改造の魔道具
――王都の一角。
魔道具職人ミルズの工房。
金属を削る音と、魔石を研磨する乾いた音が、狭い室内に絶え間なく響いていた。
作業台の向こう。
油染みのついた作業着。
片目には、何枚もの小さなレンズを重ねた奇妙な器具。
ミルズは、持ち込まれた小型の魔道具を睨みながら、ぶっきらぼうに言った。
「で」
手の中で器具を裏返す。
「こいつに何を足したい」
「少々、特殊な測定をお願いしたいのです」
向かいに立つ男が答えた。
「術者が魔導を使用している最中、その術式とは別に残されている魔力を測りたい」
「それなら今でも測れる」
「総量ではありません」
「あ?」
ミルズの手が止まった。
「一階梯分です」
多重レンズの奥から、男を見る。
「……一階梯?」
「ええ」
「例えば第三階梯の術を使ってる奴が、その術を維持したまま、さらに一階梯分の魔力を残してるか。それを見たいってことか」
「概ね、その認識で構いません」
「概ね?」
「残っているだけでは足りません」
男は穏やかに続ける。
「その一階梯分が、どれほど正確に保持されているか。それも測定したい」
「……」
ミルズが黙った。
測定器を見る。
男を見る。
もう一度、測定器を見る。
「お前な」
「はい?」
「さらっと言ってるけど、元からこいつは相当な代物だぞ」
測定器を持ち上げる。
「術者の魔力量と使用量を、こんな小せえ筐体でリアルタイムに拾える測定器なんざ、王国内でもそう何台もねえ」
「そうなのですか」
「そうなのですか、じゃねえよ!」
ミルズが顔をしかめた。
「使ってる魔石だけでも馬鹿みてえに高いんだぞ。そこらの学園で生徒一人ずつに持たせるような代物じゃねえ」
「研究用として譲り受けたものでして」
「研究用ねえ」
鼻を鳴らす。
「便利な言葉だな」
再び測定器を見る。
「で、その高級品をさらに弄って」
指で筐体を叩く。
「使用中の術式へ流れてる魔力と、余ってる魔力を切り分ける」
「はい」
「その余剰が、一階梯分に達してるかを測る」
「はい」
「しかも瞬間的に届いたかじゃなく、安定して保持できてるかまで」
「可能でしょうか」
「その聞き方やめろ」
ミルズが露骨に嫌そうな顔をした。
「俺んとこ持ってきて、できませんって答え期待してんのか?」
「いえ。確認です」
「なら最初からそう言え」
椅子を引き寄せる。
次の瞬間には、もう測定器の外装を外し始めていた。
「面倒なのは、今動いてる譜式の消費分を正確に弾くところだな」
細い工具が魔導回路へ入る。
「階梯が上がれば、必要量も当然変わる」
「ええ」
「なら現在使ってる譜式を基準にして、自動で一段上を算出させりゃいい」
男の目が僅かに動いた。
「できますか?」
「だから!」
「失礼しました」
「ったく……」
文句を言いながら。
ミルズの目は、すでに完全な職人のものになっていた。
「今の演算回路じゃ足りねえな」
棚から小さな魔石を取り出す。
「補助用を一枚追加する」
「大きくなりますか?」
「ああ?」
ミルズが睨む。
「この大きさで完成してるもんを、俺がわざわざ不格好にすると思うか?」
「……失礼しました」
「本当にな」
測定器を作業台へ固定する。
「二日後に来い」
ミルズは、すでに測定器へ視線を戻していた。
男が一礼する。
そして。
帰り際になって、ようやく卓上の茶へ手を伸ばした。
とっくに湯気は消えている。
一口。
そのまま、残っていた茶を飲み干した。
空になった茶器を置き。
男は工房を後にする。
扉が閉まった。
「……ったく」
ミルズが鼻を鳴らす。
「茶ぐらい、冷める前に飲みやがれ」
返事はない。
ミルズは再び。
分解した測定器へ顔を近づけた。
