↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
76/107

紅茶と警告

「うん」


 シノが背後へ回る。


 ライアスは何気ない様子で周囲を見渡した。


 そして。


「そちらの方」


 声が変わった。


「姿を見せていただけますか」


 返事はない。


「もう一度申し上げます。出てきてください」


 沈黙。


 次の瞬間。


 ライアスが駆けた。


「なっ――!」


 建物の陰に潜んでいた男の腕を取り、そのまま地面へ押さえ込む。


「申し訳ありませんが、所属と目的をお聞かせ願えますか」


「お待ちください、パラディン殿!」


 ライアスの目が細くなる。


「……なぜ、私がパラディンであることをご存じで?」


「陛下より命を受けております!」


「陛下?」


「はい。そして――」


 押さえ込まれた男が、僅かに息を吐いた。


「もしパラディン殿に捕縛された場合は、これをお渡しせよと仰せつかっております」


「……」


 男が懐から封書を取り出す。


 王家の封蝋。


「嬢ちゃん」


「なに?」


「アイク先生、俺に捕まるのまで想定してたみたいだぞ」


「すごいね」


「褒めていいのか、それ」


 封を切る。


 そこには、アイザックの筆跡。


『さすがパラディン殿』


「……」


 ライアスの眉が動いた。


『シノの護衛は、隠密ならば多くて損はない』


「……あの人」


『表立って護衛を増せば敵に露見する。だが、見えぬ護衛ならば話は別だ』


 そして。


『余からの護衛である。放してやってくれんか』


 ライアスが無言で手紙を閉じる。


「……承知いたしました」


 男を解放した。


「手荒な真似をして申し訳ありません」


「いえ」


 隠密兵が一礼する。


「陛下からも、捕縛された場合は抵抗せず事情を説明するよう命じられております」


「そこまで想定されていたのですね」


「はい」


 ライアスは少し遠い目をした。


 そしてシノへ振り向いた瞬間。


「……アイク先生、細けえな」


「ライアスさん、喋り方戻った」


「嬢ちゃんの前だからな」


 隠密兵が僅かに笑った。


「では、我々は引き続き任務へ戻ります」


「お願いいたします」


 兵士は頭を下げ。


 ほどなくして気配ごと消えた。


 ライアスが周囲を見る。


「……何人いるんだよ」


「いっぱい?」


「それが分からねえから隠密なんだって」


 二人はレスト邸へ入った。


 すると。


 その後ろから。


 一人の美しい男が、何食わぬ顔でついて入ってきた。


 ライアスが即座に振り返る。


「失礼ですが」


 男は止まらない。


「どちら様でしょうか」


 返事もない。


 真っ直ぐシノへ向かってくる。


「お待ちください」


 ライアスが腕を掴もうとする。


 ――すり抜けた。


「……!」


 もう一度。


 触れない。


「これは……」


 男がようやくライアスを見る。


「よい」


「何がでしょう」


「グンソウの使徒よ。気にするな」


「……使徒?」


 ライアスが眉を寄せた。


 その声を聞いたシノが、男をじっと見る。


「……あれ?」


 一歩。


 近づく。


「その声……」


 目を見開いた。


「リンちゃん!?」


「うむ」


「やっぱり!」


 シノが嬉しそうに駆け寄る。


 ライアスが固まる。


「嬢ちゃん、この方を知ってるのか?」


「うん。リンちゃんだよ」


「リンちゃん?」


「神獣の《麒麟》だよ」


「……」


 ライアスの顔から表情が消えた。


「神獣……」


「うん」


 次の瞬間。


「ははーっ!」


 片膝をついた。


「えっ」


 シノが驚く。


 ライアスは胸に三本の線を引き、深く頭を垂れた。


「この度、《アルテマ》の神獣グンソウ様より聖騎士《パラディン》を拝命いたしました」


 声も姿勢も。


 完全に神官としてのものだった。


「ライアス・エンフィレルでございます」


「ほう」


「三神の御使いにお目通り叶いましたこと、光栄に存じます。リンちゃん様」


「よい」


 リンちゃんが僅かに笑う。


「グンソウの使徒よ。そう畏まる必要はない」


「恐れながら、私はパラディンでございます」


「似たようなものだ」


「……さようでございますか」


 シノが笑う。


「ライアスさん、すごく神官みたい」


「俺、一応神官でもあるんだよ!」


「あ、戻った」


