君と出会うために
「ならば、滅ぼさねばな」
そして。
隣に立つ少年を見る。
「さて、ファルク」
「はい」
「どうする?」
エルンは黒い巨体を見据えた。
教師に任せることもできる。
宮廷魔導士長に任せてもいい。
逃げても。
誰も責めない。
だが。
怪物が進む先には。
王都がある。
「……本物の神獣なら」
「うむ?」
「僕なんかが相手にできるものじゃないでしょうね」
「ほう」
「ロイド師だって、命懸けになるかもしれない」
「言うのう」
エルンは杖を握り直す。
「でも」
黒い存在を見る。
「こいつは違う」
ロイドの口元が吊り上がった。
「合格じゃ、ファルク」
「……何がです?」
「実力を見せてみろ!」
エルンが呆れた顔でロイドを見る。
「死ねと仰るのが宮廷魔導士流ですか?」
「勝って戻れと言っておる!」
「無茶を言いますね」
それでも。
エルンは一歩前へ出た。
「ですが」
杖を構える。
「こいつを王都へ行かせるわけにはいきません」
「よし!」
ロイドが笑う。
「シノから聞いたぞ!」
「何をです?」
「歴代最高得点の歌唱魔導とやら、見せてもらおうかの!」
「総合得点です!」
「ん?」
「歌唱魔導だけじゃありません!」
エルンは怪物を睨んだまま叫んだ。
「座学も頑張りました!」
「今そこを訂正するか!?」
その瞬間。
黒い巨体が口を開いた。
「来るぞ!」
「分かってます!」
口腔の奥が赤く染まる。
次の瞬間。
炎が放たれた。
木々を焼きながら、灼熱が一直線に迫る。
エルンが息を吸う。
「さあ――」
歌声。
「さあ――」
あまりにも短い。
「消えろ――!」
冷気が炸裂した。
炎と正面からぶつかる。
轟音とともに、大量の白い蒸気が森を覆った。
「……」
ロイドが目を瞬く。
「小僧ぉッ!」
「はい!」
「今の」
「はい!」
「四節、端折りおったの!?」
「時間がなかったので!」
「第三階梯を!?」
「成立したでしょう!」
「見れば分かるわ!」
ロイドの顔が歪む。
「……ムカつくわ」
「なんでですか!?」
「儂が若い頃、あれを何度練習したと思っとる!」
「知りませんよ!」
蒸気を突き破り。
黒い巨体が飛び出してきた。
「まだ来ます!」
「分かっとる!」
エルンが後退しながら声を上げる。
「ロイド様!」
「なんじゃ!」
「……なんか僕のこと、試してません?」
「ふん!」
ロイドは鼻を鳴らした。
「どうだか!」
「なら――」
エルンが足を止める。
「十三秒、時間を稼いでください!」
「儂に命令するな!」
「できます?」
「……」
ロイドの眉がぴくりと動いた。
「しょうがないのう!」
杖を前へ。
「シノに褒められた、この渋くいい声――」
「今それ言います!?」
「聞かせたるわ!」
低く。
深い歌声が森へ響く。
「夢見よ――」
空気が沈んだ。
「混沌――」
黒い巨体の動きが鈍る。
「最果てまで――」
脚が止まる。
「眠れ――」
赤い瞳から力が抜けた。
巨体がぐらりと揺れる。
「今じゃ!」
「はい!」
エルンが大きく息を吸った。
「僕の――」
周囲のマナが集まり始める。
「とっておきです!」
歌う。
「燃えよ――」
ロイドの目が動いた。
「……ファルク?」
「死地から還りし――その業火――」
炎が生まれる。
赤。
橙。
さらに高温へ。
「待て」
ロイドの顔が変わった。
「白銀にまで――」
「馬鹿者!」
炎が白銀へ染まる。
「学生ごときがまだ早い!」
ロイドが叫ぶ。
「それは人類の最高到達点――第五階梯じゃ!」
「成り果てて――!」
譜詩が完成した。
白銀の炎が凝縮されていく。
黒い巨体へ向かって。
だが。
ロイドの表情が。
さらに変わった。
「……いや」
マナが止まらない。
まだ。
集まっている。
「なんじゃ……」
白銀の炎が膨れ上がる。
「なんじゃ、この魔力量は……!」
術式は間違いなく第五階梯。
それなのに。
現象の規模だけが。
あり得ない領域へ到達していく。
「嘘じゃろ……」
ロイドが息を呑んだ。
「この出力――」
一瞬。
古い文献の記述が脳裏をよぎる。
「第八階梯……!」
杖を握る。
「古代魔導級じゃ!」
ロイドが学生たちへ振り返った。
「全員、儂の後ろへ!」
「ブレイズ様!」
学生が一斉に駆け出す
「歌唱じゃ間に合わん!」
白銀の炎が放たれる。
黒い巨体へ直撃。
その瞬間。
ロイドが杖を振り抜いた。
「第五階梯――!」
巨大な結界が展開する。
「《パーフェクトプロテクション》!」
直後。
世界が白く染まった。
爆発。
森が吹き飛ぶ。
大木が根ごと空へ舞い。
地面が抉れ。
衝撃波が巨大な壁となって結界へ叩きつけられた。
「うわっ!」
「伏せろ!」
学生たちが頭を抱える。
結界が大きく震える。
だが。
割れない。
轟音。
爆風。
白光。
それら全てが過ぎ去るまで。
ロイドは杖を掲げ続けた。
やがて。
静寂が戻る。
白煙の向こう。
黒い巨体は。
もうどこにもいなかった。
「……ふう」
ロイドが息を吐く。
杖を肩へ担ぐ。
「無詠唱じゃったから、一段階ほど落ちたかの」
エルンが振り返る。
「……今のを無詠唱で?」
「誰のせいじゃ、小僧!」
「僕だって、あんな威力になるとは思ってません!」
「そこが一番問題なんじゃ!」
ロイドは怒鳴った。
だが。
その目は。
明らかに楽しそうだった。
「くぅ……!」
「ロイド様?」
「魔導談義に花を咲かせたいところじゃが!」
周囲を見る。
森は広範囲にわたって吹き飛んでいる。
「撤収じゃ!」
「え?」
「正体不明の化け物に、この爆発じゃ! 騎士団もじきに来る!」
杖を振る。
「全員、戻るぞい!」
「話は?」
「帰ってからじゃ!」
「ロイド様が実力見せろって言ったんでしょう!」
「ここまで見せろとは言っとらんわ!」
「無茶苦茶だな、この人……」
「聞こえとるぞ、ファルク!」
教師たちが学生を集め始める。
その中で。
ロイドだけは。
一度。
大きく抉れた森と。
エルンを見比べた。
そして。
何も言わずに、髭を撫でた。
◇
森から離れた街道。
数頭の馬が、土煙を上げて駆けていた。
後方で。
轟音が響いた。
「……っ!」
一人が振り返る。
森の向こうから。
巨大な煙が空へ立ち昇っていた。
「なんだ、あれは……!」
「さっきの化け物がいた方角だぞ!学園が実習してる場所だぞ」
「倒されたのか……まさか学生に?」
先頭を走る男は。
何も答えない。
ただ。
一度だけ。
遠ざかる森を振り返った。
白煙が。
空へ昇っている。
その口元に。
ほんの僅か。
笑みが浮かんだ。
「……君に出会うために、私は――」
男は前を向く。
馬はそのまま。
街道の彼方へ駆けていった。




