伝わる想い
「文菜久しぶり」
小柄な亜希がぴょんぴょんと飛び跳ねるたび、可愛らしいフリルのミニスカートがふわりと揺れる。
何も変わっていない。笑い方も、話し方も、あの頃のまま。
「ほんと」
友美の声が重なる。私たちの中で一番背の高い友美。
今もスラリとした体型をジーンズでカジュアルにまとめている。
その姿が頼もしく、どこかで見守るような優しさは変わらない。
亜希と友美とも一年振り。
でも、こうして並んで話していると、その時間の空白が不思議なほどに感じられない。
まるで、昨日も一緒にいたような錯覚に包まれる。
それだけ、私にとってこの三人と過ごした時間が、今も大切で、温かいものとして息づいているのだと思う。
「友美、その、裕太と別れたん?」
気になっていたことを、少し躊躇いながら口に出す。
どうしてっていう気持ちが口にさせた。
二人の仲の良さは高校時代見ていたから。
「あーもう、玲美のお喋り」
友美は露骨に嫌な顔をしているが、本当に怒っている訳でない。
ただ、顔に出やすいだけ。
そういう正直なところが、私はずっと好き。
「え?私?」
玲美は、変わらずにお惚けを決め込んでいる。
黒のロングのプリーツスカート。色白の玲美にピッタリ。
おしゃべりだけど、そこも彼女らしい。
誰にでも自分のことを包み隠さず話すから、嫌味に聞こえない。
なんだかんだでみんなのまとめ役。
「あんたしかおらんやん」
亜希が笑いながら追い打ちをかける。
そんな言葉の応酬に、ふと気が和む。この空気感が懐かしい。
「だって、あいつ結婚はまだしたくないって言うんよ」
友美は地面をつま先で蹴るようにして、ぽつりとつぶやいた。
その仕草に、どこか照れくささや、言い訳のような響きが混ざっている気がする。
「え?だって、付き合って何年だっけ?」
玲美が問いかける。その何気ない質問に、場の空気がふっと静かになる。
「うーん、中学の時からだから、14年」
友美は少しだけ考える素振りをして、それでもすぐに答える。
そこに友美の裕太に対する愛情が含まれている気がする。
「凄い……」
私は素直にそう思った。
14年という時間。
その歳月がどれだけの意味を持つか、私にはまだ分からない。
長い時間をひとりの人と同じ道を歩き続けること。
一緒にいたからこそ、言葉にならない想いがあるのだろう。
「よく続いたよね」
たまに辛辣なことを言うのが、亜希らしい。
その軽やかさに救われると同時に、もし、あの時――と思ってしまう。
それがいけないことなのかどうか、私にはまだ、わからない。
「それは、まあ……好きやからね」
腕を組んだまま、友美は吐き捨てるように言った。
照れとも苛立ちともつかない感情が混ざっているようで、私は思わず彼女の横顔を見つめる。
強がりに聞こえるその一言が、逆に彼女の心の奥に今も息づく想いを露わにしている気がした。
「文菜聞いて、裕太は裕太で、未練たらたららしいんよ」
亜希の情報源を、私はいつも知りたいと思っている。
鋭い観察眼と、さりげない聞き出し方。
それとも、単純に人との距離が近いから自然と耳に入るのだろうか。
「そうなん、じゃあ友美、寄り戻しなよ」
気づけば、そんな言葉が口をついていた。
きっと、ちょっとだけ、歯車が合わなかっただけ。
ほんの些細なタイミングのズレ。
だって、二人はお似合いだもん。
「えー」
友美がちょっとだけ顔をしかめながら声を上げる。
けれど、その反応すらどこか懐かしくて、心がふっと軽くなった。
言葉のやりとりも、笑い声の交わし方も、まるで高校の教室に戻ったかのよう。
みんな、見た目こそ大人びたけれど、芯の部分は何も変わっていない。
