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聖騎士 ライアス・エンフィレル

 兵士たちの身体を包んでいた光が、ゆっくりと馴染んでいく。


 グンソウは満足そうに腕を組んだ。


「よし!」


 その前へ。


 ライアスが一歩進み出る。


「グンソウ様」


「なんだ、パラディン!」


「私にも、先ほどの加護をお願いできますか」


「ばーか」


「……はい?」


 あまりにも即答だった。


 グンソウは太い指を伸ばす。


 その先にあるのは。


 ライアスが握る聖剣《ディグニティ》。


「お前にはもう、そいつがあるじゃねえか。パラディン」


「……」


 ライアスは聖剣へ目を落とした。


 三神の紋章が。


 今も淡く輝いている。


「そうでしたね」


 ふっと笑う。


 そして。


 《ディグニティ》を握り直した。


「では――」


 西門の方角を見る。


「私も単騎で加勢します!」


「待ってくれぇ!」


「……?」


 勢いよく振り返ったところへ。


 ロイドが駆け寄ってきた。


「パラディン!」


「ロイド師?」


「わしも連れて行ってくれ!」


「それはできません」


「なぜじゃ!」


「宮廷魔導士長を、私の判断だけで危険地帯へ連れていけるわけがないでしょう」


「ロイじゃろう、ラース!」


「……ラース?」


 ライアスが怪訝な顔をする。


「あの……愛称ですか?」


「そうじゃ!」


「いつ決まったんです?」


「今じゃ!」


「却下します」


「なんでじゃあ!」


 ロイドが本気で悔しがる。


「頼む!」


 両手を合わせた。


「魔王討伐の夢を叶えさせてくれ!」


「今から討伐するのは魔王ではありません!」


「似たようなもんじゃろう!」


「全然違います!」


「シノぉー!」


「えっ?」


 突然呼ばれ。


 シノが目を丸くする。


「何とか言ってくれ!」


「ええと……」


 シノは困ったように二人を見る。


 そして。


「私、行きます」


 アイザックの表情が変わった。


「シノ」


「ライアスさんは、私の護衛です」


「……」


「それに」


 シノは少しだけ胸を張った。


「国王陛下からのお墨付きです」


「……其方は」


 アイザックが額へ手を当てる。


「こういう時だけ、余を国王扱いするのだな」


「だって、本当だもん」


「……」


 大きなため息。


 止めたい。


 導師としては。


 このままシノを王宮へ連れ帰りたい。


 王としても。


 危険な場所へ送り出したくなどない。


 だが。


 目の前には。


 シノの歌に応えて現れた軍神がいる。


 その隣には。


 シノを守ることを三神へ誓ったパラディンがいる。


 そして。


 王都の向こうには。


 シノが助けたいと願う友がいる。


「……ふぅ」


 アイザックは目を閉じた。


「これも」


 そして。


 ゆっくりと目を開く。


「三神の導きか……」


「アイク先生」


「行きなさい、シノ」


 シノの目が大きくなる。


「……いいの?」


「ただし」


 アイザックは真っ直ぐ弟子を見る。


「必ず帰ってこい」


「うん」


「帰ってきたら」


 僅かに笑う。


「また一緒に神殿へ祈りに行こう」


 シノが瞬きをする。


 アイザックは。


 以前、シノ自身が口にした言葉を借りるように。


「極め中であろう。祈り」


「……!」


 シノが笑った。


「うん!」


 そして。


 元気よく。


「行ってきます、アイク先生!」


 一歩走り出し。


 振り返る。


「エルンを連れて、帰ってきます!」


「ああ」


 アイザックが頷いた。


「行ってこい」


 そのやり取りを見ていたロイドが。


 ぶるぶると震え始めた。


「……伝説じゃ」


「え?」


「パラディン」


 ライアスを指す。


「魔法使い」


 今度は自分を指す。


 そして。


 シノを指した。


「そして召喚士!」


「……」


 ロイドが拳を握り締める。


「伝説のパーティではないか!」


「……」


「滾りおる!!」


「いや」


 シノが手を上げる。


「私、召喚士じゃないです」


「何を言っとる」


 ロイドがグンソウを指差した。


「既に召喚したじゃろ」


「……あ」


「では行くぞ!」


「あらあら」


 その時。


 背後から、穏やかな声がした。


「パラディンを送り出す言葉もないなんて」


 ライアスが振り返る。


「……!」


「可哀想ね」


「院長先生!」


 マルナが。


 神殿の階段をゆっくりと下りてくる。


「まったく」


 困ったように笑う。


「こんな時くらい、誰か送り出してあげなきゃ駄目でしょう」


「マルナさん、私は――」


「分かったわ」


 マルナが胸に三本の線を引く。


 そして。


 ライアスを見る。


「ナディアの代わりに」


 一瞬。


 その名前に。


 ライアスの表情が止まった。


「私が送り出しましょう」


 マルナは。


 いつもの穏やかな院長とは少し違う。


 どこか。


 あの口の悪い女を思わせる笑みを浮かべた。


 そして。


 大きく息を吸う。


「王都を救ってきな! バカ息子!」


