守るための騎士
異国訛りの男が、シノを見据えた。
「その子を渡せ」
数秒。
静寂が落ちた。
ライアスは男の顔を見たあと、ゆっくりと周囲へ視線を巡らせる。
前に六人。
後ろに四人。
路地の両側には逃げ道を塞ぐように、さらに数人。
「……多いな」
ぽつりと呟いた。
シノが後ろから服を掴む。
「ライアスさん……」
「大丈夫」
振り返らない。
いつもの軽い声だった。
「嬢ちゃんは、そこから動くな」
「でも――」
「俺がいいって言うまで動くな。な?」
腰の剣を抜く。
鞘から滑り出した刃が、午後の光を弾いた。
男が眉を寄せる。
「命までは取らんと言った」
「ああ。聞いたよ」
ライアスは剣を肩へ乗せた。
「ずいぶん親切だな」
「ならば退け」
「それは無理」
即答だった。
「仕事なんでね」
男が片手を上げる。
次の瞬間。
三人が同時に飛び出した。
「――っ!」
シノには何が起きたのか分からなかった。
金属音が三度。
一人目の剣が宙を舞った。
二人目の男が地面を転がる。
三人目は、自分の剣を構えることさえできなかった。
ライアスの柄が顎へ入り、その場に崩れ落ちる。
「え……?」
シノが目を丸くした。
ライアスはすでに次の男へ向かっている。
斬る。
払う。
踏み込む。
シノが学園で見た魔導とは、まるで違った。
派手な光もない。
炎も出ない。
歌もない。
ただ、人が動いている。
それだけなのに――速い。
「囲め!」
男たちが叫ぶ。
「一人だ!」
「知ってるよ!」
ライアスが笑った。
一人の剣を受け、そのまま横へ流す。
体勢を崩した腹へ蹴り。
背後から振り下ろされた刃を、振り返りもせず剣で受けた。
甲高い音。
「遅え」
肘が男の顔面へ入る。
そのまま振り返り、一閃。
剣が落ちる。
男も落ちる。
「……強い」
シノの口から、思わず言葉が漏れた。
王国剣技大会、昨年度覇者。
その意味を、シノは初めて理解した。
騎士たちの大会で一番になった。
ただそれだけだと思っていた。
違う。
ライアスは。
本当に強い。
「ちっ!」
襲撃者の一人がシノへ向きを変えた。
ライアスの目が変わる。
「そっちは行くなって!」
一気に距離を詰める。
男がシノへ伸ばした腕を剣の腹で払い、その脇腹へ蹴りを叩き込んだ。
男が壁まで吹き飛ぶ。
「嬢ちゃん!」
「は、はい!」
「俺の後ろ!」
シノが慌てて移動する。
「そこ! 絶対出るな!」
「うん!」
再び剣が走った。
一人。
二人。
三人。
次々と男たちが倒れていく。
誰も死んではいない。
しかし、立ち上がれる者もいない。
最初は十数人いたはずの襲撃者が、気づけば四人だけになっていた。
「……ふう」
ライアスが小さく息を吐く。
「こんなもんか」
だが。
残った四人は動かなかった。
最初から。
一度も。
仲間が倒されている間も、ただじっとライアスを見ていた。
ライアスの表情から、笑みが消える。
「……あんたらは、別口か、雰囲気が別次元だわ」
四人のうち一人が、一歩前へ出た。
大柄な男。
その隣には細身の剣士。
さらに、両手に短剣を持った男。
そして最後尾。
深い外套をまとった男が、静かに杖を持ち上げた。
「ライアスさん?」
「嬢ちゃん」
声が低い。
「今からは、ちょっとマジで動くなよ」
「え……」
「こいつら」
ライアスが剣を構える。
「さっきまでのとは違う」
大柄な男が踏み込んだ。
石畳が鳴る。
「っ!」
真正面から叩きつけられた剣を、ライアスが受ける。
衝撃で靴底が滑った。
「重っ……!」
その横から細身の剣士が刺突を放つ。
ライアスが身体を捻る。
頬を刃が掠めた。
一筋、血が流れる。
間髪入れず短剣。
二本。
三本。
四本。
「面倒くせえな!」
弾く。
避ける。
返す。
ライアスの剣先が短剣使いの肩を捉える。
だが倒れない。
すぐに距離を取った。
「……なるほど」
ライアスが息を整える。
「本当に俺を殺す気で来てんな」
後方の男が杖を掲げた。
その口が動いている。
ライアスの目が見開かれた。
「詠唱――」
魔導士の周囲へ、急激にマナが集まる。
「嬢ちゃん、伏せろ!」
シノが身を縮める。
次の瞬間。
爆音。
眩い光が路地を飲み込んだ。
「きゃあっ!」
熱。
衝撃。
シノの身体が地面へ押しつけられる。
耳鳴り。
何も聞こえない。
しばらくして。
煙の向こうに、人影が見えた。
「……ライアス……さん?」
立っていた。
シノの前に。
ライアスが。
だが。
先ほどまでとはまるで違う。
上着は裂け、鎧の一部は焦げていた。
髪も乱れている。
剣を握る腕が震えていた。
大きな切り傷こそない。
それでも、身体中を殴りつけられたようにボロボロだった。
「……ったく」
ライアスが咳き込む。
「高位魔導まで持ってきてんのかよ……」
口元から、僅かに血が落ちる。
「ライアスさん!」
「来んな!」
シノの足が止まった。
「でも!」
「来るな!」
ライアスは剣を杖代わりに、一度膝をつく。
残った四人がゆっくり近づいてくる。
「終わりだ、騎士」
異国訛りの男が言う。
「その身体では、もう戦えまい」
「……そう見える?」
ライアスは笑った。
立ち上がる。
足が震える。
それでも剣を構える。
「なら試してみろよ」
「ライアスさん、もういいよ!」
シノが叫んだ。
「もう戦わなくていい!」
「……」
「逃げて!」
ライアスの背中が、一瞬だけ止まった。
「私のことはいいから!」
「……嬢ちゃん」
「ライアスさんまで死んじゃう!」
シノの声が震える。
「だから逃げて!」
ライアスは俯いた。
そして。
「……逃げる?」
小さく呟く。
剣を握り直した。
震えていた手が止まる。
「そんなことできるかよ」
「ライアスさん!」
ライアスが顔を上げた。
四人の敵を睨みつける。
「守るんだよ!」
路地に、騎士の声が響いた。
「守るために騎士になった!」




