09.一夜を仲良く越すために①
「そうだヨナ。これを返そうと思っていたのを忘れてたんだった」
「ん……、なんだこれ?」
リア襲来という、少なくとも俺とシエに対しての大騒動を引き起こした翌日の早朝。
今も忙しなく働いている、シエの作った飯を上品に平らげた女は先日のことを悪びれる様子も無く、何か小さな物を手渡してきた。
「返すって、第一こんな箱は知らん」
「それはそうだ、預かったのは箱ではなく中身だからね」
手に取った箱は軽い。中には小さく固いものが入ってるみたいで、振ると木の蓋を叩く音が聞こえてくる。
「中身って言ってもな…。そもそも、お前に預けたもので返ってきたもの自体がないだろ。返ってきたところで壊れてるか、どこか足りないかだ」
「ほう、そんなことは無いよ? ワタシはちゃんと借りた時のままの状態で返してるもの」
「あほう、忘れたからとペンを貸せば先が潰れて? ふと稽古したいからと剣を貸せばどっか遊びに行って消え去った、なぁんてのたまうのは何処のどいつだよ」
「うーん、ワタシの可愛いヨナをいじめるとは許せないなぁ、一体何処のどいつだろう? 懲らしめてあげないと」
「オマエな……」
まったくもって反省の余地なし、優雅に食後の紅茶を楽しむ姿はまさに金持ちの令嬢にしか見えない。っていうかその通りではあるんだけどさ。
それはそれとして……
「結局この中身なんなんだよ。いやその前にここに来た理由とかも聞いとかないと納得できな———」
「開けてみれば分かることじゃない? まさか怖かったり? フフ…可愛いところもあるじゃないヨナ」
「言ってろ。わざわざ言われなくても開けるさ…」
とはいってもな……、コイツからのプレゼントでマトモだったものなんて、かすかに覚えてる中でも数えるくらいしかないんだぞ。何が入ってるか用心するに越したことは無いだろ。
「……ネックレス?」
ふたを開けると、小さな銀の十字架があしらわれたネックレスが入っていた。持ち上げてみると別に首紐が短すぎるってことも無く、実にマトモな“贈り物”だった。
「遅くはなったけど誕生日プレゼント、此方に来る前に渡そうと思っていたが間に合わなくてね。大事にしてほしいな。一品物だから」
「………」
「おやおやどうしたの、感激のあまり言葉も出ないのかな? ふふ、いくら素直じゃないとはいえ純粋な好意に対しては心が揺り動かされると照れちゃうな」
「ああ…そうだな、ありがとう。たださ———」
「うんうん、どうしたどうした? 早く感想を言ってみるといい」
表情全てでどや顔を披露しながら、サプライズにご満悦なところ非常に悪いんだが。
「俺の誕生日、多分夏じゃないぞ」
「あー……、——————ふっ、そうだったかな?」
「忘れてただろ」
「まさか」
「憶えてなかっただろ」
「そんなわけない」
「実のところは?」
「シエ、お茶のお代わりを頼むよ」
「あっ、はいリア様。この洗濯物を干してしまいましたらすぐに準備いたしますね。ヨナギ様も飲まれますか?」
「誤魔化すなっ。そもそもお前が来たせいで俺もシエも混乱してるんだ。…ああ俺のも頼む」
「はい、それでは少々お待ちください」
一人忙しそうに働くシエが俺とリアの間を行ったり来たり、どうにも緊張感が欠ける状況に怒り続ける気力は急激に風化する。
「まぁ…いいや。これはありがたく貰っとく、こんなもんを貸した覚えはないけどいいものが戻ってくる分には問題ないしな。ちなみに誕生日はたしか、…冬じゃなかったか?」
「どうだったかな?」
「……まあ、いいか」
「そだね」
取り合えず箱に仕舞い込み、人の誕生日を季節単位で間違っていながらもなお余裕を醸し出すリアの精神構造は謎に尽きる。