「……!」


「誇り高きパラディン!」


 マルナの声が響く。


「ライアス・エンフィレル!」


「……」


 ライアスが俯いた。


 ほんの僅か。


 目元を拭う。


 そして。


 聖剣《ディグニティ》を胸元へ掲げた。


「ああ」


 声は。


 もう震えていない。


「母の名に誓って――必ず」


「行ってらっしゃい」


「はい!」


 ロイドが満足そうに頷く。


「よし!」


 杖を掲げた。


「《フライング》!」


「わっ!?」


 三人の身体が。


 一斉に宙へ浮かんだ。


「なっ――」


 ライアスが目を見開く。


「第四階梯を無詠唱で!?」


「どうじゃ!」


「ロイド師、あなたは……!」


「ロイじゃ、ラース!」


「あの、やっぱりそれ私の愛称なんですか!?」


「そうじゃ!」


「今それどころじゃありません!」


 シノが思わず笑った。


「飛んでる……!」


「嬢ちゃん、笑ってる場合じゃねえぞ!」


「でもライアスさんも飛んでる!」


「俺は好きで飛んでるんじゃねえ!」


「伝説の旅立ちじゃ!」


「だから違いますって!」


 三人は。


 アイザックと。


 マルナと。


 神殿に集った者たちに見送られながら。


 王都の空へと舞い上がった。


     ◇


 ――轟音。


 石畳が弾け飛ぶ。


「右です!」


「はい!」


 エルンが横へ跳ぶ。


 直後。


 《黒禍狼》の前脚が。


 つい先ほどまでエルンが立っていた場所を叩き潰した。


「《エアリアル》!」


 ユリアンの風唱が炸裂する。


 巨体が僅かに揺らぐ。


「今です!」


「分かってます!」


 エルンの火唱が横腹へ直撃した。


 爆炎。


 だが。


 黒禍狼は倒れない。


 低く唸り。


 再び二人を睨む。


「……化け物ですね」


「ええ」


 ユリアンが呼吸を整える。


「ですが」


 周囲を確認する。


「こちらの誘導には乗っています」


 戦いながら。


 二人は少しずつ。


 黒禍狼の進路を変えていた。


 真っ直ぐ西門へ向かわせない。


 それでも。


 完全には止められない。


 黒禍狼は。


 血と戦いの匂いが強くなる方向へ。


 確実に進んでいる。


 西門。


 そこでは。


 今まさにエルドリア兵と王国兵がぶつかろうとしている。


「教授!」


「はい!」


「もうすぐ西門です!」


「分かっています!」


 ユリアンが黒禍狼の前へ出る。


「次で大きく進路を変えます!」


「どうします!?」


「エルン君!」


 ユリアンが叫ぶ。


「右へ跳んで、雷唱を!」


「教授は!?」


「私が引き付けます!」


 一瞬。


 エルンがユリアンを見る。


 迷いは。


 もうなかった。


「分かりました!」


 右へ走る。


「できるだけ西門ぎりぎりまで近づけてください!」


「分かりました!」


 ユリアンが前へ出る。


 黒禍狼が追う。


 その巨体を。


 巧みに引きつける。


「こっちです!」


 黒禍狼の爪が振り下ろされる。


 ユリアンがかわす。


 次。


 牙。


 それも。


 紙一重で避ける。


 エルンは距離を取った。


 息を吸う。


 雷唱。


 譜式を展開する。


 魔力を流す。


 光が。


 エルンの周囲へ集まっていく。


(もう少し――)


 黒禍狼の位置。


 西門までの距離。


 角度。


 ここで雷唱を叩き込めば。


 進路を。


 大きく逸らせる。


 ユリアンがさらに引きつける。


(あと少しだ!)


 魔力が満ちる。


 雷唱が。


 完成する。


 その瞬間だった。


「……え?」


 エルンの目が。


 僅かに見開かれる。


 ユリアンが。


 いない。


 ついさっきまで。


 黒禍狼の正面で。


 囮になっていたはずの男が。


 なぜか。


 自分の。


 背後に。


「教授……?」


 振り返ろうとした。


 その瞬間。


 ――グサッ。


「……っ」


 何かが。


 身体を貫いた。


 息が。


 止まる。


「……え」


 ゆっくり。


 視線を下げる。


 自分の脇腹から。


 黒い。


 巨大な爪が。


 突き出ていた。


「……」


 雷唱の譜式が。


 砕け散る。


 力が抜けた。


 血が。


 制服を赤く染めていく。


「なん……で……」


 エルンの身体が傾く。


 その背後。


 ユリアンは。


 何も言わなかった。


 ただ。


 エルンを見ていた。


 そして。


 その光景を。


 空から駆けつけた三人が見た。


「……!」


 ライアスの顔が凍る。


「ファルク!」


 ロイドが叫ぶ。


 そして。


 シノの目に。


 血に染まったエルンが映った。


「……エルン?」


 黒い爪。


 崩れ落ちる身体。


 赤く染まる石畳。


 一瞬。


 世界から。


 音が消えた。


 そして――。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――!!」


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