表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/47

構造透視・最終段階

地下七層。地底都市の最深部。


床は石ではなかった。何か別のものだ。踏むたびに、足の裏から微細な振動が伝わってくる。生きている、とまでは言わないが、ただの岩石とも違う。


《構造透視》が、ずっと鳴っている。


「見えていますか」


凛花が俺の隣に立っていた。左腕を胸の前で抑えている。防具の上からでも、無理をしているのがわかった。


「見えています」


「どの程度」


「今は半径三十メートル。でも——」


言葉を切った。


前方、五十メートル先。高さ二十メートルを超える空洞の中心に、それはいた。


覚醒体。


ギルドが記録しているSS級の指定生命体。外見は人型に近いが、サイズが違う。身長は十メートルを超えている。表面を覆う外殻は黒い。光を吸収する性質があるらしく、周囲の松明の光が、そこだけ届いていない。


三対の腕。それぞれの先が異なる形状をしている。前の一対は鈍器。後ろの一対は刃。中間の一対は、何かを把持するための構造だ。


俺の《構造透視》は、その外殻の向こうを見ていた。


層構造。外殻の下に、もう一枚の膜。その下に、体液の循環経路。その中心に——


「……コアがある」


「場所は」


「胸骨の位置。深さ、七十センチ」


凛花が目を細めた。


「七十センチの外殻を貫通する必要がある、ということですね」


「外殻の硬度は現在測定中ですが——おそらく通常の斬撃では届きません」


そのとき、《構造透視》が何かを検知した。


ノイズのような感覚だ。覚醒体の体内に、規則的なパターンが存在する。ランダムではない。リズムがある。


俺はそのリズムを追った。


展開する。広がる。層の下の層の下の層——


「……っ」


息が詰まった。


見えた。


違う。


「見えた」が、正確ではない。


「わかった」だ。


《構造透視》が——変化している。


いつもの視覚的な情報だけではない。覚醒体の構造が、因果のパターンとして流れ込んでくる。「外殻がここに存在する理由」が、「次の一秒に何が起きるか」が、「あの体がどのような原理で成立しているか」が、一つの流れとして——


「榊さん」


「少し、待ってください」


「顔色が——」


「大丈夫です」


大丈夫かどうかは、わからなかった。


頭の中で何かが書き換わっていた。


《構造透視》ステージ3。事前にギルドの資料で読んでいた。物質の内部構造の可視化、空間の歪みの検知、時間的な変化の先読み——


でも、今感じているのはそれだけではない。


因果が見える。


「どういうことだ」と俺は思った。声に出たかもしれない。


因果が見えるというのは、「Aが起きるからBが起きる」という連鎖が、視覚的なパターンとして見えるということだ。覚醒体のコアが鼓動するとき、その振動が外殻に伝わるルートが見える。外殻の一点——わずか二十センチ四方の区画が、コンマ三秒だけ、収縮する。薄くなる。


「ひなた」


天野ひなたが後ろから走ってきた。息が上がっている。装備の確認をしていたらしい。


「呼びました?」


「一つ聞かせてください」


「はい」


「《加速》で、攻撃を加速させることはできますか。自分以外の攻撃を」


ひなたが止まった。


三秒、沈黙した。


「……ずっと、考えていたんです」


声が変わった。


「わたしのスキル、《加速》って——最初から、自分を速くするための力じゃなかった気がしていて」


「続けてください」


「何かを通過させる、というか——速度を、流し込む、というか」


言葉が不器用だった。でも、俺には意味がわかった。


「触れることができますか。加速させたい対象に」


「たぶん……たぶん、できます」


「音速まで持っていけますか」


ひなたの目が大きくなった。


「やったことは——ないです。でも、もしできるなら——それが、わたしの《加速》の、本当の使い方だと思う」


俺は頷いた。


《構造透視》の新しい視界の中で、計算が走っていた。


コアの露出時間、コンマ三秒。音速、三百四十メートル毎秒。必要な貫通距離、七十センチ。


到達可能だ。


「凛花さん」


「聞いていました」


「盾をお願いします。俺とひなたが攻撃の起点を作る間」


「わかりました」


凛花が一歩、前に出た。左腕を庇いながら。でも足運びは迷いがない。


「タイミングはわたしが指示します」


「榊さんが読んでくれるなら——信じます」


俺は覚醒体に向き直った。


《構造透視》が、完全に覚醒している。


物質が見える。空間が見える。時間の流れが見える。因果のパターンが見える。


そしてコアが——完全に、見えていた。


ひなたが俺の隣に来た。


「師匠」


呼び方が変わっていた。


「師匠。私に触れてください」


俺はひなたを見た。


小柄な体に、ごつい探索者装備。まだ高校生だ。でも今、その目には——俺が初めて見るものがあった。


怖れではない。


覚悟だ。


「任せます」


俺はひなたの肩に手を置いた。


覚醒体が動いた。


戦闘が、始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