↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カゲヌシ  作者: ぽんこつ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/95

遭遇

挿絵(By みてみん)

瀬田神社の楼門をくぐる頃には、神舞《かまい》の音楽がはっきりと耳に届くようになっていた。

緩やかで独特な旋律が、空気の隙間を縫うように一帯に響き渡っている。

どうやら、リハーサルがすでに始まっているようだった。

一歩、石畳を踏みしめて神社の敷地に足を踏み入れる。

正面の六角堂、その舞台の上には、独特の巫女装束を纏った四人の舞手が横一列に並び、静やかに、しかし凛とした気配を漂わせながら舞っている。

その姿は、集まった人だかりの向こうに、かろうじて見えた。

六角堂の右手、社務所の前には、いくつもの白い簡易テントが立ち並んでいた。

そこには、たくさんの機材が積まれ、スタッフがその間を足早に行き交っている。

空を覆いはじめた厚い雲が、人々の熱気に蓋をしているようだった。

想像していた以上の賑わいに、諒は自然と足を止める。

「ねえねえ、四人で舞ってるね」

文菜が背伸びをして、さらに体を左右に揺らしながら六角堂を覗き込もうとしている。

その動きが幼子のように無邪気で、思わず顔が綻ぶ。

「そうだな、なんでだろうな?」

「映画の演出なのかな?」

「なるほど……そうなのかもな」

通常の神舞は、二人一組で行う。

だが今、目の前で披露されている四人の舞も、意外なほどに調和が取れていて、見応えがありそうだった。

「こんなに見に来る人がいるんだ」

隣で、文菜がぽつりとつぶやいた。

「確かに……すごいな」

祭ではないから露店が出ているわけでもない。純粋にこの撮影を見に来ている人々でごった返している。もちろん出演する俳優目当ての人達も多いのだろう。

六角堂と人々の間には、紅白のロープが張られていて、それがひとつの境界を作り、舞台と現実の世界を切り分けているようにも思える。

だが同時に、見物客の密集するこの空間に、どこか圧迫感をもたらしていた。

そのとき、目の端に、馴染みのある姿が映った。

人の合間から、クセのある長髪の男――冥鬼の姿。

彼は人々の肩越しにひっそりと、六角堂の舞を見つめていた。

さすが、島を挙げての映画作品と、長年受け継がれてきた伝統行事の神舞だけあって、地元の有力者たちの姿も多い。

簡易の来賓席には町長をはじめ、寺社関係者の面々が並んで座っていた。

瀬田神社の宮司は接待役として忙しく立ち回っているようだ。恩師の畑の姿もある。

社務所の引き戸が開き、数人の役者が姿を現した。

その瞬間、境内がざわめきに包まれる。

ざっ、という人波の揺れとともに、カメラのシャッター音が一斉に一斉に弾けた。スマートフォンがいくつも空へと掲げられ、いくつもの閃光が宙に散る。

文菜が小さく「あっ」と声をあげ、また背伸びをした。

その横顔は、まるで舞を待つ子供のように輝いて見えた。

「杵築八雲だ……かわいい」

文菜が声を上げた瞬間、トンと肩を叩かれた。

「あら、お二人さんデート?」

振り返ると、玲美がからかうように笑っている。亜希や友美といった文菜の友人たちもいた。

「え、いや、その……」

文菜はドギマギしている。

「香取君、ちょーっと、文菜借りるね」

玲美は文菜の腕を取ると手水舎の方へズンズン引っ張っていく。

呆気にとられ、その姿を見送っていると、突然、袖口をクイッと引っ張られた。

振り返ると、そこには黒いゴシックロリータドレスに身を包んだ小さな少女が立っていた。

白磁のような肌に、整ったおかっぱ頭。その髪には、細い金のヘアバンドのような髪飾りがかすかに輝いている。

そして何より、真っ黒な瞳が、細めた目の奥からじっとこちらを見つめていた。

「私さ、三つの輪っかに愛でまな、三輪愛《みわ まな》じゃ」

見た目と口調のギャップに思わず目を丸くする。愛は細めた目でじっと見上げている。

「……あ、香取です、香取諒」

「あんたさ、婆様《ばさま》の印、持っとるじゃろ」

「ばさまの印?」

ジーッと舐めるような目でこちらを見つめ、ショルダーバックを指さした。

「財布の中じゃ」

「もしかして……」

お守りのことかな?確か、署名が三輪だった気がする。

「んだ、それさ、じぇったい肌身離さず持っておくんじゃ………じぇったい」

「え?」

「愛《まな》さーん」

甲高い女性の声に少女はピクリと反応した。

「んだ、くれぐれもじゃ、印の事、忘れるでないぞ……じぇったい」

ニタッと口元だけで笑うと、ひらりとドレスの裾を翻して背を向け、その声の主と思しき少女の元へ向かっていった。

ぽかんとしながら、その後ろ姿を目で追う。あの子は……何だったんだ?

鞄の中から財布を取り出して、そっと開く。

両親にもらった、小さなお守りが入っている。

あの子に言われなくても、両親の形見だから、いつも肌身離さず持っている。

一度グッと握ってから、またそっと元に戻した。

文菜のほうに目をやると、まだ玲美たちと楽しそうに話していた。

境内に響く神舞のメロディがテンポ上げ、笛や笙の音も、いっそう高く澄んで耳に届く。

その音を左の耳で受けながら、社務所の脇にある喫煙所へと足を向けた。

煙草に火をつけ、深く吸い込む。

(お守りを肌身離さずに、か。……まるで、おまじないみたいだな)

さっきの少女の言葉を反芻する。

お守りにあった、三輪円《みわ まどか》という署名。さっきの少女の名。三輪愛《みわ まな》。婆様という事はあの少女は孫ということか。

それにしても――お守りを持ってること、何で分かったんだ?

