼女の左手をつかみ、何か言いたそうにじっと見る。
「アドリアーナ嬢、また、後で」
その後カトリーナと合流した。彼女が、会場に来ている貴族たちの顔を見ながら、最近の情報をアップデートしてくれたので退屈することはなかった。
しかしラファエロはその後、会場に姿を表すことはなかった。
(流石に王子に言われたら待たざるを得ないけど、これじゃあ待ち損じゃないか。いやいや、そもそも私は待っていたわけではない)
フルーツティーをぐいと飲み、カトリーナと会場を後にする。




