ダンジョンブレイク警報【第4章 深淵の覚醒】
午後一時十七分、ギルド本部の緊急会議室。
俺を含めて二十三人が集まっていた。S級探索者が七名。A級が十一名。ギルド幹部と政府の対策チームが残りだ。これだけの顔が揃う会議は、俺が登録してから一度もなかった。
モニターに映し出されているのは、第四十一番ダンジョンのリアルタイム計測データだった。
赤い波形が暴れている。あのダンジョンで配信した夜、数字が三百万を超えた。鷹峰が申請書を出したのは、あの翌朝だった。今となってはどちらも、同じ流れの中にある。
「現時点での確認事項を報告します」
中堂が壇上に立っていた。声が落ち着いているが、目の奥に疲弊の色が見えた。きっと昨日から一睡もしていない。
「第四十一番ダンジョン最深層において、内部魔素の急激な過剰蓄積が観測されています。波形パターンは過去七例のダンジョンブレイク事案と一致。現在の蓄積速度から算出した場合、最短で——」
中堂が一瞬止まった。
「七十二時間以内に崩壊が始まります」
会議室の空気が変わった。
七十二時間。誰かが小さく息を飲む音が聞こえた。
「ブレイクが発生した場合の影響範囲の試算です」
モニターが切り替わった。東京都内の地図。赤い円が広がっていく。新宿。渋谷。池袋。
「第四十一番ダンジョンは地下七層で構成されています。現時点で生息が確認されているA級相当の魔物数は——」
「聞きたいのはそこじゃない」
S級探索者の一人が割り込んだ。《カラクリ》の玄浦だ。業界歴十五年のベテランで、口が悪い。
「止める方法を言え。それだけでいい」
中堂が玄浦を見た。怯まなかった。
「理論上の阻止手段は一つです。最深層に到達し、ダンジョンコアを直接破壊する。コアが安定状態に移行すれば、魔素の暴走は止まります」
「最深層に到達——か」
玄浦が腕を組んだ。「あの第四十一番の最深層といえば、七層の地下都市より更に下だろ。未探索区画だ。何がいるかもわかっていない」
「その通りです。現段階での難易度推定は——」
「SS級だな」
「はい」
また沈黙が来た。
今度は長かった。
俺は会議室を見渡した。S級探索者七名の顔を順番に見た。玄浦。《双剣》の安達。《翠霞》の三橋。それぞれが、それぞれの表情で黙っている。
「チームを編成することは——」
「難しい」
三橋が言った。静かな声だった。「私は左膝に古傷がある。最深層の長丁場には耐えられない。申し訳ないが、今回は力になれない」
「私も同様です」と安達が続けた。「先週の調査で右肩を痛めました。もう少し時間があれば——」
「七十二時間です」
「……わかっています」
一人ずつが、一人ずつの理由を言った。どれも嘘ではないと思う。本当に状態が良くないのかもしれない。でも。
《構造透視》が動いていた。
会議室の構造が見えていた。人の配置。視線の方向。七十二時間という数字が出た瞬間に、それぞれの体の向きが微妙に変わった。防御の態勢。距離を取る動き。
みんな、わかっている。
SS級という数字が何を意味するか。
「現役の探索者でSS級に対抗できる個人は、世界でも把握されていません」
政府側のスタッフが資料を開いた。「したがって今回のミッションは——」
「俺が行きます」
声が出た。
自分の声だったと、一拍遅れて気づいた。
会議室の視線が俺に集中した。
「榊誠二さん」
中堂が俺を見た。「あなたはS級審査待ちです。SS級ミッションは——」
「《構造透視》のステージ3は、構造の未来を読みます」
俺は立ち上がった。「ダンジョンの崩壊も、構造の変化です。パターンが読めれば、対処できる」
「理論的にはそうかもしれませんが、実際には——」
「七十二時間で行きます」
玄浦が俺を見ていた。長い沈黙の後、静かに言った。
「……お前、本当にわかってるか。SS級だぞ」
「わかっています」
「単騎じゃ——」
「一人じゃないです」
ポケットのスマホが振動した。
画面を見た。
凛花からのメッセージだった。
《行きます。準備済み》
短い言葉だった。だがその四文字を読んだ瞬間、体の芯が落ち着いた。
その下にひなたから。
《師匠!私も行く!絶対行く!!》
俺は画面を会議室に向けた。二つのメッセージ。
「三人で行きます」
玄浦が天を仰いだ。
政府スタッフが何かを言いかけた。中堂が手を上げてそれを止めた。
「……条件があります」
中堂の目が真剣だった。
「ギルドとして全力でバックアップします。装備、情報、地上からの支援、全て出します。その代わり——」
「何でも言ってください」
「生きて帰ってください」
俺はうなずいた。
「そのつもりです」
窓の外で、空の色が変わっていた。
第四十一番ダンジョンの方向、地平線の低いところに、うっすらと赤い霧が立ち込めている。
七十二時間。
止めに行く。
そして——凛花の腕を、取り戻しに行く。




