第五十一話 浪漫兵器
「さて……お前はどうするか?」
「ひぃ!?」
この惨状を呆然と見ていたハリエットの前に、和己がすぐ前まで接近していた。それにハリエットは、さっきとは違って怯えた声を上げて、拳銃を腰から抜き放った。
バキン!
だがその拳銃は、一瞬でスクラップと化した。和己に銃口が向けられた瞬間に、すぐ目の前まで来ていた和己の平手打ちが、その拳銃を叩きつける。
拳銃はその一発で、木っ端微塵に分解されてしまった。
「待ってくれ! これは私の意思じゃないんだ! 全てはガイデルに洗脳されて……」
「洗脳されたとか、そういうこと普通、自分で言うか? ていうか、マジで洗脳とかされてる奴いたのかよ?」
自分たちがまだほとんど憶測で言ったことを、帝国兵であるハリエットは自分から、はっきりと口にして見せた。
「ちっ、違う! そういう洗脳なんだ! 私も将官達の多くも、女帝の事しか考えられないように……」
「つうかお前さっき、女帝を馬鹿にするようなこと言ってたよな?」
どう考えたって、この女は洗脳などされていない。素でこれまでの横行を行っていたはずである。
『ああ、これは解析するまでもないな。こいつと違って、その女は脈拍も完全に正常だ。洗脳なんかされていない』
一人の兵士を強引に診察していたジャックが、そう和己達に言い放つ。
「やっぱそいつやられてたのか?」
『ああ、かなり長いこと、こんな状態だったみたいだな。治療には結構な時間がかかりそうだ……』
ライム達がもみくちゃにした兵士達を、脇に寄せている中、和己がハリエットに向き直る。そしてさっきとは別の意味で、責めるような目で詰め寄った。
「色々聞かせてもらおうか? ガイデルって奴は、自分の部下に何をした?」
「それは……」
ズン! ズン!
「!?」
ハリエットが観念しかけて、何かを言おうとしたとき、妙な音が聞こえてきた。映画などでの、怪獣の足音のようなそれが、開きっぱなしの基地の中から、こちらにどんどん近づいてくる。
「うぉおおっ!? 何だこのイカス奴!?」
近づいてきたそれを目撃した和己の言葉は、何故か歓喜であった。そこに現れたのは、全身が金属の装甲で覆われた、一体の巨人である。
プラモデルのような機械的な骨格と部品で形作られた、白と黒のカラーリングの大きな人型。身長は12メートルぐらいはある、大型の人型ロボットである。
頭部はやや大きめで、少し尖ったバイクのヘルメットのようだ。ロボットの目に当たる、黒いフロントガラスは、十字の形をしている。
ロボットは手に片刃の斧を持っており、腰元にはとても人間にはもてない巨大拳銃が差し込まれている。
和己の世界ではSF世界の映画やアニメでしか見られない、多くの人々の憧れの代物が、まさにここに唐突に登場である。
「すげえな……プロペラ飛行機が主流の世界で、まさかこんなハイテクでイカスもんが作られてるなんて……。そういや他に魔法もあるんだっけ?」
『何か嬉しそうだな和己……。ロボットなら、既に俺がいるだろう?』
「ああ、確かにお前はな……何となくデザインがな……」
『おいおいデザインって……言っとくが、これが一番効率の良い形なんだぜ! それに引き換え何だあれは? 軍の大型機が人型なんて、不効率にも程があるだろうが!』
謎のロボットに対する和己の反応に、ジャックは少し怒っている様子。そんな彼らに向かって、ロボットから機械で拡声された声が放たれた。
『貴様があの邪悪な魔道士共の片割れの和己か! こんな所にまで現れるとは、良い度胸だ! この私が自ら引導を渡してやる!』
「がっ、ガイデル元帥!?」
その声を聞いたハリエットが、その搭乗者の名を呼ぶ。そしてその名に、今まで浮かれていた和己も、すぐに引き締め直す。
今彼女が放った言葉は、まさにこの国をおかしくした、元凶と思われる人物そのものである。
「おいおい……折角見た、いかすロボットの乗り手が、悪の大王かよ! がっかりだぜ!」
『寝ぼけたことを! 女帝陛下に刃向かい、この国を滅ぼそうとする悪は、貴様であろうが!』
