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聖剣ディグニティ

「神獣……」


 ライアスが呟く。


 そして。


 初めて本物の神獣を目の前にしていることに気づいたように、固まった。


「……マジかよ」


「なんだ?」


「いや……」


 ライアスは大男を上から下まで見る。


「神獣って、もっとこう……獣っぽいもんだと思ってた」


「昔はな」


 男が笑う。


「俺も元はキマイラみてえな姿だった」


「元は!?」


「長く生きてりゃ色々あんだよ」


「色々で人になるのか……」


「細けえこと気にすんな」


 男は再びシノへ向き直った。


「しかし俺、個の名前ってもんがねえんだ」


「名前ないの?」


「ああ」


 ニッと笑う。


「嬢ちゃん、気に入った。名前をくれ」


「私が?」


「おう、知ってるぜ、縁をもったあいつらにもつけてんだろ、もったいぶるな」


 シノは男を見る。


 さっきから。


 怒鳴る。


 指導する。


 また怒鳴る。


 さらに指導する。


「……鬼コーチみたい」


「おう!」


「じゃあ」


 少し考えて。


「≪軍曹≫グンソウ」


「……グンソウ?」


「うん。グンソウ!」


 男は一瞬黙った。


 そして。


「いいじゃねえか!」


 豪快に笑う。


「気に入った!」


「いいんだ……軍で言ったら将軍クラスだろ、ありゃ。降格してんだろ」


 ライアスが呆れた声を漏らした。


「よし!」


 男――グンソウは腕を組んだ。


「じゃあ次だ」


「まだなんかあんの?」


「ある」


 グンソウはライアスを見る。


「小僧」


「誰が小僧だ」


「ライアスだったか」


「そうだよ」


「早かったな」


「……何が?」


「本当なら」


 グンソウが少し考える。


「あと十年くらいだった」


「だから、何が?」


「お前がパラディンになるまでだよ」


「……は?」


 ライアスの顔から表情が消えた。


「今、なんて?」


「パラディン」


「……」


「耳までやられたか?」


「いやいやいや」


 ライアスが立ち上がりかけ、痛みに顔をしかめる。


「待て」


「なんだ」


「パラディンって……おとぎ話だろ?」


「アホか」


「アホ!?」


「いるよ。実際にな」


「いるの!?」


「ああ」


 グンソウは頭を掻いた。


「まあ、もう二百年くらい出てねえけどな」


「それ、ほぼおとぎ話じゃねえか!」


「うるせえな」


 ライアスは黙り込んだ。


 脳裏に。


 昔の声が蘇る。


 ――バカだねえ。


 ――あれは、おとぎ話だよ。


「……ナディア」


 小さく呟いた。


「本来なら」


 グンソウが続ける。


「お前はあと十年くらいかけて、そこまで辿り着くはずだった」


「俺が?」


「ああ」


「なんで早まったんだよ」


 グンソウはシノを見る。


「シノに会ったからじゃねえか?」


「シノに?」


「まあ、これも縁ってやつだ」


 肩をすくめる。


「早えに越したことはねえ」


「ちょっと待て」


 ライアスが首を振る。


「俺はまだ、そんな実力じゃ――」


「何言ってんだ」


 グンソウが顎をしゃくった。


「見てみろ」


「何を」


「そこ」


 地面に倒れている襲撃者たち。


「……」



「誰がやったんだろうなあ、こえーなぁ」


「いや、あんたの力借りただろ」


「力を渡したって、使えねえ奴は使えねえ」


 グンソウの表情が変わった。


 少しだけ。


 真面目になる。


「力があるからパラディンになるんじゃねえ」


「……」


「弱い奴の前に立てる奴が」


 ライアスの目が見開かれる。


「力を持った時」


 遠い昔。


 ナディアの声。


 ――本当に強い奴ってのはね、ライアス。


 ――弱い奴の前に立てる奴さ。


「そいつをパラディンって呼ぶんだよ」


 ライアスは何も言えなかった。


「ほら」


 グンソウが片手を伸ばした。


 その掌へ、光が集まる。


 細長く。


 形を作り。


 やがて。


 一振りの剣となった。


「……」


 ライアスが息を呑む。


 華美な装飾はない。


 だが。


 一目で分かる。


 ただの剣ではない。


 刃そのものが、淡い光を宿している。


「持ってけ」


「……何だ、これ」


「土産だ」


「土産で剣渡す奴、初めて見たぞ」


