構造透視・最終段階
地下七層。地底都市の最深部。
床は石ではなかった。何か別のものだ。踏むたびに、足の裏から微細な振動が伝わってくる。生きている、とまでは言わないが、ただの岩石とも違う。
《構造透視》が、ずっと鳴っている。
「見えていますか」
凛花が俺の隣に立っていた。左腕を胸の前で抑えている。防具の上からでも、無理をしているのがわかった。
「見えています」
「どの程度」
「今は半径三十メートル。でも——」
言葉を切った。
前方、五十メートル先。高さ二十メートルを超える空洞の中心に、それはいた。
覚醒体。
ギルドが記録しているSS級の指定生命体。外見は人型に近いが、サイズが違う。身長は十メートルを超えている。表面を覆う外殻は黒い。光を吸収する性質があるらしく、周囲の松明の光が、そこだけ届いていない。
三対の腕。それぞれの先が異なる形状をしている。前の一対は鈍器。後ろの一対は刃。中間の一対は、何かを把持するための構造だ。
俺の《構造透視》は、その外殻の向こうを見ていた。
層構造。外殻の下に、もう一枚の膜。その下に、体液の循環経路。その中心に——
「……コアがある」
「場所は」
「胸骨の位置。深さ、七十センチ」
凛花が目を細めた。
「七十センチの外殻を貫通する必要がある、ということですね」
「外殻の硬度は現在測定中ですが——おそらく通常の斬撃では届きません」
そのとき、《構造透視》が何かを検知した。
ノイズのような感覚だ。覚醒体の体内に、規則的なパターンが存在する。ランダムではない。リズムがある。
俺はそのリズムを追った。
展開する。広がる。層の下の層の下の層——
「……っ」
息が詰まった。
見えた。
違う。
「見えた」が、正確ではない。
「わかった」だ。
《構造透視》が——変化している。
いつもの視覚的な情報だけではない。覚醒体の構造が、因果のパターンとして流れ込んでくる。「外殻がここに存在する理由」が、「次の一秒に何が起きるか」が、「あの体がどのような原理で成立しているか」が、一つの流れとして——
「榊さん」
「少し、待ってください」
「顔色が——」
「大丈夫です」
大丈夫かどうかは、わからなかった。
頭の中で何かが書き換わっていた。
《構造透視》ステージ3。事前にギルドの資料で読んでいた。物質の内部構造の可視化、空間の歪みの検知、時間的な変化の先読み——
でも、今感じているのはそれだけではない。
因果が見える。
「どういうことだ」と俺は思った。声に出たかもしれない。
因果が見えるというのは、「Aが起きるからBが起きる」という連鎖が、視覚的なパターンとして見えるということだ。覚醒体のコアが鼓動するとき、その振動が外殻に伝わるルートが見える。外殻の一点——わずか二十センチ四方の区画が、コンマ三秒だけ、収縮する。薄くなる。
「ひなた」
天野ひなたが後ろから走ってきた。息が上がっている。装備の確認をしていたらしい。
「呼びました?」
「一つ聞かせてください」
「はい」
「《加速》で、攻撃を加速させることはできますか。自分以外の攻撃を」
ひなたが止まった。
三秒、沈黙した。
「……ずっと、考えていたんです」
声が変わった。
「わたしのスキル、《加速》って——最初から、自分を速くするための力じゃなかった気がしていて」
「続けてください」
「何かを通過させる、というか——速度を、流し込む、というか」
言葉が不器用だった。でも、俺には意味がわかった。
「触れることができますか。加速させたい対象に」
「たぶん……たぶん、できます」
「音速まで持っていけますか」
ひなたの目が大きくなった。
「やったことは——ないです。でも、もしできるなら——それが、わたしの《加速》の、本当の使い方だと思う」
俺は頷いた。
《構造透視》の新しい視界の中で、計算が走っていた。
コアの露出時間、コンマ三秒。音速、三百四十メートル毎秒。必要な貫通距離、七十センチ。
到達可能だ。
「凛花さん」
「聞いていました」
「盾をお願いします。俺とひなたが攻撃の起点を作る間」
「わかりました」
凛花が一歩、前に出た。左腕を庇いながら。でも足運びは迷いがない。
「タイミングはわたしが指示します」
「榊さんが読んでくれるなら——信じます」
俺は覚醒体に向き直った。
《構造透視》が、完全に覚醒している。
物質が見える。空間が見える。時間の流れが見える。因果のパターンが見える。
そしてコアが——完全に、見えていた。
ひなたが俺の隣に来た。
「師匠」
呼び方が変わっていた。
「師匠。私に触れてください」
俺はひなたを見た。
小柄な体に、ごつい探索者装備。まだ高校生だ。でも今、その目には——俺が初めて見るものがあった。
怖れではない。
覚悟だ。
「任せます」
俺はひなたの肩に手を置いた。
覚醒体が動いた。
戦闘が、始まった。




