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聖騎士の条件

 その夜。


 中央神殿では、昼間とはまるで違う静けさが支配していた。


 参拝者の姿はすでになく、長い回廊には燭台の灯だけが揺れている。


 そんな時刻。


 中央神殿を預かるライラメス司祭の手元には、王都レスト邸から届けられた一通の報告書があった。


 ライラメスは、何度目か分からないほど同じ箇所を読み返していた。


 神獣種《アルテマ》。


 王国騎士ライアス・エンフィレル。


 聖剣《ディグニティ》。



「……間違いない」


 ライラメスは小さく呟いた。


 神殿に残る古い記録。


 二百年以上前を最後に、その名が途絶えた存在。


 記されている条件が、あまりにも一致している。


 だが。


 これは自分一人が認定してよい話ではない。


「陛下へ使いを」


 側仕えの神官が顔を上げる。


「この時刻からでございますか?」


「はい」


 ライラメスは迷わなかった。


「神前謁見をお願いしたいと」


「神前謁見……」


「名誉司祭マルナより、至急確認を願いたいとの申し出がございました」


 それだけで。


 ほどなくして返答が届いた。


 国王アイザック・キア・マニールより。


 ――ただちに向かう。





「マルナ殿から?」


 王宮で報告を受けたアイザックは、最初こそ僅かに眉を上げた。


 だが。


 次の瞬間には察した。


「……シノか」


「はい。シノ殿も深く関係しているとのことです」


「分かった」


 アイザックは立ち上がる。


「神前謁見を受けよう」


 もはや詳しい説明さえ求めなかった。


 そして。


 中央神殿、神前謁見の前室。


 扉が開いた。


「失礼します」


 入ってきたライアスの姿を見た瞬間。


「ライアス!」


「うおっ!」


 大柄な男が真正面から抱きついた。


「せ、戦士長!?」


 アウダイールだった。


「無事だったか!」


「ちょ、待って! 治ってるけど、さっきまで全身ボロボロだったんで!」


「報告を聞いた時は肝が冷えたぞ、この馬鹿者!」


「痛い痛い痛い!」


 アウダイールは構わず背中を叩く。


「十数人を相手に一人で戦ったと聞いた!」


「護衛なんだから仕方ないでしょうが!」


「それで死んでは何にもならん!」


「……それ、今日何回言われるんだろ」


 ようやく解放されたライアスが肩を回した。


 ハイポーションのおかげで傷はほぼ癒えている。


 つい数刻前まで死闘を繰り広げていた男とは思えないほど、身体は回復していた。


「ほら」


 アウダイールが包みを押しつける。


「何です?」


「王国軍騎士団の正装だ」


「……今から着るんです?」


「神前謁見にその格好で出る気か」


 ライアスは自分の服を見る。


 焦げ。


 裂け。


 血の跡。


「……ですよね」


「着替えろ」


「はいはい」


「返事は一回だ!」


「はい!」


 マルナも、普段とは違った。


 中央神殿から正式に用意された司祭服。


 名誉司祭となって初めて袖を通す衣だった。


「……私が、これを着ることになるとは」


 マルナが小さく呟く。


 そこへライラメスがやってくる。


「今宵は、ルミナリア孤児院長としてではなく」


 マルナを見る。


「中央神殿名誉司祭として、お立ちください」


「……はい」


 マルナは静かに頭を下げた。


 やがて。


 三神像の前。


 夜の中央神殿に、極めて限られた者だけが集められた。


 国王アイザック。


 中央神殿司祭ライラメス。


 戦士長アウダイール。


 レスト侯。


 名誉司祭マルナ。


 シノ。


 そして。


 王国騎士ライアス・エンフィレル。


 巨大な扉が閉じられる。


 静寂。


 ライアスは、聖剣《ディグニティ》を携えて中央へ進んだ。


「王国騎士ライアス・エンフィレル」


 アイザックが告げる。


「報告を」


「はっ」


 さすがに。


 ここでは完璧な騎士口調だった。


 ライアスは順を追って説明する。


 学園からの帰路。


 シノを狙った襲撃。


 異国訛りの男たち。


 多勢を相手に戦い、追い詰められたこと。


 そして。


 シノが異界の応援歌を歌った。


 大量のマナが流れ込んだ。


 人の姿をした神獣が顕現した。


「その神獣は、自らを《アルテマ》という種族だと説明しました」


 ライラメスの目が僅かに細くなる。


「三神より武の力を預かり、束ねる神獣種……」


「はい」


「個の名は?」


「ありませんでした」


 シノが小さく手を挙げる。


「だから、グンソウってつけました」


「……グンソウ」


 アイザックが一瞬だけシノを見る。


 何か言いたそうだったが。


 今は飲み込んだ。


 ライアスは続けた。


「その神獣に、身体のマナの使い方を教えられました。その力を借りて襲撃者を撃退。その後――」


 聖剣へ手を置く。


「こちらを授かりました」


「抜いていただけますか」


 ライラメスが言った。


「はっ」


 鞘から、聖剣《ディグニティ》が抜かれる。


 灯りを受け、淡く輝く刃。


 そして。


「……」


 ライラメスの呼吸が止まった。


「ライラメス?」


 アイザックが尋ねる。


「陛下」


 ライラメスは剣へ近づいた。


 鍔元。


 そこに刻まれているものを見る。


「こちらを」


 アイザックも目を向ける。


「……三神の紋章」


「はい」


 三本の意匠を組み合わせた、三神教の聖紋。


 神殿。


 祭具。


 神官服。


 それらに用いられる紋章。


 だが。


 武器だけは違う。


「三神の紋章を、武器に戴くことが許される者は」


 ライラメスが静かに言った。


「三神教において、一つしかございません」


 視線が。


 ライアスへ向く。


「聖騎士《パラディン》」


 アウダイールが息を呑んだ。


 レストも、無言で聖剣を見つめる。


 ライアスだけが。


 まるで昔のおとぎ話を聞いているような顔をしていた。


「本当に……あるんだな」


 ぽつりと呟く。


「して、エンフィレルよ」


 アイザックの声で、ライアスが顔を上げた。


「はっ」


「一つ、問題がある」


「問題?」


「《パラディン》は王国の騎士ではない」


「……はい?」


 思わず素の声が漏れた。


 アイザックは僅かに苦笑する。


「聖騎士とは、三神教に属する騎士だ。故に、パラディンとして立つのであれば、其方には王国軍を辞してもらわねばならぬ」


「……マジですか」


「ライアス」


 アウダイールの低い声。


「失礼しました!」


 アイザックはライラメスへ視線を移す。


「余も先ほど説明を受けたばかりだが、もう一つあったな」


「はい、陛下」


 ライラメスが一歩進み出た。


「古来、《パラディン》は神官の中から誕生すると定められております」



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