最初のファン
「初回から?」
俺は思わず聞き返した。
「はい」
女性は答えた。短く、はっきりと。
「あのとき同時接続者が何人かご存知ですか。最初の十分間は三十人以下でした。その中の一人が私です」
「……なんで」
「夜中にたまたま開いた配信一覧に、ライブマークが出てたので」
理由が偶然すぎる。でもこの人は嘘をつく顔をしていなかった。感情の振れ幅が少ない顔で、ただ事実を述べているだけという印象だった。
「九条凛花、といいます。このギルドの受付です」
「榊誠二です。……もう知ってますよね」
「はい」
九条さんは頷いた。わずかに目が動いた。これが、この人の笑顔に相当するのかもしれない。
「少しお話しできますか。邪魔をするつもりはありませんが、聞いてほしいことがあって」
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ギルドの一角、来訪者用の小さな個室に通された。
向かいに九条さんが座った。テーブルを挟んで向き合うと、改めて静かな人だという印象が強くなった。背筋が伸びていて、無駄な動きがない。探索者崩れではないか、と一瞬思ったが、制服が受付員のものだから今は違うのだろう。
「《構造透視》について、少し理解できることがあります」
九条さんが言った。
「私は以前、Aランクの探索者をしていました」
「Aランク」
俺は繰り返した。
Aランクは探索者の中でも上位数パーセントに入る階級だ。引退して受付員になる人間が一定数いることは知っていたが、実際に目の前にいると妙な現実感がある。
「今は受付の仕事をしています。諸事情で」
諸事情、という言葉に少しだけ重さがあった。俺はそれ以上聞かなかった。
「《構造透視》を持つ探索者に会ったことがあります。一人だけ」
九条さんは続けた。
「《構造透視》は、使い方次第でどんなスキルにも勝ります。情報という観点から言えば、ですが。今日のボス戦の動画を見ました。第三核を背中から狙ったのは正解でしたが、もっと早い段階で判断できたはずです」
「……どういうことですか」
「ロックガーディアンは特定の足の動きをしたとき、必ず右に体を向けようとします。習性です。知っていれば、第一撃の突進をかわした時点で背中を取れた」
俺は頭の中で映像を再生した。
確かに。あのとき左に跳んで、岩甲獣が向き直るのを待った。でも最初から右に跳んでいれば、突進の勢いで岩甲獣が壁に激突した直後、自然と背面が見えていた。
「知識と《構造透視》を組み合わせれば、ほぼ全てのボスに初見対応できます」
「それを教えてくれるということですか」
「押しつけるつもりはありません。ただ、あなたのスキルがもったいないと思いました」
九条さんはそこで少し止まった。
「あなたのスキルを見ていると、私は」
また止まった。今度は少し長かった。
「変な感覚になります。気になる、という意味です」
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それから三十分ほど話した。
九条さんはモンスターの習性や、ダンジョンごとの罠のパターンについて、驚くほど詳細な知識を持っていた。Aランクの経験があれば当然かもしれないが、それでも話の精度が違う。
単純に経験量だけじゃない。分析の仕方が、探索者というより研究者に近かった。
「一つ聞いていいですか」
俺は言った。
「《構造透視》を見ていると変な感覚になる、というのは?」
九条さんは一瞬だけ固まった。
「……正直に言うと、左腕が反応します」
「左腕?」
「特定のスキルを目視したとき、腕が勝手に動こうとします。条件反射のようなものです。引退してからも消えなくて、少し困っています」
俺は九条さんの左手を見た。
テーブルの上に置かれた左手が、わずかに震えていた。
本人も気付いていないのか、あるいは気付いていて言わないのか。震えはすぐに止まった。
「どんなスキルでも反応しますか」
「いいえ。《構造透視》系のスキルに限って、反応します」
「系、とは」
「《構造透視》が上位に持つ派生スキルが存在します。ギルドの公式データにはありません。でも、確かに存在する」
九条さんは俺を見た。
静かな目だった。燃えているわけじゃない。でも、消えてもいない何かがある。
「あなたのスキルは、まだ覚醒していません」
低い声が、部屋に落ちた。