いやいや、俺のことを知っていて声をかけてきたのだろうか。

やはり、この世には目に見えない何かの力があるのかもしれない。

「君もきていたんだ」

背中越しに冥鬼の声。振り返らず、煙を吐きながら応じた。

「ああ、昨日は助かったよ」

「うんうん、いつご馳走してくれるのかな?」

「ご馳走じゃないけど……話を聞いてもらいたい」

「ふーん、なんだろ?」

「後で連絡する」

「分かった、こっちも相談したいことがあってね。じゃあ連絡待ってるよ」

冥鬼の気配が遠ざかる。大きく煙を吐き出す。

周囲の喧騒のように、ザラザラと頭の中にノイズが走る。

一度どこかで情報を整理しないと――そんな感覚があった。

そのとき、近づいてきた男が声を掛けてきた。

「あの、すいません」

声の主は短髪の男性。ジーンズに、グレーのTシャツ。背は俺より少し低い。年齢は――30代と踏んだ。

「はい?」

「火を貸して貰えませんか?」

「ああ、どうぞ」

ライターを差し出す。受け取った男の左手――中指の金の指輪が、鈍く光った。

「観光ですか?」

男はライターで煙草に火を点けながら、チラッとこっちを見る。

「ええ、まあ」

「島はいいでしょ?」

ライターを受け取りポケットに仕舞う。

「地元の方ですか?」

「そうですよ」

男は吐き出した煙越しに軽く会釈をした。

ちょうどカップルがやってきて、男との会話はいったん途切れた。

ふと、ふたりの話し声が耳に入る。

「そういえば、また影の男がでたらしいぞ」

「そうなん」

「ああ、黒い影をまとった男を見た途端、スーッと消えたって」

「え?やだぁ」

「見たのは朝方や夕方らしい……」

そのとき、隣の男が、微かにフッと笑った気がした。

「どうも…」

軽くお辞儀をして、男は人ごみに紛れていった。

煙草を灰皿で消しながら、吐息交じりの煙を吐く。

どこか、言いようのない警戒感だけがあとに残る。

普段から人と距離を置いてきた自分にとって、

こういうふうに、初対面の相手に声をかけられることなんて滅多にない。

滅多にないからこそ――胸の奥に違和感が引っかかっていた。

気がつけば、カップルの話題はもう別のことに移っていた。

「あの、すみません」

カップルに声を掛ける。

二人は口と手の動きを止め、同時にこちらを振り向いた。煙草の煙だけが、ゆらゆらと動いている。

「ちょっと聞こえたんですけど、さっき“影の男”を見たって話、してませんでした?」

「ああ、ちょっと耳に挟んだだけだけど、あんた誰?」

男の方が眉をしかめている。

「あ、ええと――『歴史の道』って雑誌の取材で来てまして。こういう都市伝説っぽい話、追ってるんです」

「ふーん」

「あ、私読んだことある!」

女性は目を丸くしていた。

「それで、さっきの話なんですけど、本当のところどうなんです?」

「……ああ、黒ずくめの格好だったって。見た人が『あっ』と思って目を逸らした瞬間、もう消えてたらしい」

「へえ……どのあたりで目撃されたんですか?」

「重岩とか、宝樹院とか……そんな事を言ってたかな」

