表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四方総界縁起  作者: くろよ よのすけ
8/100

08.内儀

 月の光すら朧げな夜が支配する世界、『崩界ホウカイ

 その世界における最上、最大の権能を持つ一族、『ナイギ』

 

 光は無く、空気は淀み、命は育まれることなく闇に溶け落ちる世界と世界の狭間に存在するこの場所に、外界から一人の戦士が帰還した。

 仮面をかぶった女だ。

 体中に様々な傷を負いながら逃げ帰って来たことは目に見えて分かった。彼女は期間と同時に気を失い、次に目が覚めた時には見覚えのない場所だった。

 立ち上がろうにも身体を動かすことは叶わず、用意された椅子へ縛り付けられて座らされていた。

獣を模した仮面は外されており、その姿は傍目から見ればまさに処刑を待つ死刑囚に他ならない。


「——————」

 広い空間だった。

 屋内なのは間違いない。闇に融けこんではいるが薄らと柱のようなものが見える。目の前には影となっていてよく見えないものの、木造の…まるで舞台のような場所だった。そして、その中央に備え付けられた玉座と思わしき造型の座。

 だが座する存在の無い玉座は闇の空白を維持しており、目を凝らそうとも何かを掴みとることはできない。

「ここ、は……———」

 光よりも闇を目にすることの方が圧倒的に多いこの世界においてさえ、ここはあまりにも闇が色濃く滲み、総てを呑み込もうとしている。

 これほどに闇の深い場所はまずお目にかかれない。視界に映るものを見た瞬間に理解することは『崩界』の住人であったとしても難解なことだった。


 彼女も同様。傷ついたままの身体では、目覚めた瞬間自分がどこに存在するのかを把握することはできない。

 痛みでぼやけた頭で自分が強制的に座らされていることを理解するのが精一杯。夢の中に囚われているとさえ認識しようというもの。

 だが———


「起きたか」

 声は老齢の男。

 その言葉が耳に届いた瞬間、意識は完全に覚醒する。汗が吹き出し、この後に自分を襲う結末を予期した体からは震えが止まらなくなる。

「…きっ、期待に応えられず、大変も、申し訳ございません……っ」

 初めに口に出した言葉は謝罪だった。

 それも恐怖に震えながら発せられた、戦士としてあまりにも情けない言葉。

 男の声は静かながらに力強く、今いる空間を意識せずとも威圧しながら響き渡る。

 彼女は恐怖に心臓を潰されそうになりながらも男の方へ向き直る。だが椅子に強制的に縛り付けられたことによって動かすことができるのは頭のみ。

 影に隠れた男の姿を瞳に写すことはできない。

 だが記憶の中にある男であることに違いはない。弱者の命に対する認識が違うのだ、何も為せない存在を生かしておく必要性がなければ問答無用で斬るだろう。


 唐突に投げ込まれた状況に恐怖、焦燥、絶望、いくつもの負の感情がないまぜとなった彼女の表情はお世辞にも真面とは言えない。

 あと少しの間、この場所へ放置すれば一日とかからず死へ到達することが分かってしまうほど、彼女は自分自身の未来というものを諦めている。

「何一つ……っ、結果を残すこともできず———っ、帰還するという失態を———」

「言い訳を聞くためにここへ招いたと思うのか」

「いえ…っ、いえ…。そのようなことはありません決してっ、けっして!」

 恐怖からまともな返答すら困難、歯の根も合わぬ中では何も返すことはできなかったろうが。

 

「聞かれたことに答えろ。貴様は何か勘違いしているようだが、前提として貴様に何かを期待していたわけではない。何も為せなかった程度で処断されるということ自体が思い上がりも甚だしい」

「——————」

 期待などない、実力も、思想も、何もかも。この男はそういうものだ、自身の重んじる、彼のみが知るナニカ以外に対して特別な感情を向けることは無い。

 言い訳ではない何か、彼にとって必要な情報を聞き出すために男は問う。

「何があったかだけを話せ、お前の知りえたことを全て」

「は、い……」

 

 そして、彼女は震える声で、時折息を詰まらせながらも話し続ける。

 “アチラ”の情景、“巫女”の存在、“ラゥルトナーの男”への敗北。

 自身が体験し、認識したことのすべてを口にする彼女の姿は命乞いをする捕虜といったところか。自身の持つ情報の価値によって延命を図ろうとする、死の間際に見る蝋燭の揺らぎ。

