滞在延長
その日の午後。
王都のレスト邸には、珍しくエルンの姿もあった。
この日は学園寮で過ごしていたが、レスト侯から呼ばれていた。
先日の謁見で、レスト侯は正式にシノの後見人となった。
もともとファルク家の前当主の意志を継ぐべくエルンの後見も引き受けている。
これからは二人の後見人として、今後のことを一度きちんと話しておきたい――そう言われ、授業を終えたあと王都邸を訪れたのだった。
応接間には、レスト侯、マルナ、シノ、エルン。
そして護衛としてライアスが控えている。
「それで、マルナ殿。中央神殿から話があったと?」
「はい」
マルナは少し居心地悪そうに背筋を伸ばした。
「名誉司祭の位をいただくことになりました」
「……名誉司祭を?」
レスト侯がわずかに目を見開く。
「私には過ぎたお話だと思ったのですが……この立場があれば、神殿の中でもシノを守ることができると伺いまして」
その言葉を聞き、レスト侯の表情がやわらいだ。
「なるほど。それで受けられたのですな」
「はい」
「院長先生、すごい人になっちゃったね」
隣からシノが嬉しそうに言う。
「何も変わりませんよ、シノ」
マルナは困ったように笑った。
「私はこれまで通り、ルミナリア孤児院の院長です」
そのとき、扉が控えめに叩かれた。
使用人が一通の封書を手に入ってくる。
「マルナ様。ルミナリア孤児院からお手紙が届いております」
「あら」
差出人を見たマルナの顔がほころんだ。
「サラ先生からです」
「みんな元気?」
シノが身を乗り出す。
「ええ。元気にしていますよ」
封を開き、マルナはゆっくりと読み進めていった。
マルナが王都へ出ている間、孤児院ではサラが代理院長を務めている。
子供たちは変わらず元気。
村の者たちも何かと手を貸してくれており、今のところ大きな問題は起きていないという。
それでも、読み終えたマルナは小さく息を吐いた。
「……思ったより、長く留守にしてしまいましたね」
本来、王都へ来るのはほんの数日の予定だった。
だが、学園でのシノの調査。
王への謁見。
そして今度は、マルナ自身の名誉司祭就任。
次々と予定が増えている。
「サラ先生がいてくださるとはいえ、これ以上となると……」
マルナが考え込む。
「一度、私だけでも戻った方がいいでしょうか」
「いや」
レスト侯が首を振った。
「今はシノ殿のそばにいていただいた方がよいでしょう」
「ですが、孤児院もございます」
「ならば、孤児院の方を手当てすればよい」
あっさりと言われ、マルナが瞬きをする。
「手当て……ですか?」
「そうだな」
レスト侯はしばらく考え、ふと思い出したようにエルンへ目を向けた。
「リザに行ってもらうか」
「リザを?」
エルンが顔を上げる。
リザは、ファルク家に残る唯一の使用人だった。
エルンが幼い頃から、亡き両親に代わるように身の回りの世話をしてきた女性でもある。
だが、エルンが王都の学園へ入ってからは、広いファルク家の屋敷に一人残ることになった。
それを気にかけたレスト侯が、
――一人であの屋敷にいても寂しかろう。
と、週に何日かレスト領の屋敷で働けるよう取り計らっていたのだ。
エルンがそのことを知ったのは、つい先日のことだった。
「レスト候。その節は……リザのことまで気にかけていただいて、本当にありがとうございました」
「礼を言うほどのことではない」
レスト侯は軽く手を振った。
「今は領都の屋敷へ来てもらっているが、ファルク家とルミナリア孤児院は近い。しばらくの間、孤児院へ手伝いに行ってもらえばよいだろう」
「リザさんを……」
マルナが少し驚いたように呟く。
「サラ殿が代理院長を務めているのであれば、リザにはその補佐をしてもらえばいい。炊事や洗濯、それに子供の世話なら慣れているのではないか?」
レスト侯の問いに、エルンが大きく頷いた。
「はい。僕を育てた人ですから」
少しだけ笑う。
「子供の扱いなら、僕よりずっと慣れてます」
「それなら……」
マルナは手元の手紙へもう一度目を落とした。
最後には、サラの文字でこう記されていた。
こちらのことは心配しないでください。
院長先生は、今はシノ先生のそばにいてあげてください。
マルナはしばらくその一文を見つめたあと、静かに頷いた。
「……分かりました」
そして、隣のシノを見る。
「もう少しだけ、王都にいましょうか」
「うん!」
シノの顔がぱっと明るくなる。
すると、それまで後ろに控えていたライアスが、すっと姿勢を正した。
「承知いたしました。王宮にも、そのようにお伝えいたします」
低く、落ち着いた声。
隙のない騎士の口調だった。
「……ふふっ」
シノが思わず口元を押さえる。
「シノ様?」
ライアスが怪訝そうに振り返った。
「なんでもないです」
「……?」
シノは必死に笑いを堪えた。
屋敷の外では平気で自分を『嬢ちゃん』と呼ぶ人と、本当に同じ人なのだろうか。
レスト侯はそんな二人を横目に、少し考えるように顎へ手を添えた。
「そうだな。とはいえ、そう長く延びるわけでもあるまい」
王都の予定を頭の中で数える。
「少し延びる程度だろう。開国祭くらいまで、といったところか」
その言葉に、シノが勢いよく顔を上げた。
「あっ、開国祭!」
全員の視線が集まる。
「アイク先生が言ってたやつ!」
レスト侯が一瞬、目を瞬かせる。
「……陛下は、そんな話までされていたのか」
「うん! 王都がすっごく賑やかになるって!」
シノの声が弾んだ。
ほんの数日のはずだった王都での滞在は、どうやらもう少しだけ続くことになった。
そしてその先には、この国の開国を祝う大きな祭りが待っていた。