「嬢ちゃんに話してんだからいいんだよ!」


 リンちゃんが二人を眺める。


「面白い男だな」


「ところでリンちゃん」


「なんだ」


「なんで人の姿になってるの?」


「マダムベルが人の姿を取っておったのでな」


「マダムベルが?」


「うむ」


「だから?」


「少し興味が湧いた」


 ライアスが思わず顔を上げる。


「そのような理由で、人の姿をお取りになるのですか」


「出来るのだから、試して何が悪い」


「ごもっともでございます」


「ライアスさん、忙しいね」


「神獣様相手なんだから仕方ねえだろ」


 リンちゃんは邸の中を見渡した。


「して、シノ」


「なに?」


「レストはおるか」


「レスト侯?」


「うむ。呼べ」


「何か用?」


 リンちゃんが少し考える。


「色のついた、香り高い湯を所望する」


「……湯?」


「マダムベルが飲んでおった」


 シノが「あ」と声を上げる。


「紅茶?」


「それだ」


「リンちゃん、紅茶飲みたいんだ」


「うむ。随分とうまそうであった」


 その時。


 玄関の扉が開いた。


「帰ったぞ」


「レスト侯!」


 シノが振り返る。


「おかえりなさーい!」


「ただいま、シノ殿」


 レストが邸内へ入る。


 そして。


 見知らぬ美しい男を見て足を止めた。


「……客人か?」


「レスト侯、この人ね――」


「リンちゃん様です」


 ライアスが言った。


「……」


 レストが美しい男を見る。


 もう一度。


 じっと見る。


「リンちゃん様……?」


「うん!」


 シノが嬉しそうに頷く。


「今日は人の姿な気分だって!」


「なるほど……」


 レストの目に理解が宿った。


 以前に見た。


 あの麒麟。


「リンちゃん様でしたか」


「うむ。ひさしいな」


「はい」


「紅茶とやらを所望する」


「承知しました」


 一拍も迷わない。


「ライナー」


「はい」


「紅茶を」


「ただいま」


 ほどなく。


 客間に紅茶が用意された。


 リンちゃんは興味深そうにカップを眺める。


 まず香りを嗅ぎ。


 一口。


「……ほう」


 もう一口。


 シノが期待するように顔を覗き込む。


「どう?」


 リンちゃんはしばらく紅茶を見つめ。


 静かに言った。


「これは……」


「うん」


「浄化するには惜しい水だ」


「褒めてる?」


 ライアスが小声で言う。


「たぶん、リンちゃん様からすれば相当褒めてるぞ」


 レストも僅かに笑った。


「光栄です、リンちゃん様」


「うむ」


 リンちゃんは満足そうにもう一口飲んだ。


 だが。


 しばらくすると。


 静かにカップを置いた。


「して、シノ」


「なに?」


「難儀であったな」


 その声で。


 空気が変わった。


 シノもすぐに理解する。


 襲撃のことだ。


「うん……」


「今、王都で」


 リンちゃんがゆっくりと言った。


「何かしらの悪意が動いておる」


 ライアスの表情が引き締まる。


 レストも黙って続きを待った。


「悪意?」


「うむ」


「わたしを狙ってる人たち?」


「それだけならば、まだ話は分かりやすい」


「……?」


 リンちゃんが目を細める。


「人々に向けられたものというより」


 一拍。


「我々の世界に対して向けられたものなのかもしれぬ」


「神獣に?」


「まだ分からぬ」


 即答だった。


「断ずるには早い」


 ライアスが姿勢を正す。


「リンちゃん様」


「なんだ」


「もし、その悪意が神獣の皆様へ向けられたものであるならば」


「我らの世界のことであれば」


 リンちゃんは静かに答える。


「我らで対処も出来よう」


「……」


「だが」


 リンちゃんの視線がシノへ戻った。


「それが、人間へ向けられた時は話が違う」


「人間に……?」


「うむ」


 紅茶の湯気が。


 静かに二人の間を昇っていく。


「ちと」


 リンちゃんの声が低くなる。


「犠牲が多すぎる」


 誰も言葉を発さなかった。


 ライアスは無意識に《ディグニティ》へ手を添える。


 レストも険しい表情のまま考え込んでいる。


 リンちゃんは真っ直ぐにシノを見つめた。


「留意せよ」


「……うん」


「シノ」


 その言葉だけが。


 静かな客間に残った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。