母の味
国際文化祭りは、生徒会が企画するファッションショーや音楽舞台など国横断企画とは別に国別のブースも作る。これは各クラスに分担をお願いした。
それぞれ自分で調べてもらうことでより興味が湧くという意図だ。ゴネるクラスもあるかと不安だったが、ソフィーから依頼したおかげでスムーズに協力してもらえた。
その中でアドリアーナは1つだけエゴを出した。
アストリア王国ブースを、信頼できるカトリーナのクラスにお願いし、アドリアーナも監修として関われるようにしたのだ。一番近い隣国。しかもこのイベントのきっかけになったラファエロが5年いた場所でもある。ちゃんとやりたかった。
そんな日の夕方、いつものように生徒会室の一角で作業をしていると、カトリーナがいささか取り乱した様子でやってきた。
ブースの目玉である絵画作品と美術品が持ち主のリクエストで提供できなくなったのだ。
集客の引きとなる作品だっただけに、二人は動揺した。カトリーナと代替作品を探し、複数の貿易商に連絡するが、どこもこのタイミングでは抑えられないと冷たい反応だ。
(どうしよ)
問題は全く解決していないまま翌日になった。とはいえ他にも決めないといけないことは山ほどある。他のメンバーにはお願いしていることも沢山あるので、これはカトリーナと二人で解決せねばならない。
放課後、生徒会室でカトリーナと別作業をするが集中できない。
《アドリ、他の雑務は引き受けるからそっちの件に集中して》
こういう時フラビオは心を読んでいるじゃないかと思う。本当に必要なことがわかってる。
「ありがとう」
《僕が君の役に立ちたいだけだから》
気を取り直してもう1回、別の美術作品候補をリストアップしよう。カトリーナと取り掛かろうとした時だった。
「いつまで俺に頼らないつもりだ」
入り口に軽くもたれ掛かるように立っているラファエロがいた。
(なんか怒ってる?)
トラブル報告を受けたソフィーから話を聞いて来てくれたという。
「お忙しそうだったので」
「ばか! こういう時に頼らなくてどうするんだ」
「ばか」という言葉に反応して、フラビオが心配そうに近寄る。
《僕が追い出そうか?》
ラファエロはフラビオに睨みを利かせながら、アドリアーナとカトリーナを呼び出す。
「二人とも今日は終了。帰るぞ」
「「え?」」
◇ ◇ ◇
(正直こんなことしている暇はないんだけどな)
カトリーナとアドリアーナは馬車に乗らされていた。ブルーノ、ラファエロと向き合う形で20分ほど乗っていると着いたのは、王都西側の繁華街。向かったのはレストランだった。内装と調度品が丁寧に選ばれた小綺麗な店だが、王族の行く店とは思えない。
「サラ、久しぶりだ。元気にしていたか?」
「坊ちゃん、ブルーノくん、いらっしゃい!」
子供のような嬉しそうな笑顔になるラファエロ。女店主と思われる、少しふくよかな女性と話をしている。
「……これと、あと……も出してほしい。他にも忘れているものがあれば頼む」
「坊ちゃんの大事な人ですから、うーんと美味しくなるように作りますね」
このようにラファエロが子供のように扱われるのを見るのも面白い。心持ち顔が赤くなっている。
早速出てきたのは、アストリア名物の赤スープだ。話に聞いていたので知っている。たが想像とは違う知らないスパイスの美味しさだった。
異国の味や香りというのはいくら文献を読んでもわからない。作家は筆舌尽くして語る。それでも、経験していないものはあくまで想像で、その作家の経験を通じて体験するものだ。
目の前にあるものは、何のフィルターもない。アドリアーナが人として直接体験する色、匂い、味だ。
ラファエロが食べ方を説明する。途中からピリッとする緑のソースを追加して味の変化を楽しむらしい。アストリアを含む半島では、降り注ぐ太陽に育てられた赤い野菜がよく食べられること、地形や気候、歴史と絡めて面白く話してくれる。
(やっぱりこの人のこの手の話好きだなー。住んでる人の顔とか街の想像できるんだよね)
他にも3品ほど出してくれた。その合間にカトリーナはキョロキョロし、店内のいろんなものについてサラに質問する。
「この壁画とてもユニークですね。見たことない色合いです」
「アストリア人の若い芸術家の子がここで描いてくれたの。素敵でしょ?」
確かにその壁画は、色使いがゼフィールでは見ないタイプのものだった。この店の、異国の雰囲気を生み出す一因となっている。
食べ終わると、サラが茶器を持ってくる。
茶葉にお湯をちょっとずつかけ、直接金属のストローで潰しながら飲む。とても苦いが、先ほど食べた甘いナッツによく合う。これは人が順番にストローで回して飲み合うらしい。
カトリーナが一口飲んで「苦っ!」と驚くと、ブルーノが少しずつ飲むお手本を見せる。
「こうすることによって、仲間や家族との絆を強める伝統的な習慣でもあるんだ」
「ラファエロ様もマニ茶を分け合って飲んでたんですか?」
「ああ、時々友人やブルーノと飲んでいた」
ラファエロが想い出すように目線を上に向ける。
「中でもサラの家族にはアストリアでだいぶ世話になった」
ゼフィール出身の彼女は結婚し移り住んだアストリアでゼフィール料理の店を営んでいた。5年前、13歳の王子が一人で「留学」という名の人質として来ることを知り、故郷の味を食べさせたいと王宮に志願してシェフとして働いていたらしい。
現在は夫婦でこちらに戻り、アストリアとゼフィールのフュージョン料理店を経営している。
(異国の地での「母の味」、だったのかな。ここにいても、王妃様が料理作ることはなかっただろうけど)
アドリアーナは外からの刺激を受けて久々に楽しい時間を過ごした。知らないことを知るのは本当に面白い。
「久々にラファエロ様の見識の深さを見ました。旅行作家も向いてると思いますよ」
「君が読むというなら検討しよう」と笑うラファエロ。
「それにしてもさっき学校での顔は酷かった。眉間に皺がくっきり出ていたぞ」
おそらく怖い顔で作業していたのだろう。それは想像できる。ラファエロはアドリアーナの顔を改めて覗き込みながら続ける。
「君が一番楽しむくらいでやるべきだと思う」
「時々集中しすぎて、目的と関係ないところにこだわってしまうことがあるのです」
自分のことだが、なんでそんなに思い詰めていたのか笑いが溢れる。
「でも今日サラさんやラファエロ様の様子を見て思い出しました。何のためにやるのか」
アドリアーナはラファエロに振り返って人差し指を立ててウィンクする。
「見る人に面白がってもらわないと何も始まらないですね」
「そういうこと」
ラファエロはウィンクで返す。
(かなわいな、この人には。なんでもお見通し)




