第2話 【消える救急車はどこへ行った】
霧の多い高台に建つ、ハイデル中央総合病院。その裏には、崖沿いに古いトンネルが一本だけ通っている。
昼間でも、その入口だけはやけに暗い。
この場所には、一つの都市伝説があった。
“深夜二時、サイレンを鳴らさずにトンネルへ入った救急車は、そのまま二度と出てこない”
この一ヶ月で、実際に三台の救急車が行方不明になっていた。
GPSはトンネル手前で途切れ、車両も隊員も見つかっていない。
「ねぇ、サク。それヤバくね?病院裏トンネルで救急車ロストとか、もはや“世界のバグ”なんですけぇど〜」
夜勤明けの顔であくびをしながら言うのは、都市伝説対策課の巡査・星野ミオ。
隣でタブレットを抱えているのは、後輩の佐久間だ。
「星野先輩、真面目に聞いてください。三件とも最後に目撃されたのはここです」
二人はトンネルの入口に立っていた。
コンクリートの壁には、「減速」「落石注意」といった古い文字がかすれて残っている。
中は薄暗く、冷たい風がときおり抜けていく。
「ふーん。ねえサク、“消える救急車”の噂、どこ発信なの?」
「病院関係者のグループチャットです。“また救急車が帰ってこない”という書き込みが拡散して……」
「はい出た〜。“また”って言い方、不安を増幅させる魔法ワードね」
ミオは天井を見上げた。
一定間隔で並ぶ蛍光灯が、一部だけ不規則に点滅している。
「このトンネル、いつから?」
「三十年前に開通。それ以前は山道のみです」
「で、消えたのはこの一ヶ月だけ」
「はい」
ミオは小さく指を鳴らした。
「三十年間マジメに働いてたトンネルが、急にサボり出す?そんな可愛い話じゃないでしょ」
「じゃあ何が……」
「三十年なかった不具合が、ここ一ヶ月で連発。人間の世界で一番ありがちな原因は?」
佐久間は渋い顔をする。
「……最近、どこかをいじっ…た?」
「せいか〜い☆」
ミオはトンネル脇の灰色の箱を指差した。
「ほら、これ新しいでしょ。配電と通信の一括管理ユニット」
確認すると、病院と市を結ぶ【救急車優先ルートシステム】が、ちょうど一ヶ月前に更新されていた。
「サイレン鳴らさずに入ると消える、だっけ?」
「はい。深夜帯は騒音配慮で、病院付近ではサイレンを止める運用に……」
ミオは笑いそうになるのをこらえた。
「ねぇサク、その通達とシステム設計、ちゃんと話し合ったのかなぁ??」
「……いえ、記録では別系統です」
「はい、事故の匂い」
管理棟の一室。
モニターにはトンネル内のカメラ映像とログが並ぶ。
「見てください。三件とも、突入直後に“車両認識エラー”が出ています」
「うん、もう分かった」
ミオは仕様書をめくる。
「このシステム、“サイレン鳴ってる車両だけ救急車扱い”だね」
そこには明記されていた。
サイレン信号+位置情報で優先車両を認識。
つまり、サイレンを止めた救急車は、システム上【不審車両】になる。
「不審車両は防犯モードに移行。映像は暗号化、本庁へ送信。現場にはノイズ表示」
佐久間が呟く。
「通信ログ上は、“存在しなかったこと”になる……」
「そう。消えたんじゃない。“見えなくされただけ”」
「でも、車両と隊員が見つからないのは?」
ミオは椅子にもたれた。
「このトンネルの先は?」
「市外の工業地帯です」
「うん。三件とも“その先の病院に寄って戻る”ってルート。でもこのシステム、トンネルを“病院への片道”でしか管理してない」
佐久間の目が見開かれる。
「……戻りのログが、存在しない?」
「そう。記録上は“入ったまま帰ってない”。でも現実では、別ルートで普通に帰ってる」
「じゃあ、隊員たちの証言は……?」
ミオはペンをクルッと回した。
「過労、夜勤、サイレンの切り替え、トンネルの圧迫感。記憶が曖昧になる条件、フルコンボ〜ってやつ☆」
ふと、資料の一文を指す。
「“トンネルの中だけ、映像が飛んだみたいだった”」
佐久間が静かに言う。
「気づいたら、もう出口だった、と」
ミオは頷いた。
「人間の“うろ覚え区間”と、システムの“存在しない区間”。それがぴったり重なった」
静かに、答えが形になる。
「だから、“救急車が消えた”」
佐久間は息を吐いた。
「世界の裂け目じゃなくて……仕様書とシフト表のズレ」
「そう。“この世の終わり”じゃなくて、“連携不足”」
後日、システムは改修された。
サイレンの有無に関わらず救急車は認識され、トンネルのログは双方向で記録されるようになった。隊員の勤務体制も見直された。
噂は、ゆっくりと沈静化していく。
、、はずだった。
トンネル前には今も、スマホを構える若者がいる。
“サイレン止めて入ると、データ上消えるらしいよ”
少し形を変えて、都市伝説は生き残る。
パトカーの中で、ミオはベンティサイズのコーヒーを傾けた。
「ね、サク。都市伝説ってさ、完全に潰すと逆にヤバくない?」
「どういう意味です?てか、先輩のコーヒーサイズのがヤバいような…」
「ほっとけっ!“意味は、全部解明されました〜怖くありません〜”ってやるとさ、その隙間から、“本物”が顔出しそうじゃん?」
佐久間は苦笑する。
「じゃあ今回の扱いは?」
「公式は“システム不備”。でも個人的には、、」
ミオはトンネルを見た。
「深夜二時に、サイレン止めて一人で通るのは、やめときな?」
「えっ?それの合理的な理由は?」
「んー、“怖いから!”サクおねしょしちゃうよ?ははは!」
そのとき、トンネルの奥から救急車のサイレンが響いた。規則正しく、こちらへ近づいてくる音。
「ほら。今夜の救急車は、、」
言いかけて、ミオは少しだけ眉をひそめた。
サイレンの音が、ほんの一瞬だけ。
、、途中で、途切れた気がした。
次の瞬間には、何事もなかったかのように鳴り続けている。
ミオはコーヒーを軽く振り、残りを飲み干した。
「……ま、気のせいってことで…」
霧の向こうから現れた救急車は、確かにそこに“存在していた”。
けれどその数秒の空白を、この街はちゃんと記録しているだろうか。
それとも、、最初から、なかったことになっているのか。
続
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