第6話 【観測だけしておく】
ハイデル=シティの夜は、今日もネオンで明るい。
だが、その一角だけは、なぜか光が“届いていない”ように見えた。
市の中心部から少し外れた丘の上。
廃止された旧天文台が、裏通りの奥にぽつんと立っている。
そこに、最近こんな噂が立った。
“旧天文台の前で、深夜三時ピッタリに空を撮ると、街の灯りが一つだけ消えて写る。次の日、その場所で何かが終わる”
コンビニの閉店。古本屋のシャッター。
名前も知らない誰かの、生活の断片。
「はい出ました〜、“この世の終わりガチャスポット”。……笑えないやつね、これ」
都市伝説対策課の星野ミオは、資料をめくりながら言った。
軽い口調のまま、視線だけが鋭い。
「先輩、今回のは偶然で片づけるには出来過ぎです」
佐久間が地図と記事を並べる。
「噂が出始めたのは一か月前。灯りが消えたとされる地点、その多くで一週間以内に“終わり”が起きています」
「分かってる。だから見に行く」
ミオは立ち上がった。
「今夜、“確率”じゃないほうを確認しにね」
午前二時四十五分。
丘の上は、街の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
旧天文台のドームは、もう動かない。
夜空の下で、ただ黙っている。
「三時ジャスト、撮影します」
佐久間は機材を準備しながら言う。
原子時計の秒針が、正確に時を刻む。
「五、四、三、二、一、、」
シャッター音が、静寂を裂いた。
その瞬間だった。
「……見た?」
「はい?どこですか?」
「いや、空だよ…」
街の灯りは変わらない。だが、空が違う。
ほんのわずかに見えていた星のひとつが、消えていた。
ミオはカメラのモニターを覗き込む。
その一角だけ、暗い。ぽっかりと穴が空いたように。
まるで、最初からそこに“何もなかった”みたいに。
「三十一個あった」
「は?何がです?」
「まだ見える星、さっき数えた。今は三十」
ミオは画面を拡大する。
「問題は数じゃない。位置!」
佐久間が地図と照合する。
「……市内北東。例の交差点の上です」
あの場所。“世界の断片を見た”と証言があった地点。ミオは夜空を見上げた。
「ねえサク。今までの“終わり”さ、全部別々に扱ってきたよね」
「はい」
「でもさ……」
少しだけ笑う。
「それ、全部まとめて見てる“何か”がいるとしたら?」
佐久間は黙る。
「アインシュタインが笑いながら眺めてるみたいな視点でもいいし、ただの“上からの観測者”でもいいけど…」
ミオはカメラの電源を切った。
「さっき消えた星。あれ、地上と対応してるんじゃないかな…?」
「偶然では?」
「そうかもね。でも……」
ミオは一瞬、言葉を選ぶ。
「“終わり”ってさ、ちゃんと記録されるものばっかじゃない」
旧天文台の扉を開ける。軋む音が、夜に溶ける。
中には、古い観測機器と、壁一面の写真。
同じ構図で撮られた夜空。年代ごとに並んでいる。
その上に、小さな×印。“消えた星”
「ねえ?サク」
ミオは一枚の写真に触れた。
「もしさ。さっきの星、最初からここに無かったら?」
「……え?」
「十年前にも、五年前にも、三年前にも、、どこにも写ってないのに、今夜だけ“あった”ら?」
空気が、わずかに重くなる。
「で、観測した瞬間に消えた」
ミオは静かに言った。
「“観測された瞬間だけ存在して、次の瞬間には履歴ごと消えるもの”」
佐久間は息を呑む。
「それ、どう扱えばいいんですか」
ミオは即答した。
「ははっ!扱わない」
少しだけ肩をすくめる。
「意味つけたら、全部ウソになるやつだから☆」
報告書は、簡潔にまとめられた。
現象は確認できず。観測条件による誤差の可能性。
それだけ。ただし、、
“なお、本件に関する追加観測は推奨しない”
その一文が、最後に付け加えられた。
非公式メモには、こう残された。
この都市には、人間の都合で生まれた終わりが多く存在する。その大半は、システムと心理で説明可能。
しかし、ごく一部に、説明を試みること自体が誤りとなる現象が混在する。本件は、その可能性を否定できない。署名、星野ミオ。
その夜。ミオはベランダに立ち、空を見上げた。
星はほとんど見えない。ポケットから、メモを取り出す。
小さな終わりの円。それを囲む、大きな円。
そして外側の「?」。
「ねえ?」誰にともなく呟く。
「そっちが本当にあるならさぁ……」
少しだけ笑う。
「うちらの“屁理屈”、ちゃんとカウントしといてよね☆」
返事はない。
ただ、遠くでサイレンが鳴り、どこかの灯りが消え、またどこかで、何かが静かに終わる。
それは、いつもの夜の音。
けれどミオには、その中に、“割り切れない一割”が混じっている気がしていた。
そしてそれは、きっとこれからも消えない。
都市伝説対策課の仕事は、世界をすべて理解することじゃない。
人間が生きていくために、必要な分だけを“分かったこと”にしておくこと。
残りは、見てしまったことだけ、“覚えておけばいい”。
続
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