「これ、で……。全て…です———。敗北の後、ラゥルトナーの監視が甘くなった時、を見計らい…、帰還……っ、逃亡、を……」

「…………」

 体験したことの全てを嘘偽りなく、ありのままに話し終える。

 まさに何一つ成し遂げられなかった哀れな戦士、むしろ侵入者としての存在を知られたことによって、ラゥルトナーへ対策を取らせることになる悪手でしかない。

 

 ゆえに、処断は免れない。

 一族の大望成就、その先兵として選ばれながら成し遂げられたものは何一つないのだから。

「お許しを…っ、……“レイガン様”…!」

「………」

 レイガンと呼ばれた男、『レイガン・カダス・ナイギ』は何も答えはしない。

 初めに言葉を発した時と何も変わらず、ただそこに立つだけで周囲を威圧し、思考そのものを読み取ることもできない異次元の存在でしかなかった。

「……ぁ、…っぅ—。…おねがい、しま…す……」

 次元が違うというのなら命乞いすら聞き届けられることは無いのだろう。そのことを頭だけでなく心を満たす絶望によって理解しきっているというのに、その瞬間があまりにも恐ろしくて不格好な命乞いをしている。

「………」

「———っ、レイガン……さま———?」

 だが、レイガンは何も答えない。ただ思考し、己の世界へ身をやつしているだけ。もはや会話が成立することは無い。


 人が神の声を聞くことはできぬように、虫が人の声を理解することはできぬように。この場にあるのは死へ向かうまでの目に見えぬ執行猶予。終わりが来るまで死刑宣告が毎秒毎に突き付けられ続けているに変わりない。

(もう……ダメ………か)

 どうせ死ぬのなら意識を失っておいた方が楽だ。彼女の知るレイガンという男ならばわざわざいたぶることも無く殺すことは分かっている。

 終わりを目にすることなく、苦しむことなくこの場を離れられるならばそちらの方が良いに決まっている。

 そして、彼女が諦めて目を閉じようとした時、その声は放たれた。


「おいおい旦那、可愛い女の子をいじめるもんじゃないぜ。ヌイちゃんが怖がってるじゃねえか」

「ぇ—————」

 椅子に縛り付けられた彼女の身体に腕を回しながら現れたのは若い男だった。

 声を上げるまで気づくことの無かった存在、軽薄そうな声。何とか彼の顔を見た時に映る表情は声と同様に、心からの笑顔かどうかは疑わしいものだった。

 一目でわかるほどにレイガンと正反対。容姿、性格、心情から全てが異なるナイギの男達。その彼らがなぜかこの場に集まっている。

「いやぁ、キミみたいな可愛い子との出会いがこんな形になるだなんて本当に残念だ。本当なら笑顔のキミをお茶に誘うんだが」

「……ユー、リ…さま」


 彼の名はユーリ・ナイギ。

 ナイギ家の若き才覚、次期当主となるはずの男だった。

「うぅーん、ヌイちゃんに名前を覚えてもらえてるとは光栄だ、ただその話はあとにしよう。レイガンの旦那はどうにも顔と頭が固くていけない。仕事だけが生きがいだなんてオレには理解できないね」

 そこまでユーリが口にしたとき、ようやくレイガンが閉じ切った口を開いた。

「……ユーリ、お前の信条など知ったことではない。今重要なことは『総界』にラゥルトナー家の存在を確認したこと。そして、その排除だ。その女のことこそどうでもいいことに他ならない」

