表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

45/51

三つ目の鍵

美鈴がドイツに到着したのは翌日の夕方だった。


凛花が手配した。凛花は「必要な人材だと判断しました」とだけ言った。


美鈴は小柄だった。凛花より少し背が低い。台湾出身、二十五歳。目が鋭い。笑顔が多いが、笑顔の裏で考えていることが顔に出ていた。


「はじめまして、榊さん。噂通りの顔をしていますね」


「どんな噂ですか」


「愛想がないという噂です」


「正確です」


「いい返しですね、記録しておきます」


ひなたが「気が合いそう——あ、でも私と気が合うってことは師匠と合わないかも」と言った。


「私は愛想がいい方なので大丈夫です」


「合いそうで合わなそう」


美鈴がひなたを見た。


「あなた、面白いですね。名前は?」


「天野ひなたです。D級です」


「D級でここにいるんですか」


「縁です」


「縁、ね」


美鈴が笑った。本当に笑っていた。


---


ゲートハブの中で、美鈴が古代文字の解読を始めた。


ナビが「通訳補助が必要な場合は支援します」と言った。美鈴が「同じ文字体系を使いますか?」と聞いた。ナビが「使います」と答えた。美鈴が「では三十分ほどで読めます」と言った。


三十二分後、美鈴がメモを持って戻ってきた。


「三点、報告します」


全員が集まった。


「一点目。第三の管理者について。バベルの坑道の第十二層に存在する。単独。設計者の記録によれば、《構造創造》スキルの保有者は、スキルが発現した時点でゲートの構造維持に関与し始める。要するに——」


美鈴が言葉を区切った。


「第三の管理者は、三年以上前からイラクのダンジョン深部で、ゲートの崩壊を一人で抑えている可能性があります」


「三年以上」とひなたが言った。


「はい」


「一人で?」


「記録ではそうなります」


ひなたが黙った。


俺も黙った。


「二点目。九条さんの腕について」


凛花が視線を上げた。


「腕の破片はゲート素材です。これは昨日お伝えした通り。ただし追加情報があります。設計者の記録によれば、このタイプのゲート素材は、管理者スキルの保有者と長期間接触することで融合を開始します。九条さんの腕は今、融合の初期段階にあります」


「融合、というのは」と凛花が言った。


「取り出せなくなる、ということです。逆に言えば——取り出す必要がなくなる。身体の一部になります」


「……排除反応が出ないということですか」


「むしろ受容が進みます」


凛花が自分の左腕を見た。


スリングを外して、包帯の巻かれた腕を静かに見ていた。


「三点目」と美鈴が続けた。「三つの鍵は、統合されなければならない。設計者の目的はダンジョン網の安定稼働です。現状は管理者不在による不安定化が進行しています。第三の管理者が崩壊を一人で抑えているのもそのため。三つの鍵が揃えば、システムが正常化する」


「正常化とは何を指す?」とレオンが言った。


「ダンジョン内のモンスター活動の安定化。《構造汚染》の影響を受けにくくなる。また、設計者の残したデータの完全閲覧が可能になります」


---


レオンが腕を組んだ。


「妹が動いている」


「妹さん?」とひなたが言った。


「アリス。米国在住。スキルは《構造感知》——管理者スキルに隣接する感知型スキルだ。ダンジョン網の異常をここ二年で追跡していた。私と連絡を取り合っていたが、先週から合流を示唆するメッセージが来ている」


「こちらに来るということですか」と俺は言った。


「来るとしたら、ここかイラクだろう」


ひなたが「レオンさんって妹いたんですね」と言った。


「いる」


「どんな人ですか」


「うるさい」


「似てる?」


「うるさい方が」


「どっちが?」


「アリスの方が、うるさい」


ひなたが「想像できます」と言った。


レオンが少し困った顔をした。レオンが困った顔をするのを、俺は初めて見た。


---


決まった。


全員で、バベルの坑道に向かう。


ゲートの起動まで、最速ルートを取る。通信が取れれば十五時間。取れなければ七十二時間後に飛ぶ。その間に装備と情報を整える。イラクの入口付近は包囲されているため、軍との連携が必要になる。レオンが元US軍のルートを持っている。


「動けます」とレオンが言った。


「準備します」とひなたが言った。


美鈴が「私も行きます。古代文字が読めるのは現場でも役に立つ」と言った。


「危険ですよ」と俺は言った。


「この情報、戦場でなければ意味がないでしょう」


「……そうです」


「では決まり」


俺は配信を立ち上げた。


「こんばんは。榊誠二です。次はイラクに向かいます。三人目の管理者を探しに行きます」


コメントが流れた。


「え」「イラク!?」「本気か」「ゲートで行くのか」「ひなたちゃんも行くの?」


「詳細は準備が整ったら話します。今日はここまでです」


切った。


その夜、スマホに着信が入った。


凛花だった。


「榊さん」


「はい」


「私も行きます」


俺は少し止まった。


「腕が——」


「美鈴さんが見てくれます。融合が進んでいれば、戦闘にも耐えうると言っていました」


「まだ確認が——」


「三年待ちました」


凛花の声が変わった。


いつもの丁寧な声ではなかった。


「もうこれ以上、待てない」


俺はそれ以上、何も言わなかった。


言えることが、なかった。


「わかりました」


「ありがとうございます」


電話が切れた。


俺は窓の外を見た。


ドイツの夜は静かだった。


街の明かりが遠い。


《構造透視》が動いていた。


ドイツのダンジョン。日本のダンジョン。そして遠く——中東の方角に、もう一つのダンジョンの輪郭が、かすかに感知できた。


そこに、誰かがいる。


一人で、ずっと待っている。


三年以上。


俺は息を吐いた。


「次、行くか」


誰もいない部屋で、俺は言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