ご褒美婚40
これが夜会……。
クラリスは夜会場を見回す。
とんでもない大広間にとんでもない人数。
とんでもなくキラキラにとんでもなくカラフル。
クラリスは思った。
これの何がおもしろいのか? と。
これになんの意味があるの? と。
全くもって、クラリスには夜会なるものが理解できなかった。
だがまあ、今回の夜会はトルド王子お披露目会。
主旨の元を横目で確認する。
王妃は華やかな装いだ。
晴れ舞台よろしくってな具合の深紅のドレスに眩い銀刺繍。
主役のトルド王子は艶やかな赤に金刺繍。
もう、これぞ王族ってもんよ、を体現した出で立ちだ。
隣のアレクは、深い翡翠色を基調とした国王然とした重厚な衣装。
アレクの背後には、黒を基調とした隊服を着用した近衛。アクセントカラーが翡翠色。
王妃の方の近衛は、赤のアクセントカラー。
リャンでは、そういう仕様なのだと理解する。
『あっ』
一瞬、アレクと目が合ったクラリスはスッと視線を戻す。
ほぼ毎日訪問アレクで見飽きていたが、今日のアレクはやはり見慣れていない。
そういえば、アレクって国王だったな、とクラリスは改めて実感した。
さてさて、そこでやっとクラリスとアルトの前に人が来た。
「アルト王子」
「……おじ、ガラク侯」
アルトの体が強ばった。
おじい様、きっとそう呼んでいたのだろう、トルド王子が生まれる前は。
「ええ、わきまえていらっしゃる。流石です」
おじい様でなくガラク侯と呼んだことをさしているのだ。
「健やかでいらっしゃいますか?」
「はい」
アルトの声は固い。
だが、しっかりとガラク侯爵を見据えている。
少し前までは、縋るように怯えたように周囲を見ていたアルト王子の変わりように、ガラク侯爵は密かに警戒する。
成長の様をみたのだ。アルト王子に素質をみた……片りんを。なんの片りんか、跡目の。
「……ブルグの強靭さを学び、ご成長されたようですな」
嫌みである。
敵国ブルグの王女から……傲慢な強靭さを学び、ふてぶてしくなったようだ、と。
『もう、横柄なブルグに染まっちゃったのね』
『嫌だわ、敵国王女に倣っちゃって』
『習ったのよ』
またもヒソヒソと囁かれる。
ガラク侯爵はアルト王子の成長を、見事悪いように周囲を先導したようだ。
「はい! 母上様のおかげです」
アルトは周囲の変な顔にも怯えることなく、返答した。
「……よろしいことで」
ガラク侯爵は数度頷いて下がる。これ以上アルト王子の芯の強さを、周囲に認知されないためだろう。
クラリスには最後までは一瞥もくれなかった。
「ありがとう、アルト」
クラリスとアルトは額がくっつくような距離で話し出す。
『あれがガラク侯爵なのね』
『うん、そう。覚えた?』
『ええ。でも覚える必要はないけれどね』
『父上が成敗するから?』
『フフフ』
『エヘヘ』
クラリスとアルトはとても親しげに見えたことだろう。仲良し親子のそれに。
その様子を、貴族らが視界の隅で捉えていた。
王妃でさえも。
『アルト……簡単に寝返るのね。私の方が五年も可愛がって育てたというのに』
王妃に少しばかり残っていたアルトに対する母性だろうか。いや、側室に対する嫉妬なのか。
もしくは、ガラク侯爵と同じでアルトに成長の兆しを感じた焦りかもしれない。
そのアルトの元にまた人が訪れる。
「こんばんは、アルト王子……と側室様」
クラリスはアルトを見る。
アルトは首を傾げた。
誰なのかわからないのだ。
「ダッタン家当主代理としてご挨拶致します」
その青年は家名を名乗った。
そこで、クラリスもアルトもわかった。
「ゾレス先生の」
「はい。ゾレスは私の大叔父です」
ゾレスの生家の者が挨拶に来たのだ。
「一応ね、挨拶だけはしとかないとってことでさ。当主が放蕩息子の私を指名しましてね」
青年は道端での会話の如く紡ぐ。
王子に対する言葉遣いではない。周囲には軽んじているように聞こえていることだろう。
「アルト王子とは、そう……五年前のお披露目会以来です。いやあ、あの赤子がこんなふうに成長しましたか」
「どんなふう?」
クラリスは流れで訊いてみた。
「そりゃあ……」
青年は周囲を気にして、左右に目を動かしてから口を開く。
「側室様の傍らで自身を確立させた……先見の明と言うべき聡明さ、でしょうかねえ」
この青年、なかなかにやるなあ、とクラリスは思った。
周囲にはクラリスとアルトを牽制するように、先々も側室の傍を離れるなよ、と聞こえるようにしたわけだ。
その裏、逆転的言葉選びでもある。
未だ発表されていない跡目が、下馬評を覆しアルトになったときでも、有効な言葉選びをしているからだ。
「私は、ジャイロ・ダッタンと申します。ダッタン家放蕩三男坊ですよ。ゾレス大叔父と一緒の自由の身三男坊。久しぶりに母国に帰国しましたら、いきなり当主代理でして。あ、そうそう、アルト王子用に、こちらを大叔父ゾレスに頼まれてたんだ」
ジャイロが小脇に抱えていた本を、背後のレオに向けて差し出す。
「冷宮には誰も入れないようで、この場を借りて渡そうかなあ、と」
レオがジャイロから本を受け取り、検分する。
「……問題ございません」
レオがアルトに手渡した。
「それでは。これで、ダッタン家の義理は果たしたということで」
周囲へのアピールも忘れずに、ジャイロが下がる。
ジャイロが人集りに消えてから、アルトが本を開いた。
「母上様」
アルトが本を開いた状態でクラリスを呼んだ。
開いたページには栞が挟まっている。
菫が手書きされた栞だ。
クラリスとアルトへのアピールも忘れないジャイロに、またも仲良し親子のように額を近づけて二人は笑った。




