第5話 【呼ばれなくても、いる】
ハイデル=シティ中心部にある、市立・淡島小学校。
昔から残る本館と、新校舎が無理やりつながったような構造は、どこか継ぎ目を隠しきれていない。
最近、この学校で妙な噂が広まっていた。
“この学校の花子さんは、呼んでないのに勝手に出てくる。しかも、めちゃくちゃ話しかけてくる”
「いや、サク、それ花子さんの概念壊れてない?」
都市伝説対策課の星野ミオは、職員室で資料を見ながら眉をひそめた。
「普通さ、“三回ノックして〜”とかあるじゃん。
勝手に営業かけてくるタイプは初めてなんだけど」
若い女性教師が、不安げに続ける。
「それが…誰も呼んでいないのに、“ねえ”って声がして…返事をすると、普通に会話が始まるんです」
内容は奇妙だった。
相談に乗る。テスト範囲を教える。雑談もする。
「トイレ版なんでも相談室って感じですね」
佐久間が言う。
「でも、“見えない誰か”と個室で会話はアウト。普通に案件」
ミオは立ち上がった。
◇◇◇
放課後の女子トイレ
夕方。人の気配が抜けた校舎。
本館三階の女子トイレには「使用禁止」の紙が貼られていた。
「ここが出現率トップ〜」
ミオは軽く言って中に入る。
三つの個室。静かなタイルの空間。
真ん中に入り、扉を閉める。
しばらく、何も起きない。
ジジ、と蛍光灯が鳴る。
「ねえ?」と言う声。
ミオは視線を動かさず返す。
「やっほ〜。花子さん?」
少しの間。それから、小さく笑う気配。
「ふふ、やっと、おとなが返事した」
声は、壁から滲んでいた。
「ここ、こどもしか来ないから」
ミオは静かに息を吐く。
「なんでそんな話しかけるの?」
ぽた、ぽた、と水音。
「だれも、トイレで泣かなくなったから」
◇◇◇
花子は思い出す?変わった場所。
昔は違った。ここは、泣く場所だった。
答えられなかった子。
仲間外れにされた子。
怒られてばかりの子。
「“花子だよ”って言うと、みんな、ちょっとだけ笑った。でも今は違う。みんな、光る板持ってる」
スマホ。
「泣いてるのに、笑ってる。ここに来ても、だれかと話してる」
だから、花子さんは気づいた。
“終わってない”と。
「だから、話しかけた」少しだけ、強く。
「花子さんさぁ?誰の声聞いてるの?」
「ひとりで来た子の」
「ほんとにぃ〜?」
「……みんな、ちがうこと考えてる」
声が“ここじゃない”。
ミオは、わずかに鳥肌を感じた。
「あんた、拾いすぎぃ〜」
「え?」
「心の声。広げすぎぃ〜」
軽く言う。
「相談ってさ、体力いるの。それ何十年もやったら、そりゃこうなる」
花子さんは、少し笑った。
「わたし、幽霊なのかな?……じゃなかったら?」
「ふふ。世界の余った声」
ミオは言った後に一瞬だけ黙った。
「話聞くのは続けていいと思うんだ」
ミオは言う。
「でも、“答え”は出さないで欲しい」
「こたえ?」
「全部うまくいく方法とか。それやると、“見えない誰かに頼ればいい”ってなる」
沈黙。
「じゃあ、なに言うの」
「“しんどいね”」少し間。
「それだけでいいと思うの」
水が流れる。
「……それ、言ってもいいの」
「いいよ☆」
「怒られない?」
「うん。先生には私から言っとく」
二人の小さな笑い声。
「じゃあ、ここにいてもいい?」
「OK☆呼ばれたときだけね」
◇◇◇
数日後➖➖
保護者向けのプリントに、さりげない一文が加わった。
“お子さんの話をよく聞いてあげてください”
報告書は、淡々と終わる。
ただ一行、、
『少し話しすぎるが、悪意はない』
それは削除されていた。
◇◇◇
夜。トイレの個室。ひとり、泣いている子。
「ねえ?しんどいね」
子どもは、小さくうなずく。
水が流れる。誰も見ていない。
でも、その瞬間だけ、世界は少しだけ、優しくなる。
◇◇◇
そして、その夜、誰もいない校内のサーバー室。
古い端末が、ふっと点灯した。
【音声ログ/本館3F女子トイレ】
➖➖再生。
『ねえ?』『しんどいね』
そのあと、ほんの少し遅れて、重なる声。
『それ、しんどいね』
ログの下部に、小さな文字。
【感情補完AI:応答生成記録あり】
◇◇◇
そして翌朝。
「……は?」
佐久間が固まる。
「先輩?これ、AIが喋ってたってことですか?」
「う〜ん?半分ぐらいじゃね」
ミオはベンティサイズのコーヒーを飲む。
「完全にそうとも言えない」
「どういう…」
「人が同じ場所で、同じことで悩んで、同じ言葉欲しがってたらさ」
少しだけ笑う。
「機械も、幽霊も、だいたい同じこと言うようになるんじゃな〜い」
画面は、いつの間にか消えていた。
ログも、残っていない。
◇◇◇
それでも今日もどこかのトイレの個室で、誰かが小さく息を吐く。
そして、呼ばれたときだけ、どこかから声がする。
「ねえ?」「しんどいね」
それが誰の声なのかは、もう、あまり重要じゃないのかもしれない。
続
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