圧倒
ギルド審査室は静かだった。
静かすぎた。
俺の向かいに審査員が四人。普通の実技評価なら二人のはずだ。四人は「想定外」のサインだと後でひなたが言っていた。
中堂が端末から目を離した。
「タイム四十七分十三秒。第七番特設A級ダンジョン、ソロ踏破」
「はい」
「《コロッサス・ウォーデン》は討伐時の傷痕から、一度も攻撃を受けていないと見られます」
「はい」
「無傷で、最速で、ソロ踏破」
中堂が言葉を切った。隣の審査員と目を合わせる。その審査員がわずかに頷いた。
「榊さん」
「はい」
「率直に申し上げます。この結果は、A級の評価基準に収まりません」
「……どういう意味ですか」
「S級の再評価を推薦します」
部屋の温度が、少し下がった気がした。
俺は答えなかった。答えが用意できていなかったわけではない。ただ、その言葉の重さを、体に馴染ませる時間が必要だった。
「約束通りです」
中堂が続けた。
「第四十一番ダンジョン未発見階層への個人アクセス権、回復させます。加えて、発見者権利の申請を正式に受理します。《ヴァンガード》の申請は後発として却下処理に入ります」
「ありがとうございます」
「それと——」
中堂が一枚の書類を出した。
「ランク再評価の前に、現行のアクセス制限を即時解除します。本日付けで、全ダンジョンへのA級探索者としての単独立入許可が復元されます」
書類を受け取った。名前の横に「アクセス制限解除」のスタンプが押されていた。
俺がC級に格下げ処分を受けてから、三ヶ月と二十日が経っていた。
廊下に出ると、スマホが震えた。ひなたからだった。
「せんぱい!!! 見てましたよ!!! 五百万人が見てましたよ!!! 外でギルド前に人が集まってます!!!」
五百万人。鷹峰は今頃、この数字をどこかで見ている。俺を追い出したとき、こうなると思っていたか。思っていなかったはずだ。
「今どこにいる」
「ギルド前です! 凛花さんもいます!」
外に出ると、人がいた。
報道カメラが三台。記者が数人。それとは別に、一般の人間が二十人ほど集まっていた。探索者証のバッジをつけている人間が多かった。ダンジョン関係者だ。
凛花が俺の横に来た。
「お疲れ様です」
「ありがとうございます」
「結果は聞きました」
「はい」
凛花が前を向いた。記者たちがこちらに向かってくるのを見ていた。
「S級の推薦が出た、と中堂さんから連絡がありました。早かったですね」
「四十七分で終わったので」
「そのタイムは、私でも出せません」
静かな声だった。おべっかではなかった。凛花は事実しか言わない人間だ。
「《構造透視》がステージ3になりました」
「見ていました。動きの軌道が見えていましたね」
「五手先まで」
凛花が俺を見た。その目が、何かを考えていた。一瞬だけ、表情の奥に何かが動いた気がした。それが何かは、俺にはまだうまく言えない。
「……未発見階層に、また行けますね」
「はい」
「あの階層に、私の腕の素材があるかもしれない」
言葉に出したのは初めてだった。
「あると思います」
俺は答えた。
「《構造透視》で、ステージ3になってから見え方が変わりました。あの地下都市の構造を、もう一度読み直したい。素材の密度分布も確認できるはずです」
凛花が少しだけ目を細めた。
「……急がなくていいです」
「急ぎます」
「なぜ」
「凛花さんが三年間、一人で抱えてきた問題です。それを知った以上、急ぎます」
沈黙。
ひなたが横から首を突っ込んできた。
「なんか、めちゃくちゃ良いこと言ってる! 配信中ですか!?」
「していない」
「もったいない!!」
記者が来た。カメラが向いた。俺は普通に答えた。
S級評価の推薦についての感想は「まだ実感がない」と言った。
未発見階層についての予定は「準備が整い次第、再入場します」と言った。
《ヴァンガード》についての質問は一つだけ来た。それには「ギルドが適切に対応してくれると思います」と答えた。
カメラが消えてから、ひなたが小さな声で言った。
「《ヴァンガード》のサイト、更新止まってます。団員の離脱が相次いでるってスレに書いてありました」
「そうですか」
「鷹峰さん、どうするんですかね」
俺は答えなかった。
わからなかった。
同時に——少し、引っかかるものがあった。鷹峰涼介という人間を、俺はよく知っていたはずだった。
「帰ります。明日から準備を始めます」
「何の準備ですか」
「未発見階層、再入場の準備です」
ひなたが目を輝かせた。
「わたしも行っていいですか!?」
「情報収集担当として同行してもらいます」
「やった!!」
凛花が静かに言った。
「私は、左腕の状態を事前に医療ギルドで再確認してきます。動かせる範囲を把握した方が、作戦を組みやすい」
「それが助かります」
三人でそれぞれの方向に歩き始めた。
俺は一人になって、スマホを取り出した。
アーカイブの再生数を確認した。
公開実技試験の配信。再生数が今も伸び続けていた。
数字の下に、コメントのハイライトが自動表示されていた。
一番上のコメントは短かった。
「榊誠二、今日から俺の推しです」
ポケットにしまった。
空は夕暮れになり始めていた。
未発見階層が待っている。地下都市が待っている。そして凛花の腕を治す素材が、あの深さのどこかにある。
五手先まで見える目で、俺はこれから先の地図を描いていた。
だが《構造透視》が捉えていた——遠く、第四十一番ダンジョンの方向から、微細な振動が届き始めていた。




