王子様
「マイプリンセス」
階段で倒れそうになった令嬢は、背に回った腕のおかげで抱き抱えられるように支えられている。
肩まで掛かるエスプレッソ色の髪に濃い碧眼が心配そうに令嬢の顔に近づく。決して背は高くないが、姿勢が良くすらっと優雅な立ち姿。気のせいか背景に薔薇も咲いている。
「君に怪我がなくてよかった」
そう言いながらウィンクする笑顔を見て、令嬢はむしろ更にそりかえって意識を失いそうになっている。遠巻きに見る別の令嬢たちの悲鳴も聞こえる。
アドリアーナ・ロッシーニは女子貴族学院中等部の生徒会長であり、成績トップ学生であり、短距離の学校記録保持者であり、科学研究の学校代表だ。
そう、彼女はみんなの唯一絶対無二の「王子様」だった。
♢ ♢ ♢
「カトリーナさま、ロッシーニ侯爵家から急ぎのお手紙が来ています」
カトリーナは侍女が持ってきたメモを見る。
(あのアドリアーナ・ロッシーニが、目を覚ました!)
「ロッシーニ家に向かうから、すぐ馬車の手配をお願い」
「承知しました、お嬢様」
馬車に乗り込むとすぐ動き出す。窓の外の景色を見ながら、アドリアーナのことを思い出していた。
6歳の時に初等部で会って以来、彼女はカトリーナの親友だ。
同じ年頃の貴族の女の子が王子に恋焦がれるなか、アドリアーナは王子様になりたいと言っていた。
カトリーナは不思議に思い、なぜ王子様になりたいのか聞いたことがある。すると彼女は「王子様はみんなの幸せを願って、周りを笑顔にできる人だから」と言っていた。
実際、アドリアーナは王子様道を突き進んだ。
勉強、運動は学年トップ。さらに、ふと口をついてでくる褒め言葉、常に令嬢たちの気持ちを考えた行動の数々。その結果、貴族学院女子初等部・中等部では「王子様」ポジションを確固たるものにしていた。
(でもそんなのはアドリの良さの1%にも満たないんだよね)
カトリーナが考えるアドリアーナの魅力は、その伝説づくり力だ。『迷ったら面白い方へ』が家訓の彼女は、初等部でも中等部でも生徒会長として、学生みんなを喜ばせる面白いプロジェクトを次々と企画していた。
一人一人の誕生日に小さなプレゼントが届く「プリンセスデイ・プログラム」や「星空鑑賞合宿」は初等部の恒例プログラムになった。さらに、「古代語で書く恋文読み上げ大会」と「古書から発見した古代のスポーツを再現する体育祭」を立ち上げた時は、貴族歴史院の偉い人から表彰を受けた。
カトリーナは彼女を見ているのが好きだった。近くにいる分、振り回されることも多々あるが、それはアドリアーナという人生最高のショーを特等席で見せてもらう代償だ。そしてショーを見ていると、自分でもやりたい事は何でもできる気がしてくる。
しかし2年前、アドリアーナは事故に遭った。高等部入学歓迎夜会の帰宅途中で馬車の馬が暴走したのだ。それ以来、息はしているものの意識が戻らない状態が続いていた。
彼女が事故にあってから、カトリーナの学院生活はモノクロになった。息苦しくて、つまらなくて、どうしようもなく長い2年間だった。
そのアドリアーナが今朝目を覚ましたのだ。
(アドリ、会いたかったよ!)
馬車の窓からロッシーニ侯爵邸が見えてきた。空はいつもよりずっと青々としていた。