男性は左右に首を傾げながら煙草を咥え、短くひと息、煙を吐き出す。視線は空を見上げているが、どこかうさんくさげな色がにじんでいた。

「なるほど。目撃された方の連絡先とか、分かりませんかね?」

「だからさ、聞いただけだってば……」

少し顎を引いてこちらを見上げるようにしながら、煙草の先を指先で弾いた。苛立ちが言葉よりも先に伝わる。

「ちなみに、どこで?」

「……あんたもしつこいな」

男性は明らかに機嫌が悪そうに眉間に皺を寄せた。左手が無意識に、ポケットの中で小さく動く。

「すみません、つい仕事モードで」

俺は無意識に中指で眼鏡を押し上げた。

男性は煙草を咥えたまま、小さく鼻で笑った。

「さっきトイレに行ったんだけど、そのとき男たちが話してたんだよ……俺は個室にいたから顔は見てないけど」

「なるほど、ありがとうございます」

男性は煙草を灰皿に押しつけ、灰が小さく弾ける音を立てた。わずかに深いため息を漏らしてから、女性の手を軽く引く。

「たぶんね、頭がちょっと薄い感じのおじいさんと、白髪まじりのおじさんやったと思う」

女性がさらっと口を開いた。足取りを合わせるように、男は一瞬だけ立ち止まり、横目でこちらを一瞥する。

「私、彼のこと外で待ってたんやけど、そのふたりしか中に入って行かなかったし」

「そうでしたか、ありがとう」

女性はニコッと笑い、男に手を引かれてそのまま人ごみに紛れていった。

男が二人ね。

どういうことだろう。まさか本当に影の男――カゲヌシがいるという事か?

ポケットに手を突っ込み、煙草を取り出す。ライターの火が揺れて、指先にかすかに熱を伝えた。

咥えた煙草に火を点けながら、胸ポケットからスマホを引き抜く。

小さく息を吸い、苦味を肺に落とし込んでから、男に噂の真偽を確認するためのメッセージを送信する。

境内では撮影スタッフが忙しなく動いている。

今朝の飛田五月。

さっきの指輪の男。

影の男の噂。

何か騒々しい。

思考の糸をつかもうとしても、手のひらでほどけていくような感覚。

煙草を口に戻しながら、眉間に軽く皺を寄せた。

整理するどころか、混線の様相を呈してきた。

口をすぼめ、くぐもった息をゆっくり吐き出す。

白く濁った煙が空へと溶けていった。

その中の一つをまずは、ひも解いてみる。

記憶のどこかに置き忘れてきた――

時の埃を払うように、あの想いを光にさらしてみる。

何の前触れもなく視線がそちらをとらえた。人ごみの中、まるで灯台のように。

目が合うと、にこっと笑う。

煙の向こう側で、文菜が小さく手を振り駆け寄ってきた。

煙草を口から外し灰皿で静かに火を消した。

曇天の空の下、その姿は誰よりも、はっきりと――鮮やかに見えた。

お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

感想やご意見ありましたら、お気軽にコメントしてください。

また、どこかいいなと感じて頂けたら評価をポチッと押して頂けると、励みになり幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。