イエス、グンソウ!!
「眷属?」
次々と。
黒い獣が立ち上がる。
「《黒禍狼》は単独の災禍ではございません!」
ライラメスの声が震える。
「あれは黒禍狼の眷属――《ケルベロス》です!」
「ああ……」
また胸に三本線を引く。
「なんということに……」
ケルベロスたちが散り始める。
王都の通りへ。
人のいる場所へ。
西門へ。
「陛下!」
アウダイールが前へ出た。
「私は兵を率いて西門へ向かいます」
「エルドリア兵か」
「はい」
「まずは、あちらを抑えるつもりか」
「このまま王都へ雪崩れ込ませるわけにはまいりません」
アイザックが黒い獣たちを見る。
「しかし」
一体のケルベロスが、遠くで騎士へ飛びかかる。
「そこへ辿り着くまでに、あの獣どもを掻き分けることになるぞ」
「承知しております」
「……」
「覚悟はできております」
アウダイールの声に迷いはない。
だが。
その後ろ。
近衛兵の中に。
槍を握る手を震わせている若い兵士がいた。
逃げない。
それでも。
怖いのだ。
シノが、その手を見た。
「……怖い?」
「えっ」
兵士が慌てて姿勢を正す。
「だ、大丈夫です!」
震える手で槍を握り直す。
「自分は王国軍人ですから!」
「……」
それでも。
震えは止まらない。
シノは黒禍狼を見る。
三つ首のケルベロス。
遠くから聞こえてくる戦闘の音。
「うん」
小さく頷いた。
「怖いですよね」
「……え?」
「私も怖いです」
兵士が目を見開く。
「シノ殿……」
「すごく怖いよ」
でも。
この人は行くと言っている。
怖いのに。
逃げない。
民を守るために。
その時。
――キィン。
「……?」
ライアスが腰元を見る。
聖剣。
その三神紋が。
淡く光っていた。
「これは……」
ライアスの表情が変わる。
シノも気づいた。
「あ」
知っている。
この光を。
この人たちの覚悟に。
応える存在を。
「そうだ!」
シノが顔を上げた。
「シノ?」
アイザックが振り返る。
シノは、震えている兵士を見る。
そして。
笑った。
「私が応援します!」
「……応援?」
シノが一歩前へ出る。
息を吸う。
足を開く。
腰を落とす。
ライアスが目を見開いた。
「嬢ちゃん、それ……」
――ドン!
シノが足を踏み鳴らした。
神殿前に。
力強い音が響く。
もう一度。
――ドン!
胸を叩く。
足を踏む。
声を上げる。
聞き慣れぬ言葉。
だが。
その意味だけは。
不思議なほど伝わってくる。
恐れるな、ではない。
恐れても。
前へ出ろ。
仲間と立て。
誇りを持て。
戦う者を鼓舞する歌。
シノの声に合わせ。
自然マナが動く。
「……!」
ロイドが目を見開く。
「来るぞ……!」
《ディグニティ》の光が強くなる。
白銀。
赤。
黄金。
三神の紋章が一斉に輝く。
神殿前の地面へ。
巨大な譜式が広がった。
シノが最後の一声を放つ。
――轟音。
光が。
天へ突き上がった。
そして。
その中心から。
巨大な男が現れた。
鍛え抜かれた身体。
太い腕。
大地を踏みしめる両脚。
その姿を見た瞬間。
ライアスは《ディグニティ》を下ろし。
片膝をついた。
「グンソウ様。お久しぶりです」
「おお!」
大男が豪快に笑う。
「パラディン! その後も鍛錬は怠っておらんようだな!」
「はい」
一方。
ライラメスは。
全身を震わせていた。
「ぐ……軍神……」
そして。
胸に三本の線を引く。
「軍神様だ!」
「ほう!」
大男が腕を組む。
「なかなか博識!」
「は、はい!」
「しかーし!」
びしっ、と指がライラメスへ向いた。
全員がびくりとする。
「今の俺には名がある!」
「名……?」
大男は胸を張った。
「グンソウ!」
そして。
ライラメスを指差す。
「その人である!」
「は、はい!」
「違ぁぁぁぁう!!」
「ひっ!?」
怒声が神殿前に響き渡った。
「返事はすべて――イエス、グンソウだ!!」
「い、イエス、グンソウ!」
「声が小さぁぁぁい!!」
「イエス、グンソウ!!」
「よぉし!」
グンソウが満足げに頷いた。
そして。
ゆっくりと。
アウダイールと兵士たちを見渡す。
先ほどまで震えていた若い兵士。
傷つくことを覚悟して立つ者。
恐怖を抱えながら。
それでも。
民の前に立とうとする者たち。
グンソウの顔から笑みが消えた。
「貴様ら!」
兵士たちが姿勢を正す。
「力は、弱き者のために振るえ!」
一瞬。
反応が遅れる。
先ほど教えられた言葉を。
全員が思い出した。
「イエス、グンソウ!!」
「最後の一瞬まで、希望を持て!」
「イエス、グンソウ!!」
「己の剣と――己の生き様に誇りを持て!」
「イエス、グンソウ!!」
グンソウが大きく頷く。
「よし、上出来だ」
拳を握る。
腰を落とす。
そして。
真正面へ。
一気に拳を振り抜いた。
――ドンッ!!
「……!」
衝撃ではない。
光だった。
拳から放たれた光が、兵士たちを駆け抜ける。
一人。
また一人。
近衛たちの身体が淡く輝き始める。
「これは……!」
身体が軽い。
腕に力が入る。
視界が澄む。
呼吸が整う。
先ほどまで震えていた若い兵士が。
自分の手を見る。
震えは。
まだ僅かに残っている。
怖い。
それでも。
槍を握れる。
前へ出られる。
グンソウが。
西門を指差した。
「行ってこい!」
アウダイールが剣を抜く。
兵士たちが。
一斉に武器を構えた。
そして。
神殿前を揺らすほどの声で。
「イエス、グンソウ!!」




