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教授のお使い

 それから数日が過ぎた。


 王都での暮らしにも、シノは少しずつ慣れ始めていた。


 朝になればレスト邸を出て学園へ向かい、ユリアンの研究に協力しつつ授業や実習を見学する。


 マルナは中央神殿へ顔を出すことが増え、ライアスは相変わらずシノの護衛として付き従っていた。


 王都へ来たばかりの頃に比べれば、随分と穏やかな日々だった。


 その日の午後も、特に変わったことは起こらないはずだった。


「シノさん。もしよろしければ、ひとつ、お願いしてもよろしいですか?」


 声をかけてきたのはユリアンだった。


「お願い?」


「ええ。学園で使う魔道具を一つ、受け取ってきていただきたいのです」


 差し出された紙には、王都にある魔道具店の名と住所が書かれていた。


「私が?」


「少々値の張る品でしてね」


 ユリアンは、シノの少し後ろに立つライアスへ視線を向けた。


「シノさんには王国騎士の護衛が付いているでしょう?」


「……なるほど」


 ライアスが何とも言えない顔をする。


「つまり、俺まで込みで使いっ走りってことですか」


「人聞きが悪いですね」


 ユリアンは涼しい顔で笑った。


「安全を考慮した結果ですよ」


「便利に使われてんなあ、俺」


「ライアスさん、行こうよ」


「嬢ちゃんは簡単に引き受けすぎなんだよ」


 そう言いながらも、ライアスは断る様子を見せなかった。


 学園から店までは、それほど遠くない。


 少し寄り道をする程度だ。


「では、お願いします」


「はい!」


 シノが元気よく返事をする。


 ユリアンは笑顔のまま、二人を見送った。


 指定された魔道具店は、学園から歩いてしばらくの場所にあった。


 王都の大通りから一本入った、職人街の一角。


 店内には大小さまざまな魔道具が並び、シノは入るなり目を輝かせた。


「わあ……」


「見るだけな」


「まだ何も言ってないよ」


「その顔は買い物する顔だ」


「買わないもん」


「金持ってねえだろ」


「……見るだけ」


「最初からそう言ってんだよ」


 店主へ学園から預かった紙を渡すと、話はすぐに通った。


「はいはい。こちらですね」


 奥から、小さな木箱が運ばれてくる。


 両手で抱えられる程度の大きさだった。


「これ?」


「ええ。王立魔導学園からご注文いただいた品です」


 シノが大事そうに箱を受け取る。


「落とすなよ、嬢ちゃん」


「分かってるよ。高いんだから」


「じゃあ貸せ」


「私が頼まれたの」


「護衛の目の前で高価な魔道具落とされたら、俺が怒られんだろ」


「落とさないもん」


 結局、シノが箱を抱えたまま店を出た。


 学園への帰り道。


 しばらく歩いたところで、ライアスが箱へ目を向ける。


「なあ、嬢ちゃん」


「なに?」


「それ、ちょっと見せてみ」


「落とさないってば」


「そうじゃねえよ」


 シノから箱を受け取り、ライアスは片手で重さを確かめた。


 箱の側面にある工房印を見る。


「……ん?」


「どうしたの?」


「いや」


 ライアスは箱を軽く傾ける。


「これ、安モンだろ」


「え?」


「少なくとも、わざわざ王国騎士付きで取りに来るような代物じゃねえよ」


「そうなの?」


「騎士団でもこの手の道具は使うからな」


 もう一度、刻印を見る。


「まあ、学園用だと多少違うのかもしれねえけど」


「ユリアン先生、高いって言ってたよ?」


「教授連中の金銭感覚なんて知らねえよ」


 ライアスは肩をすくめると、箱をシノへ返した。


「ほら。学園戻るぞ」


「うん」


 シノは箱を抱き直した。


 それ以上、二人が魔道具について話すことはなかった。


 職人街を抜ける。


 大通りへ向かう道は、午後の陽射しに照らされていた。


 遠くから人々の声が聞こえる。


 荷馬車の車輪が石畳を鳴らす音。


 店先から漂う焼き菓子の匂い。


「帰ったらおやつあるかな」


「今もう菓子の匂い嗅いでただろ」


「嗅いだだけだもん」


「食いたいって顔してたぞ」


「してないよ」


「してた」


 シノがむっとしてライアスを見上げる。


 そのときだった。


 ライアスの足が止まった。


「……ライアスさん?」


 返事がない。


 さっきまでの軽い表情が消えている。


 視線だけが、道の先へ向けられていた。


 数人の男が立っている。


 偶然立ち話をしているようにも見える。


 だが。


 道を塞ぐような位置だった。


 ライアスが振り返る。


 後ろにも、二人。


「嬢ちゃん」


 声が低くなる。


「俺の後ろにいろ」


「え?」


「いいから」


 シノは言われるまま、一歩下がった。


 男たちがゆっくりと近づいてくる。


 服装だけなら王都の住人と大差はない。


 けれど、歩き方が違う。


 ライアスの右手が、腰の剣へ添えられた。


「何の用だ?」


 男たちは答えない。


 一人。


 その中でも体格の大きな男が前へ出た。


 ライアスの視線が鋭くなる。


「道を塞いでるぞ」


 それでも男は動かない。


 やがて口を開いた。


 言葉そのものはマニール語だった。


 だが、イントネーションが僅かに違う。


 この国のものではない。


「騎士」


 異国の訛りを帯びた声が、静かな路地に響く。


「命までは取らん」


 男の視線が、ライアスの背後へ向いた。


 シノへ。


「その子を渡せ」


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