そう思えることが、嬉しかった。
「ところで、どうなん、玲美から聞いたんやけど、香取くんと偶然再会したんやって?」
興味津々の亜希は前のめり。
まるで一番おいしい話題を待っていた子どものような目だ。
「あー、玲美ー」
私は玲美を睨む。もちろん本気じゃない。
「ほら、だいたい玲美なんよ情報元は」
友美は呆れたように、手を振った。
玲美は知らんぷりを決め込んでいる。
「で、どうなの?」
亜希はこっちに全力モード。彼女の好奇心は悪意のないものだけれど、それでも心の奥を覗かれているようでやっぱり照れる。
「まあ、一応ね、デートやけど……」
言ってしまってから、自分の言葉がどこか浮いている気がした。
何て言えばよかったのだろう。
「デート」という単語が自分の口から出た瞬間、体温が一度だけ上がった気がする。
「もう、さ、そんな再会したら私だったら即、告る」
亜希があっけらかんと笑いながら言ってくれる。
「亜希は出来るけど、文菜はさ、慎重……いや違う、なんやろ、じっくりことこと、ていうん」
友美が私を見て、柔らかく笑う。ああ、あの頃と同じ笑い方。
「私さ、学生時代の文菜と香取君、二人を見てて、羨ましいって思った事あるんよ」
「羨ましい?」
少し照れて唇を嚙んだ。友美は視線を彷徨わせ言葉を探しているようだった。
「なんていうのかな……はたから見たら彼氏彼女に見えるけど、当人たちは手も握ったことない」
「……」
「純愛とか、そういうのともまた違ってね。ただ、あの二人がそこに並んでいるだけで、もう完結してる感じ。好きとか嫌いとか、そういう枠じゃないんよ」
「確かに」
玲美は頷いている。
「よくわかんない」
亜希がふっと言う。けど、その素直さが、私にはありがたかった。
「亜希とは違うし、どれがいいとか悪いとかでもなくてね、お互いの引力に引き合わされたっていうか、すごく尊重し合ってる感じがしたん。だって、あの香取君が笑ったり、会話してるんよ」
諒くんが笑う。
私にだけ向けて。
その光景が、一瞬でよみがえってくる。
教室の窓辺、並んで座ったあの日のこと。
その横顔と、指先と、風の匂いまで。
「ああ、この二人は出逢う運命なんだなって。好きだ、愛してるって言葉で言うのはもちろん大切。でも文菜と香取君って、それをもう分かった上で、もっと深い何かで繋がってる気がしてたんよ。そう思ってたん」
「友美……」
友美の想いが、心が感応して染みこんでいく。
そんなふうに、あの頃の私たちを見ていてくれた人がいたんだ。……ちゃんと、見ててくれたんだね。
「だからさ、別れたったていうのもおかしいけど、二人が離れ離れになってさ、なんで、どうしてって、文菜ほどじゃないにしろ、私的にもショックやったん」
「……」
「当の文菜は、変わらずにいたつもりだろうけど、私達は分かってたよ」
「そう」
玲美が頷き。
「そうやね」
亜希も頷く。
その時の私の姿を、私は知らない。けれど、みんなには見えていたんだ。
平気なふりをしていても、心は何かが崩れていっていたのだと思う。
それは責めるものじゃなくて、ただ静かに寄り添ってくれるような言葉たちだった。
みんなの想いも、伝わり染みていく。
友美が少し涙ぐんだように瞳を揺らしながら、また口を開いた。
「たぶん……文菜は香取君以外の人ってきっと、誰も同じなんよ、何て言ったらいいのかな、上手く言えないけど……」
「ツインレイってやつか」
亜希が口を挟む。
「ツインレイって元は一つの魂が二つに分かれて出来た、運命の魂の伴侶の事を言うんよ」
(ツインレイ……魂の伴侶……)
その言葉が腑に落ちて、ゆっくりと広がっていく。
