第1話 【舌出し顔は誰のもの】
ネオンが夜空を覆い隠す街、ハイデル=シティ。
ビルのガラスには、今日も意味ありげなニュースのテロップが反射している。
けれど、その文字の一部が、ほんの一瞬だけ“裏返って”見えた気がした。
「お〜い!サク。また出たってさ、舌出し顔」
ギャル系制服にピンクのネイル。警察規定ギリギリのラインを軽やかに踏み越えながら歩くのは、都市伝説対策課の巡査・星野ミオ。
隣でタブレットを抱えているのは、真面目そうな後輩・佐久間だ。
「星野先輩、笑い事じゃないですよ。例の“舌出し写真症候群”、これで報告三件目です」
ハイデル=シティで広まりつつある奇妙な噂。
深夜零時ちょうど、街のどこかで写真を撮ると、顔がすべて“舌を出した老人”になる。
服も、髪も、そのままなのに。
顔だけが、どこかで見たことのある“あの表情”にすり替わる。
「それで、今回の被害者は?」
「はい。路地裏で自撮りして、そのまま気絶。朝になって目を覚ましたら、スマホに一枚だけ写真が残っていたそうです」
現場はコンビニの裏口。
高層ビルの隙間から、細く切り取られた空。
蛍光灯の白が、やけに平坦だ。
「んー、映えない〜。ここで自撮りするメンタルが一番ミステリーなんだけど…サク、ここで撮るか?普通?」
「いやいや、先輩、疑問点はそこじゃないです」
佐久間がため息をつき、監視カメラの映像を表示する。
少女がスマホを構え、ポーズを取る。
次の瞬間、フレームがざらつき、ノイズが走る。
復帰したときには、もう彼女は地面に崩れ落ちていた。
「またか〜。ねえサク、これさ、マジで呪いとかじゃないよね?」
「科学者の霊がギャルの自撮り荒らすとか、嫌すぎます」
軽口の奥で、ミオの視線は鋭い。
ミオは証拠品のスマホを受け取り、問題の写真を開いた。
ジャージ姿の少女。その上に貼りついた、舌を突き出した老人の顔。
白黒がかっていて、古いフィルムのようなざらつきがある。
「でもさ、これってさ…よぉぉぉく見ると…」
ミオは画面を拡大し、瞳に指を滑らせた。
「アインシュタインじゃなくない?ない?ない?」
「え?でも、舌も出してるし、あの有名な、、」
「違う違う!チャウチャウ!」
ミオは首を振る。ほんの一瞬、視線が止まった。
「……ていうかこれ、“誰でもない顔”に寄せてる気がするんだよね〜」
佐久間が黙る。
「ほら、見てみ。眉の角度もシワも微妙に違う。これ、“一枚の写真のコピー”じゃなくて、“特徴の平均値”だよ。後から合成してる」
タブレットに複数の画像が並ぶ。
似ているのに、どれも決定的に違う顔。
「つまり、誰かがリアルタイムで“顔フィルター”をかけている?」
「そう。しかも設計思想が、完全に理系おじさん界隈」
ミオは空を見上げた。ビルの上に突き出したアンテナ群。
「この街、こないだ量子同期ネットワークとか導入したでしょ。“都市OS”ってやつ」
「はい。監視カメラや交通制御を一括管理する基盤ですね」
「その中に、顔認識のテストデータくらい入ってるでしょ」
佐久間がネットワーク図を展開する。
「零時。負荷が下がる時間に自動メンテが走る。そのとき、試験用の顔変換モジュールが一般回線にリークしてるんじゃない?」
「……雑な管理のせいで?」
「そう。“天才の呪い”とかじゃなくて、“街の頭脳のデバッグ不足”ってやつぅ?」
ミオは靴先でゴミ袋を軽くつつく。
「やだ〜、この考え方、超現代っぽくない?」
「まぁ、その考え方は置いといて。でも、被害者の“時間感覚の異常”は?」
「おいっ!置いたなら持って帰れよっ!」
佐久間の問いに、ミオは口を尖らせ、スマホを軽く振る。
「深夜に、自分じゃない顔を見せられるでしょ?人間の“自己認識の時計”がバグるの」
「自己認識の時計……?」
「そうそう♪自分が自分だって感じるリズム。顔はその中心だから。そこひっくり返されると、“今がいつか”分かんなくなる」
佐久間は小さく頷いた。
「被害者、こう言ってました。“朝までの記憶が、一枚の写真みたいに平らだった”って」
その言葉が、妙に重く落ちる。
ミオは指を立てた。
「はい出ました、星野巡査の超雑まとめ〜。“呪い”じゃなくて“バグ”ね」
そのとき、路地の先でフラッシュが光った。
高校生たちが騒いでいる。
「零時に撮るとヤバいんでしょ?やってみよーぜ!」
ミオはため息をつく。
「ほら、拡散第一波〜。サク、都市OSに至急修正依頼。あと広報に“自撮りは日付変わる前まで”って注意出させといて」
「星野先輩は屁理屈なのに、ちゃんと仕事になるのが腹立ちますね」
「屁理屈って言うな!腹立つな!感謝しろ!
ねぇ、サク。都市伝説ってのはさ、九割現実で説明して、最後の一割だけ“もしかして”を残すのがちょうどいいの」
ミオはスマホを取り出した。
「で、その一割のために、ミオ先輩も一枚撮っておくぅぅ☆」
深夜零時ちょうど。
フラッシュが路地を白く裂く。
画面に映ったのは、金髪にピンクネイルのギャル警察官。舌を思いきり突き出して、笑っている。
「あははっ!ほらね。舌ぐらい、自分の意思で出そ」
保存された一枚。
もし、この街のどこかで、本当に“この世の終わり”を見た誰かがいるとして、そのとき笑っていられるのは、案外こういう人間かもしれない。
ただ、、
その写真の右端に、ほんのわずかに、ミオではない“もう一つの舌”が写り込んでいることに。
まだ、誰も気づいていない。
続
暇で少し思いついた話しです。短編よりは長いかなぁ〜って感じなのでゆるっと読んでやってください。