ここに来たこともそうだし、その前にシエを寄越してきた時点でコイツの思考が理解できないけどな。
「第一、何かあった時の為にここには俺だけが来たんだ。それなのにシエを送り付けてくるてのは本末転倒だろ」
「リア様、ヨナギ様。お茶をおいれしました、ご賞味ください」
頼まれたことをしっかりこなしてくれてるのは分かるんだが、綺麗に話の途中に入ってくるから緊張感と言うものが皆無だな。
「うーんいい香りだ。シエがいないのも少しの間だけだったけど、やっぱりコレじゃないと落ち着かない」
「うん、美味しいよ」
「お褒めの言葉ありがとうございます。こ、これからも努力いたしますっ」
頬を薄く紅潮させ、背筋をビシッと正すシエはどうにも怒れない。というか褒めてやりたくなるくらい。
…こんなこと言ってるとまた皆方に『シエに甘い』などと怒られそうだが。
「とはいえだヨナ。ワタシも此方に来て早々、口には出来ないんだよ。何事にも段階というものがあるものでね。それはヨナが彩音に対して考えていることと同じものじゃないのかな?」
「……お前」
コイツがここに来たのは昨日のことだ。一人での生活能力がゼロに等しい上、この街には頼めば何でもしてくれるホテルなんてもんがない以上、ほぼ間違いない。
それだっていうのに、俺が此方に来てからの、どこからどこまで把握してるんだ。いや、それ以前にどこまで分かってて俺を寄越したんだ。
「なあリア」
「うん? なにかな、ヨナ」
「お前、どの程度見え——」
「ヨナギ様。お話の途中申し訳ありません」
「てた———、ん? どうした?」
パタパタ忙しそうに働いていたシエが寄ってきたかと思うとその手には電話。携帯電話と言うものを持たない我が家において唯一の連絡手段。
連絡とるのは皆方くらいだけどな。
「皆方からか?」
「はい、ご用件自体は私でも構わないとのことでしたが、やはりヨナギ様本人とお話しされるのが確実かと思いまして」
「気にしなくてよかったんだけどな。それに……」
「~♪」
鼻唄を小さく奏でながら、テレビを見てやがった。俺の質問には答えるつもりがないのは良く分かったし、興味はすでにアッチに向いてるらしい。もうこっちには見向きもしてないときてる……猫かよ。
あとソファに寝転ぶの止めろ、下着がシャツの隙間から見えてるんだよ。いや、もうなんかどうでもいいや。俺は別に気にならないし。
「はぁ…、分かった、出るよ。えっ、と……この光ってるところ押せばいいのか…? あぁ保留ってそういうことか、なるほど」
シエから電話を受け取り、点滅するボタンを確認。なるほどこれを押せばいいわけだ。
電話自体もこの家で目覚めた時から置かれてはいるが、使う機会がなさ過ぎていまだに使い方が良く分かっていない。まずかけてくる相手がいないし、かかってきたとしても例外なく皆方からだけ。
そして、今回も例外はない。
「もしもし?」
「あ、もしもし夜凪くん? ごめんね急に電話しちゃって」
「そりゃあいいけどさ。何かあったか?」
俺とシエの仕掛けた結界に反応はないし、皆方も切羽詰まっているわけでもなさそうだな。まぁ何かしらの用事ってとこか。
「うん、実はお買い物に行くんだけど一緒に来てくれないかなって」
「それ……、本当に俺が行く必要あるのか? ああいや、一人じゃ運びきれないとかならいいんだけどさ」
「む、まぁた夜凪くんが面倒くさがってる気配を感じる」
「事実だろ。ここで断っても現場でかち合う可能性があるのが実に厄介だ、アイツの存在は間違いなく俺にとっての厄介でしかないことが分かった」
「? アイツってリアさんの事? もうダメだよ夜凪くん、育ててくれた人にそんなこと言っちゃ。それと現場でかち合うって?」
「俺の方も買い物に出るつもりだったからな。断ったくせに向かった先で顔合わせたら何言われるか分かったもんじゃない」
