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ミルズの魔道具工房

 作業着には油染みが付き、片目には何枚もの小さなレンズを重ねた奇妙な器具を掛けている。


 男は三人のうち、真っ先にライナーを睨みつけた。


「予算を上げるだの納期を延ばすだの、そんな話じゃねえ! やるからには俺の設計一択だ! 勝手に余計なもん付け足すなら他の奴に――」


 そこで言葉が止まった。


「……ん?」


「ご無沙汰しております、ミルズ殿」


「……ライナー?」


「はい」


 ミルズはライナーを見る。


 入口を見る。


 もう一度ライナーを見る。


「役所じゃねえのか」


「レスト侯爵家の執事でございます」


「知ってるよ!」


「でしたら、なぜお間違えに?」


「格好が堅ぇんだよ! 役人みてえな顔して入ってくるな!」


「顔につきましては、私にはいかんともしがたく」


「相変わらず口の減らねえ執事だな!」


 シノがリーゼリアの袖を引いた。


「リーゼリア様」


「はい」


「この人、いつもこんな感じ?」


「……私も会うのは初めてです」


「聞こえてるぞ、嬢ちゃん」


「あ、ごめんなさい」


「謝るくらいなら最初から聞くな!」


「ミルズ殿」


 ライナーが淡々と割って入る。


「ところで、水門と仰いましたが、セレノ湖の件でしょうか」


「ああ、そうだよ」


 ミルズは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「湖を拡張して貯水用のダムにする国家事業だ。その水門を俺がやってる」


