アドリアーナ
アドリアーナは、ただ目を覚ましただけだった。
だから、ばあやのマリアや家族が涙を流して目の前に現れたときは、何の寸劇かと思った。
(2年間、寝ていた?)
医者から様々な質問を受けるが、正直「寝ていただけ」としか言いようがない。
アドリアーナ自身は何も変わっていないのに、人が見ている自分が違う、そのような居心地の悪さが残る。
衝撃を受けたのは、鏡を見せてもらった時だ。顎にかかるくらいだったダークエスプレッソ色の髪は、肩よりも先まで伸びている。心持ち、顔自体も長くなったような気がする。
さらに、立ちあがろうにもうまく力が入らない。コップの水を持つのもままならない。ふと気になって下を見る。
(胸がある!)
元々全くのまな板ではなかったが、剣術など鍛錬を重ねていたので筋肉の印象の方が強かった。今は筋力も落ちている。その割に栄養はちゃんと摂らせてくれていたようだ。アドリアーナは自分の体の変化を見て、時間の経過を認めざるを得なかった。
医者の診療ののち、家族と親友が様子を見にきた。
父は、以前ほとんどなかった白髪が一気に増えている。
アドリアーナは自分が植物状態だった間の父を想像し、胸がぎゅっと苦しくなった。それを見た父は、まるで小さな子供をあやすように「ゆっくりで良い、無理はしなくて良いから。目を覚ましてくれてありがとう」と、何度も何度も彼女の頭を撫でた。
弟エミルは、今年高等部入学の15歳になっていた。身長も20cm伸びて175cmになったという。
「お姉さまの遺志を引き継いで、『使い道不明の魔法鍵集め』を続けました。今では200を超えるコレクションになっています」
「私は死んでないけど、その心意気は嬉しい。ぜひあとで見せてくれるかな」
「はい、お姉さまのために頑張りましたから」
うるうるした眼でこちらを見つめるエミルを見て、アドリアーナはふと笑ってしまった。背は高くなっても可愛いところは変わらないらしい。
午後にはアドリアーナの幼馴染、カトリーナが見舞いに訪れた。
寝ていた間の学校と友人の間で起きたことを臨場感たっぷりに話せくれる。もっと細かいことは、2年間毎月送った手紙を読むよう指示を受けた。カトリーナは文才があるから、きっと面白い読み物になっているはずだ。
カトリーナは一気にしゃべった後、ようやくお茶を一服して言った。
「アドリ、学校に戻ったら何やりたい?」
(非常に良い質問だ)
良い質問だけにアドリアーナは少し考える。3年間あると思っていた高等部生活が、急に1年しかないと言われたのだ。
入学前に想像していたことはたくさんある。3年連続成績トップを取る。体育祭リレーで逆転のアンカーを務める。さらに、夜会でのパーフェクトなダンス披露や、生徒会長として新しく伝統に残るイベントの立ち上げ。そして、卒業したら王立アカデミーへの進学する。たくさんありすぎて、1つに絞れない。
「そうだね。一言で言うと、青春?」
カトリーナはアドリアーナの言葉に無言で頷きながら、続けるように促す。
「つまり、女子校ではできなかったことを全部やりたいんだ。勉強も運動もイベントも。今までできなかった行事とか、会ったことないタイプのすごい人に会って、ライバルになるとか考えたらワクワクする」
「確かにアドリは唯一絶対すぎてライバルとかいなかったもんね。あと女子校ではできない共学ならではのイベント企画するのはいいね」
カトリーナはどこからかノートを取り出し、メモしていく。
アドリアーナは更にアイディアを口にする。
「でも具体的になんだろう? やはり食堂の大食い選手権、はたまたチームでの友情を育む縄跳び選手権やクイズ選手権とか」
「令嬢でそんなことやっている人見たことないし全部無駄に選手権になってるけど、いいね。全部やっていこう」
そう言いながら、カトリーナは満足げにアドリアーナの顔を見る。
「それに青春っていうと、恋したいとか言う子も多いけど、アドリがそれやるとファンの間で流血の騒ぎが起きるかもしれないしね」
9年間女子校で過ごしてきたアドリアーナにとって、ここから新たな人間関係を作るのは確かに「青春」らしい。男女といえばダンスを通じた交友と聞く。
「確かにそれも良いアイディアだ。今年の夜会は皆勤賞を目指そう。ありがとうカトリーナ」
一瞬、カトリーナが不安な表情を見せた。心配させてしまったのかもしれない。
「とはいえ、学校が始まる9月までは体力・筋力の回復に集中するよ。あとはお父さまに家庭教師の手配をお願いしたんだ」
「ストイックなアドリらしい。この夏、私は家族と北の領地に行くから会えないけど、9月になったらまた学校へ一緒に行けるの楽しみにしてるからね。『青春』、絶対一緒にやろうね」
姿が見えなかったウィルフレッドだ。アドリアーナが幼い時から兄のように慕ってきた彼は、すでに研究者として自立。今はフィールドワークのため国外にいるという。2年間とは短いようで人生のステージが変わるには十分な長さなようだ。
この日は、お見舞い客に会っただけだというのにすぐ眠くなってしまい、7時に就寝した。本当はみんなを心配させたくないから、せめて夜9時までは起きていようと思ったのだが、無理は禁物だ。
(おやすみなさい。明日もちゃんと起きられますように)