「なるほどなるほど。……ってどっちにしても面倒くさいんじゃないのっ、もうそんな風に言われるだなんて心外だわ、なぁんて…クスクス」
「だから最初に聞かれた時にはそう言って———。って笑うなよ」
受話器越しに聞こえる笑い声、電話するたびに同じようなやり取りだってのに皆方としては楽しいものらしい。俺には、良く分からないけどな。ああ、分からないね。
「それで? 面倒くさがりの夜凪くんは結局一緒に行ってくれるのかなー?」
「あー……」
「あー……、じゃなくって! え、まさか本当に断るの?! この流れで?! そ、それはちょっとあまりにもあんまりだよ夜凪くん! あそこまで自白しちゃったんだから諦めて着いてきてよ!」
逆に考えろ皆方、別に断っても大丈夫だと思ってたからあそこまで自白したのだと。つまり、目的の決まってる買い物なら一人ないし、シエと二人で静かにさっさと済ませたい。
「とはいってもなぁ…、どうせ今日も来るんだろ? それならわざわざ朝っぱらから顔合わせなくてもいいんじゃないか?」
「よーくーあーりーまーせーんー! そんな風に言う悪い子はヨナ君って呼んじゃうからね!?」
「それは止めろ、ただでさえアイツに呼ばれてるので嫌なんだよ。第一下の名前で呼ばれること自体が———」
「はい、ちょっともらうよ?」
「ん? っておい」
電話口に抗議の声を送っていたら後ろからヒョイと電話を取られた。誰にかって? この状況で取るのはリアしかいない。俺はそう思ったし、事実振り向いた先ではその通りになっていた。
「ふふんっ、ああ彩音かな? ワタシ、リアだよ。昨日は美味しい夕食をありがとう。
……うん? ははは、そう言わないであげて。あの子も初心なのさ、イジワルなことを言えば気を引けると思ってる」
「ねえよ、ってか返せ……ぐ、この」
腕を伸ばして電話を掴みとろうとするが、俺が攻撃してこないのが分かってるせいかのらりくらりと躱され続ける。クソ、コイツ相変わらず手足が長ぇ。俺の手が届かねえ。
「ああ、それじゃあ精々引っ張りまわしてあげて、ん……? フフ、なぁにワタシとしては好きにしてくれて構わないさ。彩音かシエなら今すぐくれてやってもいいくらいだとも」
「何を好き勝手言ってやがる……! このっ!?」
「ああヨナにはワタシから言っておくから安心してくれて構わないよ。ふふ…、分かっているだろう? こういう約束を破る子ではないよ。過程が不本意だとしてもね」
結局電話を取り返すことなく約束を取り付けられた。心の底から不本意だね! 分かったうえでやってるんだろうけどな。そのことは分かってるけどな!
「一時間後、いつもの場所だって。ふふぅ、仲睦まじそうで羨ましいね。ワタシにももっと素直になってくれればいいのになぁ。ねぇヨナ?」
「言ってろ、この調子だとそんな機会はしばらくはなさそうだけどな」
「……はぁ、どうしてこんなに素直じゃない子になっちゃったのかなぁ? 昔からシエには甘いのに…」
「大体がお前のせいだろ、俺は普通にしてるだけだし、お前はシエに甘えすぎだ。もうちょっと自立しろ」
「おや、ヨナに怒られてしまった。仕方ないから今日は涼しい部屋で大人しくしておくとしようかなー」
電話をこっちに放り投げると、さっき寝ころんでいたソファへ逆戻り。
働く気は一切なし、外に出ること自体まずありえない。アイツの趣味が俺とシエをいじること、だなんて言ってたのはいつの事だったか。
「仕方ないか……」
手に持った電話を元の場所へ戻すとシエを招集。別にアイツも俺一人が行くだなんて言ってない。元々シエと二人で済ませる予定だったしな、二人で向かったとしても何も問題ない。
