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ロイドの後継者

 王都へ戻った頃には、すっかり日が傾いていた。


 野外実習に参加していた学生たちは、そのまま解散――とはならなかった。


 当然である。


 王都近郊の森が、一部とはいえ消し飛んだのだ。


 事情を聞かないわけにはいかない。


 学生たちは教師に連れられ、騎士団の詰め所へと案内された。


 その一室。


 机を挟んで向かいに座る騎士は、先ほどからずっと頭を抱えていた。


「で」


 低い声。


「お前ら、森で何やってたんだ?」


「野外実習です」


 エルンが答えた。


「野外実習で森が吹き飛ぶか!」


「そこは……僕も想定外でした」


「想定外で済ませるな!」


 机を叩く。


「こっちは『王都近郊で大規模な爆発あり』って報告を受けて飛んでいったんだぞ! 着いてみたら地面は抉れてるわ、木は消えてるわ!」


「ですから、それは――」


「やめんか」


 後ろから声が飛んだ。


 騎士が振り返る。


 とんがり帽子。


 白い髭。


 古びた法衣。


 杖を片手に、ロイドが立っていた。


「事情を聞くのは構わんが、学生相手に怒鳴り散らしてどうする」


「なんだ、爺さん」


 騎士が眉をひそめる。


「今は事情聴取中だ。関係ないなら――」


「おい」


 隣にいた騎士の顔色が変わった。


「なんだよ」


「お前……誰に口を聞いてるんだ?」


「は?」


 ロイドは面倒そうにため息をついた。


「まったく」


 法衣の胸元へ手を入れる。


 取り出した小さな証を、机の上へ置いた。


 王家の紋章。


 宮廷魔導士団。


 そして。


 その頂点を示す印。


「……」


 詰め所が静まり返った。


「ブ……」


 騎士の顔から血の気が引く。


「ブレイズ師……!」


 勢いよく立ち上がった。


「大変失礼いたしました!」


「うむ」


 ロイドが髭を撫でる。


「お前ら、減給じゃな」


「えっ」


「ロイド様」


 エルンが困ったように口を挟んだ。


「あまり騎士の方を責めないでください。仕事をしていただけですから」


「ふむ」


 ロイドがエルンを見る。


「功労者の意見は聞かんとな」


 騎士たちが、あからさまに安堵する。


「では、減給はなしじゃ」


「ありがとうございます!」


「その代わり」


 ロイドが杖を向ける。


「減給が怖かったら、《ハイマジックポーション》をくすねてこい!」


「それは駄目です!」


 エルンが即座に止めた。


「言葉の綾じゃ!」


「どんな綾ですか!」


「儂もファルクも魔力が空っぽなんじゃ! 正規に持ってこい!」


「最初からそう言ってください!」


 騎士は一瞬だけ迷ったあと。


「……申請してまいります」


「うむ。ファルクには二本じゃ」


「二本?」


 エルンが自分を指差した。


「そんなに要ります?」


「森を吹き飛ばした奴が何を言っとる」


「ロイド様も魔導を使ったでしょう」


「儂は森を守ろうとした側じゃ!」


 エルンが言葉に詰まる。


 反論できなかった。


 事情聴取は、その後もしばらく続いた。


 正体不明の黒い巨体。


 神獣を思わせる姿。


 強い悪意。


 そして、どこから現れたのかは誰にも分からないこと。


 学生たちは教師とともに、それぞれ知っている範囲で説明した。


 やがて。


「今日はもういい」


 騎士が疲れた顔で書類をまとめる。


「学園側にも改めて連絡する。学生は帰って構わん」


 エルンたちが席を立った。


「ご苦労じゃったな」


 ロイドも杖を手に取る。


 詰め所の扉を開け。


 一歩、外へ出た。


「ブレイズ師」


「ん?」


 すぐ横から声がした。


 ロイドが目だけを向ける。


 壁際に。


 一人の男が立っていた。


 いつからそこにいたのか。


 扉の向こうにいる騎士たちは、誰一人として気づいていない。


「王宮から召喚が」


「……陛下の影の者か」


「はい」


 ロイドが髭を撫でる。


「仕事が早いの」


「馬車は?」


「こちらに」


 男が視線を向けた先。


 少し離れた場所に、すでに王宮の馬車が停まっていた。


「……うむ」


 ロイドが頷く。


「早いの」


 そのまま馬車へ向かった。


     ◇


 王宮。


 執務室へ通されたロイドを待っていたのは、アイザック・キア・マニール王だった。


「来たか、ロイド」


「お呼びにより」


「座れ」


 ロイドが腰を下ろす。


 アイザックは机の上で手を組んだ。


「して」


 一言。


「何があった」


「うむ」


 それからロイドは、郊外の森で起きた一連の出来事を説明した。


 歌唱魔導科の野外実習中。


 突如として現れた、神獣《アルテマ》を思わせる黒い存在。


 だが、それは通常の神獣とは明らかに異なり、強い悪意を持っていたこと。


 王都方向へ進もうとするそれを。


 学生の一人。


 エルン・ファルクが撃退したこと。


 その際。


 第五階梯《エインフェリアルフレイム》の術式から、第八階梯の古代魔導《エクスプロージョン》級に達する出力が発生したこと。


 そして。