「亜希にしては、言い得て妙やん」
友美が亜希の肩をポンと叩いた。
私は、なんだか恥ずかしくて、でも少しだけ嬉しくて、目を伏せた。
「文菜、私さ、香取君と再会出来たって聞いて、ほんとに、ほんと嬉しかったん。ツインレイかもしれないけど、もう離れちゃいかんよ」
友美が私の両腕をしっかりと掴んで、真っ直ぐに言ってくれる。
「ほんとそれ、さっきだって見惚れたんよ、みんなで。『ああ、あの時の文菜の顔やん』って、嬉しくなったん。文菜はさ、いつも私達の事、応援してくれてたからさ、幸せにならな」
亜希は私の背中に手を添えて言う。
「ありがとう、みんな」
声が震えそうだったけど、私は笑った。
「もう泣かないよ、文菜。デート中やん」
亜希が顔を近づけて、いたずらっぽく笑った。
笑い返して、泣きそうになる。
「じゃあ、あんまりデートの邪魔しちゃいかんから、はよ行き」
「なによ玲美が引っ張てきたくせに」
玲美は罰が悪そうに舌をペロッと出した。
「文菜、また明日ね、ファイティン」
友美が小さく手を振ってくれる。
「頑張れ」
亜希は両手でガッツポーズ。三人とも、本当に変わらない。
あたたかくて、やさしくて――まるで、昔に戻ったみたいだった。
「うん、じゃあまたね」
そう言ってみんなに手を振り、私はくるりと振り返る。
歩きながら、諒の姿を探す。
みんなの優しさが心にじんじんと広がっていく。
境内には人が増えてきたようで、合間を縫うように進む。
人の波の中、ひとりだけ輪郭がはっきりと見えた。
まるで、最初からそこにいたかのように。
雑踏の中で諒だけは静かに、凛として浮かび上がって見えた。
今は、こうして見つけられる。
そうだね、みんな。引き合わせてくれた神様か、魂か。
歩みが少しずつ早まる。
視線が合う。
口元が緩む、小走りになる。
小さく手を振る。
もう慣れた煙草の匂い、苦手だったはずなのに、今はなぜか安心する。
優しい笑顔が返ってくる。
「ごめんね、諒くん」
息を整えて顔を上げる。
たぶん、ちゃんと笑えてる。
「いや、だから謝らなくていいよ」
低くて穏やかな声。
言葉だけじゃなくて、空気ごと包まれるようで、じんじんに追い打ちがかかる。
「どうした?」
私を気遣うような声音。
「何……が?」
「何かあったの?」
諒は、私の目をのぞき込むように、少しだけ屈んで視線の高さを合わせてくれた。
「みんな、優しくて……諒くんも」
堪えている、温かくいものが、零れてしまいそうで、目が合わせられない。
「……そうか」
諒の手がそっと頭を撫でる。髪の毛越しに温もりが伝わる。
風鈴の音が、かすかに鳴っていた。
「ちょっとダメかも……」
「ん?」
私は諒の胸に、おでこをそっと押しつけた。
諒の体が、ぴくりと小さく反応する。
でも、それだけで何も言わずに――
背中に回された腕が、私をそっと抱きしめてくれる。
境内に神舞のメロディが鳴り始めた。
それが、自分の泣き声を包んでかき消してくれていた。
諒はまた、私の頭を静かに撫でてくれた。
その手が温かく、むしろ心をなだめてくれているよう。
やがて、神舞のメロディのテンポが上がる。
その激しさが、どういうわけか心を安らぎへと誘ってくれた。
そして音楽は止み、拍手がおこる。
「ありがとう」
私の言葉に、諒はそっと抱擁を解くと、肩に手を添えた。
「これ」
差し出された紺色のハンドタオルで涙を拭う。少しだけ煙草の匂いがしみ込んでいる。
あの頃は、ただ一緒にいられる、それだけで幸せで満たされてた。
そう思ってた。ずっと、そう信じてた。
わたしの毎日のなかでいちばん大切な人だったから。
今だって、その気持ちは変わらない。
でも、今は違う。