また甲斐性がないだの言われるだろうが知ったことか。こっちにも事情ってのがある。
「ああ……、そうだ」
「んー? 甘える気になった?」
「アホ、そんなわけあるか。……これ、ありがとな」
時季外れの誕生日プレゼント、アイツの趣味とは思えぬ銀の十字架、質素な首飾り。
アイツには初めて会った夜から手を焼かされっぱなしだが……、まぁ。感謝くらいはちゃんとしておかないとな。
あとで絡んでこられても面倒だし、アイツが選んだにしては……その、好みのデザインだった。
「ふふ…。ああ、誰でもないワタシからの贈り物だ。この世の三番目に大事にしてて」
「なんで三番目……あ、いや言わなくて———」
「一番はワタシに決まってるものね。暑さでとぼけた?」
「……黙ってテレビ見てろ、もう」
「ん~っ、じゃあそうしようかな。あっ、そうだ、シーツは花柄でお願いね」
「……」
コイツ、俺たちが何の買い物行くか分かってたのか。相変わらず耳聡いところは一級品以上だな。
「はぁ分かったよ、何もしないで大人しく待ってろ。どうせ俺とシエがいないと何にもできないんだからな」
「ご主人様に向かってその口の利き方はどうだろう? ワタシに一度も勝ったことがないのに、言うことが大きいところは相変わらずみたいだねぇ」
「チェスの話だろそれ、勝手に言ってろ」
返事を雑に返すと外出用の服を適当に漁る。そうそう変なのを選ばなきゃどれでもいいわけだし、さっさと着替えて———
「ヨナギ様。お召し物はこちらにご用意を」
「ん? ああ」
「今日は日差しが強いので帽子はこちらをお使いください」
「そっか、気が利くな。助かる」
「また直視せずともガラス等の反射光から目を守るためにもサングラスを———」
「あ、ああ……。そうだな……」
「念のため日傘も持って行きましょう。あっ、ご安心ください。こちらは私が持ちますので」
「………」
「それに熱中症予防に飲み物と、…少量の塩分……、後は……」
「なぁ、シエ」
「はい? なんでしょうかヨナギ様、必要なものがあればお言いつけ下さい。すぐ準備いたします」
「……お前は一体何処に冒険行くつもりだ」
「……?」
あれも必要これも大事と取捨選択の“捨”をこそ捨てたシエは持って行ける物全てを担ぎそうな勢いだ。
約束の場所自体歩いて十分程度の場所だし、この辺りにはコンビニもある。そもそもお前だったらこの暑さの中でも動き回っても軽く汗をかく程度の体力あるだろ。
俺だって、弱くなってるとはいえそこらの奴よりは体力もあるんだ。
……だからさ、流石に旅に使うようなデカいリュックサックを持っていく必要はないと思うぞ?
「それでは行ってまいります」
「一人だからって変なことすんな? じっとしてろよ」
「まったく失礼な。ワタシだってそれくらいはできるよ。…行ってらっしゃい、日差しに気を付けてね」
案の定ヨナはシエを連れて行った。予想通りも予想通り、ワタシへの態度は素直じゃないが、行動自体は素直なところは相変わらず可愛い。
「ふぅ…ヨナも行っちゃった。……さぁてさて、ワタシも少しずつ動くとしようかな~」
寝心地のいいソファから身を起こし、冷茶を注いでのどを潤す。
「履歴……、これかな?」
どうにもこういった機械は使い慣れないけどこれくらいの操作なら造作も無い。さて、今回で上手くいくとは思わないが……、その内何かがかみ合うだろう。
ふふっ、まずは何から巡らせようか———。
耳に当てるとコール音が数回、案の定彼女はすぐに出てくれた。
「もしもし? 夜凪くん?」
「ああ彩音。ワタシだけど、少しいいかな———?」
□ □ □
三人で歩いていると、シエの向こう側から顔をのぞかせた皆方が質問を放ってきた。
「そういえば、夜凪くんって携帯買ったりしないの?」