◇
◇
――王宮。
宝物殿。
幾重もの認証を経て。
最後の重厚な扉が開かれた。
「グランツ公爵閣下。どうぞ」
「うむ」
グランツ公爵が中へ入る。
先を歩くのは、宝物殿の管理官。
その後方。
グランツを挟むように、二名の警備兵が付き従っていた。
当然だった。
ここは。
王国の歴史そのものが保管されている場所。
歴代王家へ献上された秘宝。
失われた古代魔道具。
国宝級の武具。
金で買えるものばかりではない。
「こちらでございます」
管理官が足を止めた。
その先。
幾重もの封印に守られた台座。
中央に収められているのは。
金色の魔石を中心に、幾つもの環状部品を組み合わせた古い魔道具だった。
「国宝」
管理官が告げる。
「現在も正常に稼働しております」
「測定範囲は?」
「王都中央部へ設置すれば、ほぼ全域を覆うことが可能です」
「個人まで判別できるか」
「そこまでの精度はございません」
管理官が答える。
「ですが、大規模な魔力反応であれば、発生地点、規模、移動方向まで把握できます」
「十分だ」
グランツが頷いた。
「開国祭には、例年以上の民が王都へ集まる」
「はい」
「各国からの来賓も多い」
「警備局からも、例年を上回る警戒態勢が必要との報告が出ております」
「人を増やすだけでは限界がある」
グランツは《イーグルアイ》を見つめた。
「大規模魔導が使われてからでは遅い」
「仰る通りでございます」
「開国祭期間中」
静かに言う。
「王都警備強化のため、《イーグルアイ》を借り受けたい」
「申請書はすでに確認しております」
管理官が一礼する。
「王宮警備局からも貸与に問題なしとの回答が出ております」
「そうか」
「ただし国宝指定品でございますので、通常の貸与品とは手順が異なります」
「承知している」
「では」
管理官が台座へ向き直る。
「これより封印を解除いたします」
そして。
「グランツ公爵閣下は、念のため少々お下がりください」
「分かった」
グランツは素直に数歩下がった。
警備兵も。
その動きに合わせる。
管理官が鍵を差し込む。
一つ。
二つ。
三つ。
物理錠。
魔力認証。
王家の紋章。
複数の封印が、順番に解かれていく。
「厳重なものだな」
「国宝でございますので」
「当然だ」
やがて。
最後の光が消えた。
「封印解除、完了いたしました」
だが。
まだ終わりではない。
専用の搬送箱が運び込まれる。
「慎重に」
「はっ」
二名の警備兵が、《イーグルアイ》を台座から外す。
管理官が状態を確認し。
専用箱へ収める。
封をする。
再び魔力認証。
「これより、搬出警護へ移行します」
管理官が言った。
「そちらの二名は、このまま《イーグルアイ》の警護へ」
「はっ!」
二人の警備兵が敬礼する。
「宝物殿内の代替警備は?」
「すでに手配しております」
ほどなく。
重い扉の向こうから。
新たな二名の警備兵が現れた。
「交代要員、到着いたしました」
「よし」
管理官が確認する。
「引き継ぎを」
「はっ」
短いやり取り。
配置。
担当区画。
警備符。
鍵の確認。
開国祭を目前に控えた王宮では。
人員の入れ替わり自体、珍しいことではない。
グランツは。
その様子を黙って見ていた。
「公爵閣下」
「うむ」
「《イーグルアイ》の搬出準備が整いました」
「では行こう」
「はい」
グランツは。
管理官。
そして《イーグルアイ》を警護する二名の兵とともに。
宝物殿を後にした。
重い扉が。
ゆっくり閉じる。
内部に残ったのは。
交代した二名の警備兵。
そして。
いつもと変わらぬように並ぶ。
王家の秘宝たち。
何一つ。
変わったことなどない。
そう見えた。




