ご褒美婚41
さて、挨拶の列もたいぶ落ち着いてきた頃、大広間後方にざわめきが起き、それが前方へと波紋のように打ち寄せてくる。
波紋は前方にいくにつれ中央が割れる。
その中央を悠然と歩いてくる人物に、クラリスは見覚えがあった。
『ねえ、あれってバーレイ辺境伯よね』
『まあ! わざわざ辺境からお出ましって……』
『何を口になさるのかしら?』
その声を聞き、クラリスは『マジっすか……』と内心で思った。たぶん、背後のレオも同じく思っていよう。
盛り場でよく会った客だった。
たまたま旅路が一緒で、結構なチップを弾んでくれた上客。
それがまさかのバーレイ辺境伯だったとは。
クラリスは冷や汗ものである。
『我が姫、大丈夫です。我々は変装していましたし』
レオが耳元で超絶小声で伝えた。
クラリスは引きつり笑いを貼り付け、瞬き一つ返した。
そのバーレイ辺境伯を目で追う。
アレクと王妃の前までやって来て、片膝をついた。
「辺境領より馳せ参じました」
皆が固唾をのんで見守っている。
それはそうだろう。亡き娘の忘れ形見が王妃により跡目として育てられていたから、溜飲を下げていたわけで。
もし、嫡長子が跡目だと宣誓されようものなら、誰よりも腹を立てるのが、バーレイ辺境伯となる。
つまり、バーレイ辺境伯が嫌味一つでも言ってやろうと、わざわざやって来たと皆が思っているからだ。
「よく来たな、バーレイ伯」
「はっ」
バーレイ辺境伯が立ち上がった。
辺境を守る猛者らしく、大柄な人物である。威圧感は半端ない。
「辺境報告として、こちらを提出致します」
バーレイ辺境伯が懐から書類を出して、アレクの側役ロイに視線を向けた。
「お待ちを」
ガラク侯爵が声を上げる。
「トルド王子のお披露目会でありますぞ。失礼ではありませんか」
ごもっともな意見である。
お披露目会のお披露目の主役に目もくれず、辺境の報告を夜会という場でしようとしているのだから。
だが、バーレイ辺境伯はガラク侯爵に一瞥もくれない。ただ、アレクを見ているのみ。
「ガラク侯、問題ない。私がバーレイ伯に頼んだことだ」
「そ、そう、でしたか」
ガラク侯爵が一瞬王妃の方を見る。
王妃は困惑げに瞳を揺らす。
「あなた、どういうことですの?」
王妃がアレクを窺う。
「リャンの未来を平穏なものにするため、バーレイ伯に調査書を自身で提出するように命令をしたのだ」
「調査書?」
王妃は眉を寄せる。
「ロイ、調査書を」
ロイがアレクの指示で、バーレイ辺境伯から調査書を受け取る。
それをアレクに渡し、ロイはバーレイ辺境伯をアルトの方へと促した。
お披露目会場は、今から何が起こるのかと興味津々である。
バーレイ辺境伯がクラリスとアルトの前に来た。
「私が本当のじいじだ」
バーレイ辺境伯がアルトに言った。
アルトがパアッと笑みを咲かせる。
「じ、ぃじ?」
「はい、そうですぞ」
バーレイ辺境伯が手を広げ、クラリスの方に目配せでお伺いを立てた。
クラリスは小さく頷き、アルトの背を軽く押す。
「ほら、じいじが待っているわ」
「じいじ!」
アルトがバーレイ辺境伯の腕の中に飛びつく。
バーレイ辺境伯はアルトを軽々と抱き上げた。
「あらまあ、あのように仲良しなら、アルトを辺境領に行かせてもよろしいのでは?」
王妃が笑みを浮かべながら、冷めた瞳で皮肉げに言った。
アレクはそれには答えず、何度も読んだ調査書に再度目を通した。
それから、大広間を見回し立ち上がる。
「……跡目を発表する!」
アレクがそのまま、トルドを乳母車から抱き上げる。
この一連の流れは、一見するとトルド王子を跡目とするように見えたことだろう。
アルト王子をバーレイ辺境伯が引き取り、トルド王子をアレクが抱き上げている図式に見えるのだから。
バーレイ辺境伯がアルト王子を引き取るための辺境調査書だった、と周囲に誤解を生ませた。
「リャンの平穏な未来を担うのは、アルトだ!」




