応援歌
――現在。
「守るんだよ!」
ライアスの声が路地に響いた。
「守るために騎士になった!」
残った四人が、一斉に動いた。
大剣。
細剣。
二本の短剣。
そして、後方の魔導士。
「ライアスさん!」
「下がってろ!」
ライアスが地面を蹴った。
傷だらけの身体とは思えない速度だった。
大剣を受ける。
衝撃に腕が軋む。
「ぐっ……!」
受け流す。
その勢いのまま身体を沈め、横から迫った細剣をかわす。
返す一撃。
剣先が細身の男の肩を裂いた。
「ちっ!」
「一人!」
だが、追えない。
背後から短剣。
一本を弾く。
もう一本。
避けきれない。
「っ!」
刃が脇腹を掠めた。
浅い。
それでも、積み重なった傷が足を鈍らせる。
「ライアスさん!」
「まだ!」
ライアスが叫ぶ。
短剣使いの懐へ飛び込んだ。
柄頭を鳩尾へ叩き込む。
「がっ……!」
膝をついた男の顎を蹴り上げる。
二人目。
「あと三人!」
ライアスは笑った。
だが。
後方から、詠唱が聞こえた。
「またかよ……!」
魔導士の杖の先へ光が集まる。
逃げれば。
後ろにいるシノへ当たる。
「ったく……」
ライアスは剣を地面へ突き立てた。
「護衛ってのは、割に合わねえな!」
爆発。
光と熱が、再びライアスを飲み込んだ。
「ライアスさん!」
煙が晴れる。
ライアスは立っていた。
だが。
片膝をついていた。
「……っ、は」
息が続かない。
鎧は焦げ。
袖は裂け。
剣を握る手から、ぽたぽたと血が落ちている。
「ライアスさん!」
シノが駆け寄った。
「来んなって……言ったろ」
「もう無理だよ!」
「無理かどうかは、俺が決める」
立とうとする。
足が崩れる。
「ほら!」
シノが肩を支えた。
「……嬢ちゃん、意外と力あんな」
「今それ言う!?」
「こういう時こそ冗談だろ」
「バカ!」
「よく言われる」
だが。
ライアスの目は、路地の向こうを見ていた。
残り三人。
まだ来る。
「……こっちだ」
「え?」
「走れ」
ライアスはシノの手を掴んだ。
二人は路地を抜ける。
角を曲がり。
さらに細い道へ入る。
積み上げられた木箱。
使われていない荷車。
その陰へ、ライアスはシノを押し込んだ。
「ここにいろ」
「ライアスさんは?」
「俺は戻る」
「ダメ!」
シノが服を掴んだ。
「もう戦えないよ!」
「戦える」
「嘘!」
「……まあ」
ライアスは少し笑った。
「かなりキツい」
「だったら!」
「だから嬢ちゃんは逃げろ」
その声だけは。
妙に穏やかだった。
「俺が時間を稼ぐ」
「嫌」
「聞き分けろ」
「嫌!」
ライアスが困ったように頭を掻く。
「参ったな」
遠くで足音がした。
ゆっくり近づいてくる。
時間はない。
ライアスは壁へ背を預ける。
「……俺さ」
「え?」
「孤児だったんだよ」
突然の言葉に、シノが黙った。
「嬢ちゃんと同じ」
「ライアスさんも……?」
「ああ」
ライアスは小さく笑う。
「教会の孤児院育ち。口の悪いシスターがいてさ」
ほんの少しだけ。
懐かしそうな顔をした。
「そいつが、よく昔話を読んでくれたんだ」
「昔話?」
「パラディンっていう、馬鹿みたいに格好いい騎士の話」
ライアスは、自分の剣を見る。
「弱い奴の前に立って、絶対逃げねえんだと」
「……」
「ガキの俺は、そいつに憧れた」
笑う。
「で、馬鹿だから本当に騎士になった」
「馬鹿じゃないよ」
「馬鹿だよ」
ライアスはシノの頭へ手を乗せた。
「今からまた、一人で三人相手にしようとしてんだから」
「だったら行かないで!」
「行くよ」
「ライアスさん!」
「嬢ちゃん」
その声で。
シノは何も言えなくなった。
「俺が出たら、反対へ走れ」
「……」
「学園まで戻れ。誰でもいい。助けを呼べ」
「でも」
「大丈夫」