「国家事業……」


 シノが目を丸くする。


「ミルズさん、すごい人なの?」


「すごくねえ。面倒な仕事を押し付けられてるだけだ」


「王国内でも、あの規模の魔導制御を設計できる技師は限られております」


「余計なこと言うな」


 ミルズがライナーを睨む。


「そういえばミルズ殿。現在は中央神殿の新礼拝堂建設にも携わっておられたのでは?」


「ああ。しょうがねえからな」


「しょうがないで中央神殿を作るの?」


 シノがますます目を丸くする。


「俺が建物を建てるわけじゃねえ。魔導設備と音響だ」


「音響?」


「アウラ様も祀られてる礼拝堂だぞ」


 ミルズは当然のように言った。


「歌や楽器を鳴らして、音が死ぬような箱を作られちゃ困るだろうが」


「アウラ様、好きなの?」


「ああ?」


「だって、なんか嬉しそうだから」


「……悪いか」


「ううん」


 シノは笑った。


「私も歌、好きだよ」


「そうかよ」


 ミルズはぶっきらぼうに答える。


 だが、先ほどより少しだけ声が柔らかくなっていた。


「しかし、新礼拝堂とセレノ湖の水門を同時にとは、お忙しいことでございますね」


「だから面倒なんだよ。どっちも途中から他の奴に触らせる方が余計に手間がかかる」


「なるほど」


「しかも水門の方は役人がクソでよ」


「ミルズ殿」


「なんだよ」


「お嬢様方がおられますので」


「……役人が非常に気に入らねえ」


「言い換えただけですね」


「細けえな、お前は!」


 シノがくすくす笑った。


「何がおかしい」


「だって、ミルズさん、ずっと怒ってるから」


「怒りたくもなる。こっちは何十年、何百年使うかもしれねえ物を作ってんだ。なのに見栄えがどうだ、余計な機構を付けろだ、挙げ句に勝手に俺の設計を弄ろうとしやがる」


「でも」


 シノが首を傾げた。


「ミルズさんが作るんだったら、ミルズさんのやり方で作った方がいいんじゃない?」


「……ん?」


「だって、壊れたら困るんでしょ?」


「ああ」


「だったら、作れる人の言うことを聞いた方がいいと思う」


 ミルズが黙った。


「見た目も大事かもしれないけど、ちゃんと動く方がもっと大事だし」


「……」


「それに、自分が一生懸命作ったものを勝手に変えられたら、私でも嫌だと思う」


 ミルズは、しばらくシノを見つめた。


 やがて口元が、にやりと持ち上がる。


「嬢ちゃん」


「なに?」


「分かってるじゃねえか」


「そう?」


「役所の連中より百倍話が分かる」


「それはさすがに褒めすぎでは?」


 ライナーが口を挟む。


「うるせえ」


 ミルズはそう吐き捨てると、ふとシノが先ほどから気にしていた鳥へ目を向けた。


「で、嬢ちゃん。あれが気になるのか?」


「うん!」


 シノも鳥を見上げる。


「孤児院のリックって子が、こういうの大好きだから」


「孤児院?」


「うん。お土産探してるんです」


「ふん」


 ミルズが指を鳴らした。


 すると、店内を飛び回っていた鳥が大きく旋回し、ミルズの腕へ降り立った。


「簡易飛翔機構だ。小型魔石だから一度動かせば半刻ほど。壁にぶつけたくらいじゃ壊れねえ、魔石は三年は持つ」


「すごい!」


「子供向けの試作品だ」


「いくらですか?」


 シノがレスト侯から渡された財布を取り出す。


 ミルズは少し考えた。


「銀貨一枚」


「銀貨一枚……」


 シノが財布の中を覗き込む。


 その横で、ライナーの眉がわずかに動いた。


「ミルズ殿」


「なんだ」


「先ほど店頭で拝見した価格とは、随分違うようですが」


「気のせいだ」


「コインの色と枚数が違っていたように記憶しております」


「お前は細けえな!」


「職業柄でございます」


「今日は銀貨一枚なんだよ!」


 シノは鳥とミルズを交互に見る。


「本当にいいの?」


「ああ」


「でも、侯爵様にもらったお金だから、ちゃんとした値段で買わないと……」


「偉ぇな嬢ちゃん。だったら」


 ミルズは鳥をシノへ差し出した。


「残った金で、他のガキにも何か買ってやれ」


「……!」


「その方がいいんだろ?」


「うん!」


 シノは満面の笑みで鳥を受け取った。


「ありがとう、ミルズさん!」


「壊したら持ってこい。直してやる」


「ほんと?」


「二回目からは金取るぞ」


「はーい!」


 リーゼリアが隣で小さく笑った。


「ミルズさん、お優しいのですね」


「違う!」


「では、今日は随分と機嫌がよろしいのですね」


「お嬢様まで余計なこと言うな!おっと失礼した、不敬罪だけは勘弁な!」


 店の中に、ミルズの声が響いた。


     ◇


「リック、絶対喜ぶよ」


 魔道具屋を出てからも、シノは何度も包みを眺めていた。


「よいお土産が見つかりましたね」


「うん!」


 買い物も一段落し、三人は賑やかな商業区から少し離れた道を歩いていた。


 大通りほど人は多くなく、小さな食堂や仕立て屋、昔ながらの商店が並んでいる。


 その一角で、シノがふと足を止めた。


「あ」


 小さな教会だった。


 昨日訪れた中央神殿とは比べものにならない。


 古びた石造りの建物で、入口の上には三神を表す三つの紋章が刻まれている。


「教会だ」


「ええ。この辺りに住む方々のための教会ですね」


 リーゼリアが答える。


 シノは少し考えてから、二人を見る。


「ちょっと入ってもいい?」


「もちろんですよ」


 三人は静かに扉を開いた。


 中には小さな三神像が並び、数人の町人が祈りを捧げていた。


 豪華な装飾などない。


 色硝子も、巨大な柱もない。


 だが、よく磨かれた長椅子や、三神像の前に供えられた小さな花から、この場所が大切にされていることが伝わってくる。


 シノは入口近くに置かれた木箱を見つけた。


「これ、なに?」


「寄付箱です」


「寄付?」


「教会の維持や、困っている方々のために使われます」


「へえ……」


 シノは腰元へ手を伸ばした。


 取り出したのは、レスト侯から渡された革袋ではない。


 王都へ来る前から持っていた、小さく使い込まれた財布だった。


 その中から、銅貨を数枚取り出す。


「シノさん?」


「ちょっとだけ」


「これはお父様からいただいたお金ではありませんね、シノさんのですか?」


「うん。これは私のお金」


 シノは銅貨を寄付箱へ入れた。


 ――からん。


 小さな音が、静かな教会に響く。


「よろしいのですか?」


「うん」


 シノは財布をしまうと、三神像の前へ歩いていった。


 そして、少し得意そうに振り返る。


「私、いま祈り極め中だからッ!」


「……極め中?」


 リーゼリアが首を傾げた。


「うん!」


 シノは三神像へ向き直った。


 右手の三本の指をそろえ、胸元へ添える。


 そして、ゆっくりと三本の線を引いた。


 大地神ガルシア。


 水の神ミリニア。


 芸術神アウラ。


 三神の教えを心へ刻むように。


 それから三神像の前へ膝をつき、静かに頭を下げる。


 昨日、アイクに教わった通りに。


 リーゼリアが少し驚いたように、その姿を見つめていた。


 祈りを終えたシノが顔を上げる。


「どう?」


「とても綺麗な所作でした」


「ほんと?」


「ええ。いつの間に覚えたのですか?」


「昨日!」


「昨日?」


「中央神殿で、アイク先生に教えてもらったの」


「アイク先生?」


「うん。聖堂にいたおじさん」


 シノは嬉しそうに胸元へ三本の指を当てる。


「私のお祈りの先生!」


「まあ」



「院長先生も、気持ちがあれば形は大事じゃないって言ってたんだけどね。でも、私がちゃんと知りたいならって教えてくれたの」


リーゼリアが微笑んだ。


「よい先生に出会われたのですね」


「でしょ?」


 シノはもう一度、三神像を見上げた。


 中央神殿で見たものより、ずっと小さな像だった。


 それでも、シノには同じ三柱の神々に見えた。


「何をお願いされたのですか?」


 リーゼリアが尋ねる。


「昨日と同じ」


「昨日?」


「みんなが楽しくいられますようにって」


 シノはそう言って笑った。


「アイク先生が、それもちゃんと祈りだって言ってくれたから」


「そうですか」


 リーゼリアも三神像へ視線を向けた。


「では、私も同じことをお祈りしましょう」


「ほんと?」


「ええ」


 リーゼリアがシノの隣へ進み、三本の指を胸元へ添える。


 その少し後ろで、ライナーも静かに膝をついた。


 王都の片隅にある、小さな教会。


 三人は並んで三神像へ頭を下げた。


 その日、シノが王都で使った自分のお金は、寄付箱へ入れた数枚の銅貨だけだった。


 けれど本人は、それで十分満足そうだった。

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