「まったくダメだねなっちゃいない、全ての女はオレに奉仕することが幸福だ。その女たちを苦しめるような真似をするというなら旦那。オレはアンタを殺すぜ?」

「できるものなら、と返しておこうか。若造」

「……っ、———」

 ただ二人の人間が会話しているだけだ。それだというのに空気は一変する。

 それまで一方からだけで済んでいた圧力がぶつかり合い、軋み、歪む。周囲に溢れる闇を攪拌しては濃度を引き上げていく。

 ただこの場にいるだけの自分の心臓が握り潰れそうな圧力に見舞われる。言葉は出ず、指の一本でさえ動かすことに死を想起する。

 死んでしまった方が良いのではないかと、心の底から認識してしまうほどに。


「そこまで。待たせたようだな」

さらに現れた男の声、柔らかくも真のとらえどころのないその声は、霧のように揺らぎ、幻なのではとさえ思うほどにあやふやなものだった。

「………、お待ちしておりました」

「おやおや、ご当主がお出ましとは。こりゃまた珍しいこともあるもんだ」

「………、———っ…、っはぁ……はぁ………」

 押しつぶされる感覚から解放され、空気を求めて止まりかけていた呼吸が再開される。

「はぁ……はっぁ…」

 何とか呼吸を正常に戻しながら新たに現れた男、ナイギ家当主の声がする方へ目を向ける。

 その男は正面にある舞台、その中央にカタチどられた玉座へと座していた。

 ナイギ家当主、名はホロウ。『ホロウ・シン・ナイギ』という。


 しかしその姿を知る者はほとんどいない。

 誰の前にも姿を見せることは無く、その姿を知る者はナイギの血を引く者の中でも上位に位置する者達のみ。

 それがレイガンであり、ユーリ。

 彼女の、ヌイのような末端の存在では生まれてから死ぬその時まで声すら聞くことは無く、姿を目にすることがあればそれは奇跡とも言うべき『崩界』の頂点に座する者。

 幻想に身を堕としたと言われる冥界の主。

 ———それが今、自分の目の前にいるという事実についていけない。


「あぁ、それが『総界』に向かわせたという者か」

「は…、先日戻りました」

「聞いてくれよご当主、レイガンの旦那ときたらヌイちゃんをいじめてるんだぜ? 部下を……いや女をもっと大事にすべきだとアンタからも言ってくれよ」

「…ユーリ、ホロウ様に対する口の利き方を知らんらしいな」

 ユーリの言葉に再度、死を想起する圧力が発せられようとする。しかしその行為はホロウの言葉によって寸前で霧散した。

「かまわない、ああ構わないぞレイガン。それこそがユーリだろう、そうでなければユーリではない。そして同様に忠を尽くそうとするお前の姿に安堵するよ、レイガン。それでこそのレイガンだ。久しぶりの現界、さて変化が起こっているかと思ったが、クハハ……どうにも杞憂だったらしい」

「は、ホロウ様のおっしゃる通りに……」

「ったく、真面目も極めればこうなるかね。でだ、旦那に呼び出されてここに来たが、まさかご当主が出てくるとは知らなった。ヌイちゃん、何も成果がなかったんだろう? まさかそのことを罰する程度の事でアンタが出てくるわけもないしな」

「———」


 何が起こっているのか理解ができない。

 簡単な任務だと聞かされていた。少女と思しき存在を連れ去るだけ。

 いや、ラゥルトナー家の守り人が存在する可能性がある以上戦闘は避けられないとも考えていたが、それでもあの世界においては実力差を無視できるとも思っていた。


 彼女が任務において向かった先、『総界ソウカイ』において、『崩界』の住人が使用する『四方界』の性能は極限まで弱体化を受ける。

 そしてそれは、より強き者であればあるほどに効果は大きく、弱ければ弱いほどに効果も小さくなっていく。

 先兵として彼女が選ばれた理由はそれだけだ。

 『総界』に行くことができる程度の実力はあるが、弱体化すら受けることの無い素の実力の低さ。単なる捨て石に過ぎないはずで、先ほどレイガンが言ったように期待すらされてはいなかったろう。

 だというのに、この場にはナイギ家を担う者達。努力を重ねて生き続けた先でさえ出会う事さえないはずの者達が集まっている。

「なぜ……、です…か?」

 知らず、声が出ていた。

 それはユーリというこの場において、仮初めかもしれないものの彼女自身を守ろうとする存在が現れたからか。決して出会うことのできない者達を前にした高揚か、絶望か。

 だが、死ぬにしても生きるにしても、知りたいと思ったのだ。

 彼女が向かった任務の意味、それが何を成し遂げるためのものなのか。


「そうだなぁ、これって言ってもいいのかい旦那?」

「無論、否だ。その娘が知ったところで如何とする、何も変わりはしない。『総界』に向かおうとも何も為せぬことは証明された。そも生かしておく必要もないというのに、だ」

「———っ」

 ホロウの登場によって抑えられていた剣呑たる圧力が再度漏れ出す。

 ほんの少し漏れ出しただけで感じる圧倒的実力差。自身がどれほどに練度を高めようとも手の届かぬ、研ぎ澄まされ老成された心技体。

 ユーリにのみ向けられていた時でさえ呼吸が満足に行えなかったのだ。それがただ一人に向けられるということは言動全て、思考の奥底までのぞき込まれ、さらけ出されているかのような錯覚を覚える。

