三位一体
三回目の攻撃が、外れた。
覚醒体が動きを変えた。パターンを学習している。コンマ三秒の収縮タイミングに攻撃が来ることを、理解し始めた。
「ランダム性を加えてきました」
俺は言った。息が乱れている。
「次の収縮タイミングは読めますか」と凛花が聞いた。
「読めます。ただし、前回より複雑になっています」
「どれほど」
「ゼロコンマ五秒の誤差が生じうる」
凛花が左腕を押さえた。
三回目の防御で、防具の亀裂が広がっていた。皮膚が見えていた。白い、ではなく——青い。皮膚の下で何かが起きている。
「凛花さん——」
「言わないでください」
「でも——」
「言わないでください」
声が低かった。怒りではない。懇願に近い何かだった。
俺は口を閉じた。
ひなたが俺の袖を引いた。
「師匠。作戦を変えましょう」
「どう変えますか」
「今まで——ひなたが剣を持って、師匠の手を起点にして、《加速》を流していました」
「はい」
「逆にしてみます」
「逆?」
「師匠の体に《加速》を流し込む。師匠が直接、的に触れる形にする」
俺は考えた。
意味はわかる。俺が媒介になるのではなく、俺が着弾点になる。でも——
「俺が覚醒体に触れるためには、内部まで入る必要があります。外殻が修復されている状態では——」
「だから」
ひなたが凛花を見た。
「凛花さんに、最後の盾をお願いしたい」
凛花が目を細めた。
「最後、とはどういう意味ですか」
「四回目の防御をして、外殻の収縮を起こさせる。師匠がその瞬間に中に入る。《加速》は——師匠に乗せます」
「俺に乗せる?」
「師匠の手が、音速で内部を突く。コアを砕く」
沈黙が落ちた。
「できますか」と凛花が俺に聞いた。
「《構造透視》で内部の地図は見えています。コアの位置、循環経路、貫通ルート——全部把握しています」
「では」
「問題はひなたの限界です。三回すでに使っています」
ひなたが首を振った。
「まだ動けます」
「動けると、限界まで出せるは違います」
「わかってます」
ひなたが俺を見た。真剣な目だった。
「でも——限界がどこかは、やってみないとわからない。やる前から諦めたくないです」
俺は二人を見た。
凛花の左腕。
ひなたの顔の青白さ。
国家緊急放送。地上では何千万人が見ているはずだ。
全部、わかっていた。
「やります」
俺は言った。
「タイミングの指示は俺が出します。凛花さんは指示と同時に動いてください。ひなたは俺に手を当てたまま待機してください」
「はい」
「はい」
俺は《構造透視》を全開にした。
因果のパターンが流れ込む。覚醒体の体内リズム。外殻の収縮予告。コアの位置。貫通ルートの最短経路。
見えた。
「十五秒後、二回の収縮が連続します。最初の収縮は陽動です。凛花さんは最初の収縮では動かないでください」
「わかりました」
「二回目の収縮のゼロコンマ一秒前に、俺が言います。そのタイミングで」
「わかりました」
「ひなたは、俺の体に触れたまま待機してください。《加速》は——俺が合図した瞬間に」
「はい」
ひなたの手が、俺の右手に重なった。
温かい。それだけだ。
でも《加速》のポテンシャルが、皮膚越しに感じる。この手に、音速が詰まっている。
「いきます」
一秒。
二秒。
覚醒体が前腕を振り上げた。
五秒。
十秒。
「……今です」
凛花が動いた。
一回目の収縮が起きた。凛花はそれを受け流す。真正面に出て、覚醒体の視線を引きつける。
覚醒体の注意が凛花に集中する。
二回目の収縮が——迫る。
「今!」
凛花の左腕が上がった。覚醒体の中間腕の一撃を受け止めた。
音がした。
防具の破砕音ではなかった。骨の——
「凛花さん!」
「行って!!」
絶叫だった。
俺は走った。
ひなたの手が俺の右腕に当たったまま、引き千切られるように走った。
《加速》が流れ込んだ。
熱でも光でもない。速度という概念が、肉体に注入される感覚だ。右腕が、思考より速く動こうとしている。
外殻の収縮点——胸部の薄い区画。
《構造透視》が示す最短ルート。
俺の右手が、そこに——
音が消えた。
音が追いつかなかった。
手が外殻を貫いた。体液の膜を通り抜けた。循環経路を回避して——
コアに、触れた。
固い。でも——
砕けた。
爆音が来た。一拍遅れて。
覚醒体の体が震えた。内側から光が漏れた。外殻に走る亀裂が広がる。広がる。広がる——
崩れた。
十メートルの体が、音を立てて崩れた。
俺は後ろに跳んで、着地して、転がって、止まった。
地底都市の天井から砂が降ってきた。
遠くで、誰かが叫んでいる声がした。配信のマイクだ。地上のスタッフが歓声を上げている。
俺は立ち上がった。
「凛花さん!」
凛花は倒れていた。左腕を胸に抱えて、横向きに。
俺は駆け寄った。
「凛花さん、聞こえますか」
「……聞こえています」
声があった。
安堵が、熱さとして来た。
「腕は」
「折れました」
「どこまで」
「三ヶ所くらい」
「くらいって」
「今は数えられません」
俺はひなたを見た。ひなたは膝をついて、地面に手をついていた。《加速》を使い果たした後の状態だ。でも意識はある。
「生きています」とひなたが言った。
「わかっています」
配信のマイクから、数字が聞こえてきた。
三千万人。同時接続者数。
俺はそれを聞きながら、立ち上がって、崩れた覚醒体の跡を見た。
《構造透視》が、まだ動いていた。
因果のパターンが——その先を読んでいた。
崩れた覚醒体の残骸の向こう。床の割れ目。石畳の裂け目から——下が見えた。
もう一層。
地底都市の、さらに下。
《構造透視》が見えているのは、構造だけではなかった。
その先の——存在を、感じていた。
覚醒体の崩壊を、何かが感知した。
地底で、何かが——目を覚ました。
地面が揺れた。
小さく。でも確実に。
俺は床の割れ目を見下ろした。
暗い。光が届かない。
でも《構造透視》は、そこに何があるかを知っていた。
勝利だ。でも——終わりではない。