また会えたから。もう一度、諒くんの隣に立てたから。
今度は、もっと近くにいたいって願ってしまう。
失いたくないって、言葉にしなくちゃって思った。
「ふうー」
肩を落として大きく息を吐いた。
「平気?」
「うん、ありがとう」
笑って諒の顔を見上げた。
ぽつっと雨が頬に落ちた。
まるで、空がそっと涙をなぞったみたいだった。
にわかに風が空気を揺らし、傘のない人たちが木の下やテントへと散っていく。
諒は鞄の中から折りたたみ傘を取り出し、ためらいもなく傘を開いて差しかけてくれた。
その仕草が、妙に自然で、嬉しい。
「……あの日と一緒だね」
ぽつりと呟くと、諒は小さく笑った。
「そうだな……」
懐かしそうに目を細める、その横顔を見つめてしまう。
「……中止になるのかな?」
視線を空に向ける。灰色の雲が、音もなく流れていく。
「んーどうだろう」
「雨の中も何か趣があっていいかも」
ふと口にした言葉は、たぶん本音だった。濡れた石畳や、軒下に灯る明かりが、不思議ときれいに見える。
「そうだな。文菜、雨の日好きだもんな」
ふいに名前を呼ばれて、胸がきゅっとなる。
「……諒くんもでしょ」
軽く肘で小突くと、諒がほんの少し驚いたように目を瞬かせた。
見上げたその顔は、ゆるやかに微笑んでいく。
私も自然と頬が上がる。
……あれ、私、今、何した?
無意識にとった仕草に自分でも少し驚いた。
そんなふうに触れられるくらい、心が和らいでいたのかもしれない。
傘に弾ける雨音と、空から無数に引かれていく細い雨の線が重なり合い、景色を塗り替えていく。
境内では映画スタッフも設営されたテントに避難していた。
にわかに、雨の中にも関わらずスタッフが慌ただしく動き始める。
どうやら、撮影を敢行するらしい。
「少し前にどうぞ」
帽子を被ったスタッフの一人が、雨に打たれながら、声を掛けてくれた。
そして目の前に張られていたロープとコーンを撤去していく。
数歩、前に出て舞台の六角堂の正面に出た。
雨が降り出してから、見物客は少し減ったおかげで見通しはいい。
やがてスタッフの掛け声が響く。
「いきまーす。シーン130、5、4、3、2、――」
カチン。
乾いた拍子木の音を合図に、音楽流れ、神舞が始まった。
四人の舞手が、流れるように動く。
息の合った所作が、雨の中に一層美しく映える。
私が踊った時は、結構必死だったけど、目の前の巫女達は雅やかに、しっとりと舞っている。
左から順番に巫女を目で追ってみる。
一番左の女の子。
凛とした中にも、どこか物憂げな面差し。
そして隣の女の子。
しなやかさの奥に力強さと伸びがある動き。
この二人がペアだ。呼吸は合っていて、微塵の狂いもない。
その隣『松寿庵』で会った女の子。
今年の祭の舞手の子。
とても厳かで品を感じる。お店で見た印象より、どこか大人びて見える。
そして一番右の女の子。
今年の祭での舞手だったはず。たおやかさを纏いつつも熱を感じる。
その二人のペアも一糸乱れぬ呼吸。装束が靡くさまで同じに見える。
四人全体で見ても調和のとれた舞。
ただ、普段の神舞の華やかさよりも、全体的にどこか哀愁を帯びている気がした。
雨がもたらした物なのか、この場の空気感がそうさせているのか、分からない。
笛や笙の音さえも、もの悲しい。
それらが、心のどこかの触れてはいけない何かを揺さぶるような。
あの舞も音も、まるで私に語りかけてくるようで……ただ、静かに息を呑んでいた。
お読み頂きありがとうございます_(._.)_。
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