 だがその中でさえ若きナイギは怯むことなく、軽薄な態度はゆらりゆらりと殺気を躱し続けている。


「ははは、いやぁ旦那も年取って頭が固くなったらしい。年的には娘みたいなもんだろう? もしくはデカい孫だ。そんな子を脅して怖がらせようってのは———」

「ふん…っ」

 何か固いものが弾かれたかのような、澄み切った音が響く。

 どこか遠くで飛んで行ったものが地面に落ちる音が耳に届いてようやく気付いた。


「………ぇ?」

 思考に肉体が付いて行っていない、息が漏れだす瞬間に紛れ込んだ疑問の声。

何が起きたのかは理解できていない。第一、何かが起きたことすら、終わってから気が付いたのだ。

「何のつもりだ、若造」

「ジジイよりも女を取るってだけだよ旦那、アンタみたいなのは気にくわない。んなことはアンタも知ってるだろう?」

「さてな、興味がないと言っておこう」

「……………」

「……………」


 何も理解できぬまま、台風の目に据えられている事だけが分かってしまう。

 任務失敗による処断であろうとも、帰還に対する賛辞であろうとも何でもいいのだ。ただ状況を把握するための切っ掛けがあればいい。

 だというのに、何一つ与えられることなく自体は進み続けている。このまま延々とこの場に捕えられ続けるのかと、絶望が急速に胸を侵食し始める。

 しかしその中でさえ唯一変化を起こさぬ幻想の主、元から霧のようであった彼の存在がハッキリと揺らいだ。

「ぁあ、此度もこれで限界か。もう少しお前たちの戯れを見て居たかったが…仕方ない、後のことは任せる。好きにすればいい」

「なんだよ、こんなところまで来たのに何の話も進んでねえぞ」

「時間を無駄にしたのは貴様だろう。黙っていれば済んでいたことだ」

「クハハハ、まったくお前たちは何も変わらないな。だがそれでいい、さて次に会える時を楽しみにしていようか———」

「………」

 完全に言い終わる寸前、玉座の上にあったはずの存在は風に流されたように掻き消えた。刹那の幻想、本当に存在したのかどうかすら自己の認識が怪しくなるほど自然に、不条理に消え去った。


「あれは———」

「うんうん、ヌイちゃんは良く分からなくていいさ。さてご当主が消えたんだったらもういいだろ? この子はオレが貰ってくぜ」

「は…っ? ユーリ様、一体何を…」

 唐突な宣言に思考が追い付かず言葉も詰まってしまう。

「好きにしろ、私には関係の無い話だ。どうでもいい」

「おや、てっきり無能は殺しておこうとでもいうのかと思ったがな」

「初めから期待もしていない存在だ、一度の失敗で殺していては後が尽きん」

「———、それは……」

 何も為せず、ただ逃げ帰ってきた自分を顧みる。

 役立たずの無能、これから先に貢献できるかどうか。いや、貢献するための機会を与えられるかどうかすら怪しい。

 そして、最後の機会を得ることのできる機会こそ、この瞬間にしかありえない。

「レイガン……様っ!」

「……」

 放てる限りの全開、例え視線だけで心臓が止まるほどの実力差があれ、この先のことが分からぬ以上この場で力を振り絞らねば未来はない。

「…私に、私にもう一度機会をお与えくださいっ。次こそ、次こそレイガン様のご期待を叶える活躍をこそしてみせますっ!!」

「ふん、……何かと思えばそのような———」

「いいねぇ気に入った! なんだなんだヌイちゃん、力ない子犬かと思っていれば飼い主に噛みつく度胸があるじゃないか。実に良い!」

「その娘が何時貴様に声を放った。決めるのは私だ」

「……っ、何卒…っ、何卒お許しください。例えどれほど血が薄かろうとも、ナイギに連なるものとして、ラゥルトナーに受けた屈辱を晴らせねば生きることに意味はありません!」

「………」

「レイガン様にその気がなかったことは分かっております。しかしかつてこの矮小なる命を救っていただいたことに報いたいのです。ですから、どうか…、どうかお聞き届けいただきたい……っ!」