「別に今なくて困ってないからな、買う予定も無い」
「けーたい…、とは……? …糧食でしょうか?」
とぼけたシエは置いておいて、約束の時間通りに到着した俺たちは皆方と合流。まずは皆方の予定を済ませることになった。
周囲を見回してはケータイをいじる人を見つめるシエ、一人で首を傾げたり納得したりしているがちゃんと分かっているモノかね。……念のためその内教えておこう。
「それで、わざわざ俺を呼び出すほどの買い物ってのはなんなんだ? 重い物とかなら送ってもらえたりするんだろ」
「もうまたそんなこと言って。大丈夫ですー、夜凪くんでも持てるような軽いのばっかりだから」
「持たせようってのは否定しないんだな」
「そ、そんなことは全然ないよっ? まさか楽するために呼び出しただなんてそんなわけないじゃないっ。…じゃないっ?」
「もう隠す気も無いなお前。俺も来ちまった以上、別に文句も言わないけどさ…」
そっぽ向いて、口笛を吹こうとしては空気が漏れ出す音が聞こえてくる。
顔は見えないけどほぼ間違いなく暑さじゃない理由で汗たらしてるのは何となくわかる。別に荷物持たせるくらいそこまで気にする必要もないと思うんだけどな。
「でもでも、本当に荷物持ちなんかで呼んだわけじゃないのよ? ほら、今日もお邪魔させてもらうから直にあって夕ご飯のメニューを決めたいなって思ったの。シエも来てくれると思ってたから相談もできるし」
「そんなもん、それこそ電話でいいだろ。俺だってわざわざ聞いてきたならそれなりにちゃんと答えるさ」
何でもいい、だなんて答えたら文句を言われるのはこっちだ。それなら適当でも具体的なメニューを言うってくらいの気づかいはできる。
「へぇ~? なんだか意外だなぁ、夜凪くんだったら“なんでもいい”って言うと思ってた」
「確かに過去のヨナギ様でしたらそういった発言でした。現在は私に一任していただいていますが」
「そう、だったか? よくおぼえてないな」
「そうですね。…昔の事ですから」
「ああ、そうか……。昔の事か」
「? 子供の頃に何かあったの?」
仕方ないが、事態を理解できない皆方は疑問符を頭に浮かべている。聞きたそうな目をしているが、こっちも馬鹿正直に答えるわけにもいかない。
こういう時は話題を変えるに限る。
「さて着いた、さっさと買うもん買って帰るぞ」
「あっ、夜凪くんがメニュー決めるんだから勝手に進まないでよー」
「じゃあ魚」
「冷蔵庫に残っているものは確か……」
買うものならメニューを決めてしまえばすぐに終わる。そう思っていたんだが、少し進む度に立ち止まってはキャッキャウフフと華やかな空気を放出する同行者二人。
おかげで買い物が終わった時には想像よりも三倍の時間が掛かっていた。
「もう、そんなに拗ねなくてもいいじゃない」
「別に、拗ねてるわけじゃない」
「ですが随分と疲れたようなお顔をされておりますし…、一度休憩された方がよろしいのでは……。荷物でしたら私がお持ちしますし」
両手につるした買い物袋。元々皆方の買い物については荷物持ちみたいなもんなんだ。別にこれに不満があるわけでもない。
「いいんだ、後はこっちの買い物だけだからもう終わるしな。ったく、同居人が増えると厄介だ」
「申し訳ありません。私がベッドを使っているばかりに……、やはり私は床で…」
「いいから気にすんな、アイツだってお前を床で寝させるのは止めるだろ」
「は、はい…」
シエの自分の価値を下げる癖はどうにも変化がない。
もっと反抗的なくらいでちょうどいいと思うんだけどな。いや、皆方までいくと困るのはこっちか。
そういえばなんか静かだな、皆方。
「うぅ……」
そう思って目をやると謎のうめき声を漏らしながら顔を赤くしていた。まさか熱にやられたか?