「細けえこと言うな」


 グンソウが剣を差し出す。


「聖剣《ディグニティ》」


「聖剣……?」


 ライアスが両手で受け取った。


 その瞬間。


 剣が淡く輝く。


「……!」


「立て」


「え?」


「いや」


 グンソウが言い直した。


「跪け」


 先ほどまでとは違う声だった。


 低く。


 重く。


 ふざけた響きが一切ない。


 ライアスは。


 なぜか逆らう気になれなかった。


 聖剣《ディグニティ》を手にしたまま。


 静かに片膝をつく。


 グンソウが、その前へ立った。


「誓え」


 その声が。


 路地の空気そのものを震わせる。


「パラディンに導かれし神官、ライアス・エンフィレル」


 ライアスが顔を上げた。


「いや、俺神官じゃ……」


「口を挟むでない、神託と誓いの刻である」


グンソウはもはや別人格のような口調になっていた。


ライアスが息をのむ


「一つ」


 グンソウが告げる。


「常に弱き者の力となれ」


「……」


「一つ」


 聖剣へ光が集まっていく。


「三神の教えに忠実であれ」


 ライアスは。


 ゆっくりと頷いた。


「誓う」


 その瞬間。


 光がライアスの身体を包んだ。


「以上を――」


 三神より武を預かる神獣。


 アルテマ種たるグンソウの声が。


 まるで世界そのものへ刻まれるように響いた。


「神託とする」


 光が弾ける。


 やがて。


 静かに消えていった。


 ライアスは、しばらく聖剣を見つめていた。


「……俺が」


 呟く。


「パラディン……」


「あと」


「ん?」


 グンソウが腕を組んだ。


「その悪い口を直せ」


「……は?」


「騎士様なんだから、もう少し上品に喋れ」


「それも神託か?」


「いや」


「じゃあいいだろ!」


「うるせえ、何なら神託に昇格させて天罰込みで託すぞ!まあ、シノの前では許す」


「基準なんなんだよ!」


「それ以外じゃ気をつけろ」


「だからなんでだよ!」


 グンソウはニヤリと笑った。


「さしずめ」


 聖剣を持つライアスを見る。


「お前が次のおとぎ話になるんだからな」


「……」


 ライアスが黙る。


 ナディア。


 古い本。


 何度も聞いたパラディンの物語。


 ――俺、パラディンになる。


 ――バカだねえ。あれはおとぎ話だよ。


「……なっちまったよ」


 ライアスが小さく笑った。


 空を見上げる。


「ナディア」


「さて」


 グンソウがシノへ向き直った。


「シノ」


「はい!」


「こいつ連れて、マルナに会え」


「院長先生に?」


「ああ」


 グンソウはライアスと、聖剣《ディグニティ》を交互に見る。


「そしたら忙しくなる」


「え?」


「何が?」


 シノとライアスの声が重なった。


 グンソウは答えない。


 ただ、楽しそうに笑った。


「行きゃ分かる」


 その身体が、淡い光へ変わり始める。


「あ」


 シノが手を伸ばした。


「グンソウ、帰っちゃうの?」


「ああ」


「また会える?」


 グンソウは親指を立てた。


「またな」


「うん!」


 シノも笑う。


「またね、グンソウ!」


「おう!」


 豪快な笑い声とともに。


 三神より武の力を預かる神獣《アルテマ》 シノから《グンソウ》という名をもらった男は。


 光の粒となって消えていった。


 あとには。


 傷だらけの騎士と。


 その手に握られた聖剣《ディグニティ》。


 そして。


 二百年ぶりに誕生した《パラディン》を見上げる、一人の少女だけが残された。


 ――その光景を。


 少し離れた建物の屋根から、じっと見つめている者がいた。


 全身を黒い装束で包んだ男。


 顔も深く隠され、その表情を窺うことはできない。


 男は、聖剣《ディグニティ》を手にしたライアスを見た。


 次に。


 神獣を呼び出した少女を見る。


「……素晴らしすぎる」


 小さな声だった。


 興奮しているようにも。


 歓喜しているようにも聞こえた。


 男は、ゆっくりと胸へ手を当てる。


 そのまま数秒。


 何かを確かめるように、シノを見つめ続けた。


 やがて。


「……」


 踵を返す。


 黒い外套が風に揺れ。


 男は誰にも気づかれることなく、屋根の向こうへと姿を消した。


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