 周囲への被害を防ぐため、ロイド自身が《パーフェクトプロテクション》を無詠唱で展開したこと。


 説明は簡潔だった。


 森が吹き飛んだ件についてだけは。


 ほんの少し。


 ロイドの言葉が歯切れ悪くなった。


「……なるほどな」


 全てを聞いたアイザックが、ゆっくり息を吐いた。


「それは難儀であったな」


「まったくですわい」


「其方が言うか」


「儂は守った側ですぞ」


「森は?」


「……ファルクに聞いてくだされ」


 アイザックが僅かに笑った。


 だが。


 ロイドの表情が変わる。


「陛下」


「なんだ」


「ファルクを、飛び級で卒業させたい」


 アイザックの眉が動いた。


「ほう」


「そのまま、宮廷魔導士として任官させる」


「ずいぶん急だな」


「急ではありませぬ」


 ロイドは真っ直ぐ国王を見る。


「儂は今日、そのために野外実習へ出向きました」


「やはり、そういうことか」


「ええ」


 シノとともに王宮へ来た少年。


 王立魔導学園、歴代最高総合得点。


 ロイドは、その名前を聞いた時から興味を持っていた。


「で」


 アイザックが問う。


「其方の目には、ファルクはどう映った?」


 ロイドが髭を撫でる。


 一瞬。


 考えるように目を伏せ。


 そして。


「歴代最高総合得点?」


 小さく笑った。


「そんな枠など、遥かに超えております」


「……ほう」


「知識だけではありません」


 ロイドの声には、先ほどまでの軽さがない。


「判断が早い。状況を見て、必要な魔導を選べる。術式への理解も深い」


「うむ」


「第三階梯の譜詩を実戦で削り、それでも成立させた」


「それはまた……」


「しかも第五階梯を実戦投入し」


 ロイドが一度、息を吐く。


「出力だけなら、第八階梯相当まで押し上げた」


 アイザックが黙る。


「偶然ではないと?」


「一度の現象だけなら、そう考えたかもしれません」


「ならば?」


「儂は、ファルクが戦うところを最初から見ております」


 ロイドが言い切る。


「儂の後釜には――」


 一拍。


「確実に、ファルクがなり得ましょう」


 アイザックの目が僅かに細くなった。


「其方の?」


「はい」


「宮廷魔導士長の座を継がせると?」


「そのつもりで育てたい」


 迷いはなかった。


 だが。


「とはいえ」


 ロイドが声を落とした。


「これは、ご内密に」


「内密か」


「ええ」


 そして。


 静かに笑う。


「内密ではありますが――」


 その目には。


 確信しかなかった。


「確実に、そうなります」


 アイザックは、しばらく黙ってロイドを見ていた。


 やがて。


「よろしい」


「では――」


「ただし」


 ロイドが止まる。


「余から提案だ」


「伺いましょう」


「ファルクは、そのまま学園の課程を修めさせよ」


「……飛び級はさせぬ、と?」


「うむ」


 アイザックは静かに頷いた。


「其方の言葉は、余の胸に刻んでおく」


「……」


「ファルクが、それほどの魔導士であることもな」


 そして。


 僅かに表情を緩める。


「だが」


 言った。


「生き急ぐだけが、すべてではない」


 ロイドが黙って聞いている。


「それほどの魔導士であるなら、なおさらだ」


 学園で学ぶこと。


 友と過ごすこと。


 教師に叱られること。


 失敗すること。


「今しか得られぬ経験もある」


「……」


「学園で過ごす時間も、あの少年にとって無駄にはなるまい」


 ロイドは。


 しばらくアイザックを見ていた。


 やがて。


 深く頭を下げる。


「国王陛下の深き思慮に、感服いたしました」


「珍しく素直だな」


「儂とて、陛下が正しい時くらいは認めますぞ」


「一言多い」


 ロイドが笑った。


 そして。


 改めて頭を下げる。


「御意に」


「うむ」


 そこで。


 アイザックの表情が変わった。


 先ほどまでの。


 一人の少年の未来を案じる顔ではない。


 国王の顔。


「して――」


 静かな声。


「遂に、王都近郊に大厄災が現れたか」


 ロイドも姿勢を正した。


「開国祭も近い」



「我が弟子の誘拐事件もある」


 シノを狙った者たち。


 捕らえられた者は全員、口を割ることなく命を絶った。


 そして今。


 王都近郊に現れた。


 正体不明の、神獣に酷似した存在。


「今回の件と、無関係とは思わぬ方がよかろう」


「儂も同感にございます」


 アイザックが立ち上がった。


「誰か!」


 すぐに従者が入室する。


「はっ」


「アウダイールを呼べ!」


「直ちに」


「王都周辺の巡回を増やせ」


 声が鋭くなる。


「街道、城門、開国祭の準備区域。すべてだ」


「はっ!」


 一拍。


 アイザックは命じた。


「警戒を厳にせよ」


「御意!」


 従者が急ぎ部屋を出ていく。


 ロイドは。


 黙ってその背中を見送った。


 開国祭まで。


 残された日は。


 もう、それほど多くなかった。


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