ライアスは笑った。
「最後くらい、かっこよくキメさせろよ」
「最後って言わないで!」
「ははっ」
足音が近づく。
剣を肩へ担ぐ。
「そうだ」
ふと思いついたように、シノを見る。
「嬢ちゃん、歌えるんだろ?」
「え?」
「歌……奇跡の歌とか言われてんだぜ」
「でも……」
ライアスは立ち上がった。
「それ聞きいてから死ねんなら、本望だよ」
「……!」
シノの胸が痛んだ。
死ぬ。
この人は、本当に。
自分を逃がすために死ぬつもりだ。
「……応援歌」
「ん?」
シノが顔を上げた。
癒しの歌じゃない。
傷を治すためでもない。
ライアスに今届けたい歌は――。
「そうだ……応援歌だ!」
「お、おう?」
その瞬間。
シノの頭の中に、遠い記憶が蘇った。
まだ、月森詩乃だった頃。
父が見せてくれた、異国の映像。
大勢の男たちが横一列に並び。
足を踏み鳴らし。
腿を叩き。
胸を張り。
恐ろしいほどの形相で、声をぶつけ合っていた。
『これはね、歌っていうより掛け声かな――ハカっていうんだ』
父の声まで蘇る。
『戦う人を奮い立たせたり、相手に自分たちの覚悟を示したりするんだよ』
あのときは。
少し怖くて。
でも。
ものすごく格好よかった。
「これだ!」
「何が!?」
シノは箱の陰から飛び出した。
「嬢ちゃん!?」
両足を大きく開く。
腰を落とした。
手を叩く。
腿を打つ。
そして。
大地を、強く踏み鳴らした。
ドン!
「……え?」
ライアスが固まる。
シノは大きく息を吸った。
思い出せ。
あの声。
あのリズム。
あの言葉――!
「Ka mate! Ka mate!」
「……は?」
さらに強く、地面を踏む。
「Ka ora! Ka ora!」
死ぬ。
死ぬ。
けれど――。
生きる。
生きる。
そんな意味だったと、父が教えてくれた。
死へ向かう歌じゃない。
生き抜くための声。
「Ka mate! Ka mate!」
シノは声を張り上げる。
「Ka ora! Ka ora!」
「ちょ、待て嬢ちゃん」
ライアスの顔が引きつった。
シノは止まらない。
腕を打つ。
胸を張る。
足を踏み鳴らす。
前へ。
上へ。
光の射す場所へ。
生きろ。
立て。
進め。
シノが覚えている意味は、そんなものだった。
「何だそれ!」
ライアスが叫ぶ。
「もはや歌じゃねえだろ!」
シノは構わず続ける。
「しかも何語だよ!」
分からない。
シノだって、言葉のすべてを知っているわけではない。
昔、父と一緒に見た映像を。
必死に思い出しているだけだ。
「おいおい……」
ライアスが思わず笑った。
「俺、意味も分からねえ言葉で送られて死ぬのかよ」
「死なない!」
シノが初めてマニール語で叫んだ。
「……!」
「これは、生きる歌だから!」
ライアスが目を見開く。
「だから!」
もう一度。
ドン、と。
シノは大地を踏み鳴らした。
「生きて帰ってきて!」
しばらく。
ライアスは何も言わなかった。
やがて。
「……そっか」
剣を握り直す。
口元に笑みが浮かんだ。
「俺のために、ありがとな」
敵の待つ路地へ向き直る。
「じゃあ――」
一歩。
「行くわ」
その瞬間。
――ドクン。
空気が震えた。
「……え?」
シノの動きが止まる。
風がない。
なのに。
周囲の空気が渦を巻き始めた。
石畳の隙間から。
建物の向こうから。
空から。
膨大なマナが流れ込んでくる。
「なんだ……?」
ライアスが振り返る。
シノを中心に。
光が集まっていた。
熱い。
荒々しい。
これまで現れたどの気配とも違う。
まるで。
戦場を踏み鳴らしながら。
何者かが、こちらへ歩いてくるような――。
そして。
どこからともなく。
低く、太い声が響いた。
「シャバいこと言ってんじゃねーぞ、小僧」