「ん? どうした皆方、また変な声出して。休憩がいるならその辺で……」
「う、ううん?! 大丈夫、何でもないの」
「顔も赤いし水を飲んでおいた方が———」
「ち、違うの! これはそう言うのじゃないから、ちゃんとハッキリくっきり間違いないから!」
「……? それなら、別にいいけど…」
両手をぶんぶん振りながら否定されてしまうと、こっちからはなんとも言えない。っていうか買い物袋受け取っておいて正解だった。持たせてたら中身が悉く飛んで行ったのは間違いない。
その後、皆方の買い物も終わったし、シエと二人で先に戻ってもらっても良かったんだが、せっかくだからと着いてきた。
つっても布団買いに行くだけなんだが。
「一人用、あー……、それなりに上等なヤツを。…出来れば今日持ち帰れる———」
「あれってリアさん用のお布団?」
「はい、最初から置かれていたベッドは二つでして。今は私とヨナギ様が使用しております。ですがリア様がいらっしゃったので、せめてリア様用のモノを、と」
「へえ、リアさんだったらこだわりとかなんだかスゴそう……っ」
「そうですね、出かける直前でしたがリア様からヨナギ様にいくつか注文を付けていたように思います」
「でも夜凪くん、見るからに適当に選んでるよ? あ、戻ってきた」
「とりあえず2、3日すれば送ってくれるらしい。っていうか車も無しに持ち帰りできないっていうのが完全に頭から外れてた。しまったな」
当たり前だが車なんてものは持っていない。それに乗るのにも色々と面倒らしいし、俺が手に入れることは無いだろうな。
気が付いたら日が傾き始めた頃、ようやく帰路に着く。本当なら日が高いうちに住ませておきたかったんだが、女の買い物ってのを甘く見ていた。そういえば昔、リアにも連れまわされたような気がする。
買いもしないのにあっちへ行ってこっちへ行って、何が楽しいのか分かったもんじゃない。
「やっぱりリアさんのだったら良いの買ったの? おいくら万円?」
「ああ…、適当に選んだから良く分からん。金を出すのはアイツだし、俺が使うわけでもないしな」
「そんな適当でいいのー? またリアさんにからかわれちゃうよ?」
「そんなのはいつものことだ、小言が一つ増えた所で変わらん」
「ふふっ、本当に昔からあんな感じなんだ。なんだか面白いね」
「被害者の俺は面白くもなんともないけどな。さっさと帰ってくれればいいんだが……、はぁ———」
思いがけずデカいため息。
口にしたことで、そもそも『纏界』へ本当に帰れるかどうかも良く分かってないことを再認識する。
アイツが例え、“ラゥルトナー当主”という肩書を持っていたとしてもだ。
「夜凪くんも大変なんだねー」
「心が欠片も籠ってないぞ」
「籠めてないもーん」
「お前なぁ…、ったく……」
「あははゴメンゴメン、謝るから拗ねないでよ。ヨーナーくんっ」
「こんの…っ、その名前で呼ぶなっつったろうが!」
「きゃー、夜凪くんがおこったーっ」
「あわわ…、ヨナギ様どうか落ち着きになってください。ああそんなに走ってはお怪我をしてしまいます…っ」
どっかズレた声を背中に聞きながら皆方を追いかける。
「———っ」
その中で、脳裏に刹那通り過ぎる断片的な光景。
『ちょっとー? ちゃんと追いかけないと捕まえられないよー!』
俺が知り、俺の知らないいつかの誰かが同じように走りながら笑っている。
そうか…、二人が来たから色々と変わってたんだと、気付いたのは今更で。
(———何度目、なんだろうな)
胸を締める懺悔と後悔。それはこれからも背負い続けるもので、積み上げ続けるものだ。
『はやくーっ! おいてっちゃうよー! アハハハ———』
目の前の今と消えた今。目の前で重なるたびに鮮明に、そしてすぐぼやけていく。
あまりに眩しい夕日に照らされたせいか。いつか、同じようなことをしたような記憶が陽炎のように揺らめいては、すぐに消え去っていった。
まだまだ、自分の為すべきことの終わりに手が届くまで、先は長いらしい。
根拠も無しに、そう強く感じてしまうほどに。
マンションに戻って最初に目に入ったモノが二つ。
