表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

第4話 【なかった教室の残響】


 ハイデル=シティ郊外、県立・霧ヶ丘高校。

 春だというのに、この学校の影は、どこかだけ光を拒むように薄暗い。


 そこに、ひとつの七不思議があった。


 “校内図に載っていない教室がある。

 放課後、ひとりで歩いているときだけ、

 階段の踊り場から廊下が一本増えている”


「いや〜、普通に怖いでしょ、それ」


 職員室前の廊下で、女子生徒たちがひそひそと笑う。その少し先で、星野ミオは校内図を広げていた。


「“ただの噂”って流して、後から事故るほうがダルいのよ」

 教頭の遠慮がちな言葉を、軽く切る。


「ここ三年、事故も失踪もゼロ。なのに“見た”って証言だけ増えてる。はい。こういうの、一番めんどいタイプ」


 図面を指でなぞる。どこにも、余分な教室はない。


「なのに全員、“同じ言い方”するんだよね」


 “廊下が一本、生えてた”


 ミオは、階段を見上げた。


◇◇◇


 放課後、部活の音が遠ざかる時間。

 校舎は、人の気配を少しずつ手放していく。


「人が多いと、出ないの」

 ミオはそう言って、佐久間と二人だけで歩き出した。

「古い校舎ってさ、図面より“人の使い方”のほうが強くなるの。動線にクセがつく」

「へぇ、そう言うもんですか?また屁理屈なんじゃないですか?」

「はぁ?いやまぁ、ソースはないが…」


 三階、二階。同じルートをなぞる。


 何も起きない。

「ん〜、ハズレ?」

 佐久間が何かを言いかけたとき。

 ミオが、足を止めた。


「……ねえ、サク。ここ、こんなに暗かったっけ?」


 窓の外の色が、妙に深い。

 時間が、わずかに沈んでいる。


「階段に、“時間のクセ”がついてきた」


 壁を見る。そこに、一本の線。

 塗りつぶされた“扉の跡”。


「消したんじゃなくて、押し込めたんだね」


◇◇◇

 

 学校の記録を見る。

 古い図面には、確かにあった。


 特別教室C。


 だが現在の資料には存在しない。

 教頭が、言いにくそうに口を開く。

「……特別支援学級の件で、問題がありまして」


 差別。分断。放置。そして、統廃合。


「“なかったことにした”ってわけだ」

 ミオは静かに言った。

「でもさ、人間って逆なんだよ。消したものほど、形になる…。よし、サク。夜にもう一回行くか?」

「えっ?拒否権あります?」

「い〜や!無い☆」「なら、聞かないで…」


◇◇◇


 夜。完全に静まった校舎。


「このクラスだけ、人の流れが違ってたはず」

 ミオは歩き出す。足音を数える。


 四十二歩。……終わらない。


「十歩、余分」

 同じ景色のまま、空間だけが伸びる。

 振り返ると、踊り場が遠い。左の壁に、影。

 昼間は“線”だったものが、今は“凹み”になっている。


「開いてる」


 そこには、半分だけ開いた暗闇があった。


◇◇◇


 二人は教室の中に入って行った。


「サク。腕、離さないでよ」

 ミオは、一歩踏み込む。

「絶対、腕離さないで!」

「え、ちょ、待ってください先輩、距離バグってません?普通こういうの、手首とかじゃ…」


「うるさい。離したら置いてくよ」

「いや怖いのはそっちなんですけど!?っていうか、なんでそんな平然としてるんですか」

「馬鹿なの?平然としてるように見える?」

 ミオは前を向いたまま、小さく笑う。


「内心、ちょいビビってるよ。だから掴ませてんの」

「……それ、逆じゃないですか普通」

「いいの。アタシが前で、サクが後ろ。それでバランス取れてんでしょ」


 佐久間は一瞬だけ黙って、握る力を少し強めた。


「……じゃあ、絶対離しませんからね」

「うん。頼んだ」


 空気が変わる。


 古い教室の匂い。チョーク、ワックス、紙。

 そこに、“誰もいない気配”だけが残っている。


 黒板の端。白い粉で残された文字。


 『3-∅』


 ゼロ組。存在しないクラス。

 机の配置が、歪んでいる。一席だけ、空白。


「最初から、“居場所が決まらなかった”」

 ミオは、その空いた場所を見る。


 床の色だけが、新しい。消された跡。

 黒板に、かすかな傷。


 “ここは なかった教室”


 読めるようで、読めない。


 そのとき、かすかに、椅子を引く音がした気がした。

 ミオは、何も言わなかった。


◇◇◇


 翌日。学校は、七不思議を“否定”した。

 構造上の名残。危険区域。立入禁止。

 正しい説明。正しい処理。

 それでも、噂は消えない。

 “中をのぞくな”“席が一つ、空いている”


◇◇◇


 数週間後。

 ミオと佐久間は、再び校門の前を通る。

 掲示板には、新しい張り紙。


 特別支援学級、再設置。


「ふふ……やっと、“ある”って言えるんだ☆」

 小さく呟く。


 そのとき、校舎のどこかで、、

 一本多かった廊下が、静かに元に戻った気がした。


 気のせいかもしれない。けれど。それでも。

 “見たことがある気がする”人だけは、これからも、毎年ひとりは現れる。


 なかったはずの教室を、確かに通った記憶と一緒に。



            続


読んで頂きありがとうございます。気が向いたらでいいのでブックマーク、評価、感想などよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