「所でそれ、なんて名前なんだ? 今からお前をぶっ飛ばした後、頂きたいからな!」
『これは心感機・鋼狩人だ! 北方の大地魔に対抗する為に、我が国の機械技術と魔法学の粋を集めて作った、帝国の最強の兵器よ!』
『おいおい和己……もっと他に聞くことあるだろ? おいガイデル! てめえが今までしてきたことは、大体判ってんだ! 女帝の名前を好き勝手に使って、軍で政治を牛耳って、お前は何を企んでいる!?』
得意げに自分の兵器を自慢するガイデルに、ジャックがこの国の確信的な事を問いただす。
『好き勝手とは、何とも無礼な物言いだ! 全ては陛下の為にした、私の忠義の行いだ!』
『女帝の意思を無視して、差別を促したり、国民を苦しめるのがか!?』
『その通りだ! 陛下はお優しい方だ……そうあまりにも優しい。本来ならば、存在する価値のないような、蛮族や貧民共にまで、救いの手を差し出そうとするまでに。だがゲス共は、そんな陛下の優しさにつけ上がって、好き勝手に言いやがる! だから私が、陛下の為にその汚れたゲス共を、陛下に代わって消してやったのだ!』
『陛下に代わって? 女帝がそれを望んでるってのか? てめえ個人がただそいつらが嫌いなのを、人に押しつけてるだけだろうが!』
『違う! 陛下の為に何をすべきか、それを全て判っているのは、この私だ! 陛下はあまりの優しさ故に、王として間違った行いをされてしまっている。その間違いを、例えそのご意志に背いてでも止め、真に正しい道に導くのが、真の忠臣として役目だ! 我らの苦しみと努力を知りもしない、余所者の蛮族共が! 陛下の望みがどうのと口出しするなど、片腹痛いわ!』
横で聞いていた和己は、ガイデルの口にした、忠義のあり方に、唖然としていた。彼がいった言葉が、全て本心だとすると、何ともはた迷惑な忠臣がいたものである。
だがすぐにその表情が変わる。何だか苛ついたような顔で、今度は彼自身が、ガイデルに口を挟む。
「余所者が? まるでこの国の奴が、それを望んでるみたいな言い方だな! このストーカー野郎が! 聞けばお前、自分の部下を首切りしまくって、残りの奴らも、忠義馬鹿に洗脳してるらしいじゃないか!」
『洗脳ではない! 啓発だ! ああ……どうやらそこの馬鹿が、うっかり口を滑らせたらしいな?』
「いえっ!? ああ……」
未だに和己に掴まれたままのハリエットが、上司からの言葉を受けて、ますます絶望の声を上げている。
『確かに私は、魔道士達に命じて、将官達や一部の警察幹部に精神的な干渉をした! だがそれらは全て、彼らのためにしたことだ! 私と陛下に、反逆の意思を示した者は、全て消し去った。だが残りの奴らも、どこかに迷いが見えたからな。だから私が、彼らが決して間違った行いをしないように、その心に正しく強い意志を植え付けてやったのだ! それは彼らの為であり、そして女帝陛下の為の、聖なる啓発だ!』
「てめえが勝手に、てめえのストーカー精神を押しつけてるだけだろうが! 優しい女が好きなら、まずてめえが優しくなれよ!」
以前自分がジャックに言われたのと、同じようなことを、和己は高らかに叫ぶ。それに驚いたのはジャックであった。
『病人を平気で見捨てようとしたお前が、そんなことを言うとはな……意外すぎて、びっくりだぜ。てっきりお前も、ストーカー的なタイプかと……』
「うるせえ! いくら俺でも、あそこまでいかれてねえよ! 何かむかつくんだよ!」
普段は正義感と言うものには、無縁な性格をしていた和己。だがこの自分の人に対する好意を、ねじ曲げて押しつける悪意を、直接聞いた彼は、かなり直情的に腹を立てているようだった。
『何を言う! 私とて充分に優しいぞ! 陛下に敬意を払わなくなった愚民共に、未だに生きる権利を与えてやっているのだからな! だが貴様らには、そのような権利など与えん!』
ガイデルが乗った巨大ロボット=鋼狩人が、斧を振り上げながら、和己達に向かって突進した。
その動きは機械的なものはなく、本当に人間が動いているような、実に生物的で優れた走行動作である。