「なんでもう布団があるんだ。しかも二つも」
「知らないの? レンタルだよ。一時的なものであればこちらの方が速いし楽みたいだったから、ようは適材適所という事さ、ヨナ」
「今日中に何とかなるとは思ってなかったわけだ。それなら最初から言っておくべきじゃないのか?」
「二人の事をしっかりと理解してると言ってほしいな。それに準備は早いに越したことはないでしょ、それなら任せておいた方が間違いないし」
確かに、郵送の関係でここに来るまでの誤差を考えてなかったのは間違いない、けどそれでもだ。
「そういうことを事前に伝えることで信頼関係が生まれる。なんて思わなかったのか?」
「それなら何も問題ない、信頼関係ならこれ以上ないくらい築いているもの。伝えようと伝えまいと、ヨナは文句を言いながらも買い物をこなしてくれるし、シエは一緒に付いて行くさ。そこに彩音からの連絡が来たから更にちょうどいいというわけだ」
「ちょうどいい? 何が」
「最初に聞いてきたでしょ? いや二つめだっけ?」
もう聞いた? 二つ目? 何を言って……。
数分前の自信の言葉。口を開いて最初の、いや二つ目……。
「あ、ああ…?! お前、まさか……!」
思い至ると同時、シエと皆方が立つキッチンへと急いで向かう。
「皆方っ、そういえばお前、誰がどこで寝るって話ししてた時に様子がおかしかったな!?」
「う……っ」
ドアを開いて第一声、背を向けていた皆方はビクリと身を震わせると背をまっすぐに伸ばした。しかも様子からしてバレたとでも言いたげ。
「アヤネがどうかされたのですかヨナギ様」
「アイツが何かしら言ったんだろっ。リアに何吹き込まれた、俺は認めないぞっ」
「な~、ななんのことかな~~~?」
「こっち見てしゃべれ、あと声が震えまくってるぞ」
「そう怒るんじゃないヨナ、分かっているだろうが私が誘ったのさ。どうせなら泊まっていけばいい、むしろ住んでしまえ、ってね」
壁に背を預けながら登場するリア。その声は面白そうなことが起こることを期待していて、その顔は面白そうなことを見逃すまいと獲物を逃さぬ猫のよう。
つまり、俺を困らせようとしている。それも酷くだ。
「なんで住ませる必要があるんだよ。毎日来るって言うならそれでいいだろ」
「それじゃ暑いじゃない? 綺麗な肌も日焼けで悪くなるし疲れが出てしまうとせっかくの可愛さがもったいない。それなら始めから共にいた方が色々と楽だし。折角同世代の友人ができたのだから、親交は深めるべきだよ?」
「だからって、俺と皆方が同じとこで寝泊まりするってのは……」
「それはヨナが気を付ければいいだけだし、それとも…、まさか同じ部屋で、ベッドで寝たいと? 人肌恋しいならシエかワタシに言えばいい———」
「そういうことを言ってんじゃないっ! 皆方に誤解されるだろうが! ……はっ!?」
背後からの気配に気が付くと、そこには包丁を持ったままの皆方が立っていた。料理中だったんだから包丁を持っているのは当然だが、せめて下ろせ、な?
「夜凪くんは私と一緒なのそんなにイヤなの?」
「……そういうことを言ってるんじゃない」
「でも、すっごく嫌がってるよね?」
「……だからそれはそれで理由がだな」
「へぇー? それにシエやリアさんの人肌が恋しいんだー?」
「恋しくない、一緒に寝たことも無いっ!」
「そんなヨナギ様、昔はよく一緒に入って寝かしつけてくれたというのに。お忘れでしょうか…? あの頃、ヨナギ様の優しさに私がどれほど救われたか———」
「そうそう、あんなにもかわいがっていたというのに。
それに、ワタシともよく一緒に寝ただろう。眠る前は決まって文句を言うくせに眠ってしまえば胸に顔を埋めて甘えてきていたのに? 覚えていないの? んん?」
「…………」
「……、昔のことだぞ…? 昔の…。あとリアの奴は適当言ってる。ああ、きっとそうだ」
「そっかー、へぇ? そうなんだねぇ」
そりゃあ、眠ってる時のことだから憶えてないが……。それでもアイツの言うことをそのまま受け取るのは危険だってのはお前もすでに分かってるはずだろ。はず、…だよな?