「何度も言わせるな、…どうでもいい。そう言った」

 そう言い残し、レイガンはこの場を去っていく。

「…ぁっ、レイガン様———っ。お待ちを———!」

 言葉をいくら放とうとも底の見えぬ暗闇の中を薄く反響することなく、溶け落ちていくのみ。もうレイガンの背を瞳に写すことさえできはしない。

「……く———っ、これで、私は……」

 何も為せず、死んでいくのか———。


「はっははは———。あぁ、最高だな」

「ユーリ様……。もう、私などに構われる必要もありません」

「あん? いやいや、貰ってくって言ったろう? さっき」

「……、は?」

「だからさ、旦那はあんな偏屈爺さんだ。その上やけに強いから手に負えない。だからどうだ、オレのところに来いよ。強く美しい、その上でオレに傅く女であれば誰でも無条件で招待するぜ?」


 彼女の前まで移動し、両手を広げて“招待”を表すユーリの表情に裏はない。そして彼女自身も彼の普段の素行と言うものは噂で聞いている。

 曰く、女を囲い奉仕させる堕落した戦士。次期当主の面汚し。

 聞こえてくるのは、おおむねこのような内容。ナイギ家に仕える者であればだれもが知る悪い意味で有名な男だった。

「……ユーリ様、そのお言葉をかけていただけるのは…嬉しいですが、私は戦士です。例え弱くあろうとも、その心を失うわけには……、いかないのです…」

「ああ、だから気に入った」

「———っ!?」

 

 瞬間、彼女を椅子に縛り付けていた力から解き放たれる。

「これは……」

 自由になった手足を見つめ、目の前に立つユーリに対して膝をつく。

「感謝します…、ユーリ様。しかし私は貴方様の元へは……」

「それは後でいいさ。それはともかく、また行くんだろう?」

「…しかしレイガン様は———」

「どうでもいい、っつったんだ。旦那がそういう時は本当にどうでもいいのさ。行こうが、行くまいがな」

「———それでは…」

「行きたきゃ勝手に行けってな。けどアレだろ? ラゥルトナーの小僧に負けたみたいだが、次は勝ち目あるわけ?」

「…それは、……しかし勝ちます。何としても勝利し、ナイギ家に貢献する事こそ私の生きる意味です」

「言うねぇ。それなら手を貸そうか、これを上げよう」

「手を?」 

 渡されたものは手の内に収まる、楔のようなもの。手触りは艶やかで大理石のようだった。光を吸い込んでいるかのように黒いそれは何に使うものか、一目では見当もつかない。

「これは一体……」

「なぁに、ヌイちゃんのお手伝いだよ。ヌイちゃんが使う『四方界』の『領域条件』って影だろう? それを広げる為のもの。それともう一つ、ほら、顔上げてみて?」

「は、はぁ……ありがとうございます。

か、は……っ、ぐ、ぁぁあ!? が、ああああ————?!」

 

 顔を上げた瞬間、胸に何か細いものが突き刺さった。

 胸の中心からは激痛が奔り、痛みは根を張るかのように全身へと隙間なく拡がっていく。

「——ぐぅぅっ、これ…はっ?!」

「なぁに、オレからの“機会”だ。運が悪けりゃ死ぬだろうが、耐えきればそれなりに良いことが起きるぜ? ヌイちゃんは『総界』に行ける程度には適性があるとはいえ難しいかもなぁ。なぁに大丈夫。君は強いから、きっと立ち上がれるよ」

「ハァ——っ、げふっク……、ぐ…あぁぁアアア———ッッ!」


 絶え間なく息つく暇さえ与えられず、強制的に痛みを押し付けられている。際限なく、遅滞なく、灯りさえない暗闇の中で終わりの時が訪れることは無い。

 唯一見ることのできるのは自分の身体と、変わらず笑みを浮かべ続ける次期当主の名を持つ男だけだった。


本作の敵組織である『ナイギ一族』です。

『崩界』と呼ばれる下層の世界に生き、呪われた血筋を引き継いだ者達であり、永い時を掛けて『纏界』と争ってきた経緯があります。


任務の失敗、加えて期待されていないと断言され、前途多難な状況に置かれたヌイちゃんですが、さらに変な男の部下になってしまったため、ヌイちゃんには頑張ってほしいです。


本作は登場キャラ自体はそれほど多くないため、この辺りまでのキャラで話が進みます。

この辺りの話を書いている際、プロットにないキャラを何も考えず追加したせいで全体が長くなってしまった経緯があります。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