「うん、シエは嘘つかないもんね。昔の事なんだろうね」
皆方は俯き、表情をうかがい知れない。どんな顔をしてるのかは知らないが、声だけは明るいのが不気味だ。
「なぁ。皆方」
「どうしたの、夜凪くん」
「なんで今、包丁を握り直したんだ? しかも両手で」
「刃物だから適当に持ったら危ないでしょ? 料理してるんだから気を付けないと」
「ああ、でも両手で持つ必要はないんじゃないか? しかも刃先を人に向けるのはどうかと思う」
「………」
「……あー、皆方……?」
「……この———」
「えーっと…、悪い。なんて言ったのか上手く聞こえなかった……、んだが……」
「この……、女の敵ぃー!!」
「これまでの流れからどうしてそうなったんだお前はぁーっ!?」
蛍光灯に照らされた銀の刃、包丁が気持ちどす黒く煌めく。
躊躇なく振りかぶった次の瞬間には眼前を通り過ぎ、一歩後ろへ引いていなかったら本当に危なかったかもしれないぞ今のっ!
こっちから手は出せん! 今はただ撤退を———!
「あ、アヤネっ、包丁を持ちながら走り回っては危険です……っ」
「まったくだねぇヨナ、一度刺されてしまえば彩音も落ち着くだろう。安心して、治療は……。ああその前にここは集合住宅だ。あまり大きな音を出すと怒られちゃうかも」
「その前にもっと言う事あるだろうが?!」
「待ちなさいっ、止まりなさいっ! そうすれば楽になるからっ!」
「楽にしてどうするんだよ、死んだらそれこそお終いだろうが!」
「アヤネ、一度落ち着いてくださいっ、ああっ、ヨナギ様っ、お気を確かに…っ!」
「くく…フふふ……っ、シ、シエ、そう慌てなくても大丈夫じゃないかな…っ。これくらいの事ならヨナも経験済みさ。それこそ何回かは殺されてるんじゃない?」
「そ、そうなのでしょうか? い、いえしかし、アヤネの手を血に濡らすわけにはっ。
い、いけませんアヤネ。ヨナギ様と私、リア様が寝ていたことは事実ですがそれは過去の話、今はそれとなくお願いしても共に眠ってはくれないのです!」
「えっ、…夜凪くん!?」
「ホントお前そう言うところだからな!?」
シエの言葉と共に膨れ上がる怒気、いや殺気。
しかたない、今は退避だ撤退だ。家の中に居ちゃ命がいくつあっても足りん。それこそこの場だけで十回分は死ぬ。マジで。
「シエ、後は任せたっ。飯は取っといてくれ!」
「あ、ハ、ハイお任せください!」
「皆方お前戻ってきたら絶対説教だからな! 俺一切悪くねえもん!」
外へと脱出、玄関から顔だけをのぞかせて負け台詞を投げ捨てていく。このまま夜闇に消えよう。今の皆方なら追っかけてくるかもしれんがその時はその時だ。あっちの体力が尽きるまで鬼ごっこするしかない状況に、俺は放り込まれた。
本作のヒロインには”構いたがり”なキャラばかりで構成されているため、ヨナギから何も行動せずとも周りから問題が寄ってきやすいです。
シエもそうですが、皆方はすぐリアに乗せられてしまうので被害を一身に受けるヨナギは苦労します。
ハーレム物?の主人公としては避けて通れない部分ですし、男として頑張ってほしいです。




