覚悟
ギルド本部の窓口は、午前十時を過ぎても混んでいた。
カウンター越しに書類を差し出すと、受付の女性が一瞬固まった。書類の内容を確認して、隣の同僚に目配せする。その目配せが「対応できない、上を呼べ」と言っていた。
「少々お待ちください」
俺は頷いて、カウンター横の椅子に座った。
スマホのコメント欄を確認する。昨晩の配信から十六時間が経っていた。同時視聴者数のピークは三百八万まで伸び、現在もアーカイブの再生が続いていた。コメントの大半は地下都市の考察だったが、一定数が別のことを書いていた。
「《ヴァンガード》が申請出したらしい」「管理権横取り狙ってる」「榊、対抗しないと詰む」
情報が早い。ギルドに申請書が届いてから十二時間も経っていないのに、もう漏れている。
三百八万という数字を見るたびに、鷹峰の顔が浮かぶ。あいつに追い出された日、配信に繋がっていた視聴者は四十三人だった。今は違う。
「お待たせしました」
奥から出てきたのは、四十代くらいの男だった。胸元にギルド審査部のバッジ。名前は中堂裕二。以前、配信の視聴者から「あいつは中立を保つタイプ」と教えてもらったことがあった。
「榊誠二さん、ですね」
「はい」
「書類を拝見しました。正式な異議申し立て、と理解してよろしいでしょうか」
「はい。加えて、三点の要求があります」
中堂が手元のタブレットを開いた。記録を取る気らしい。
「どうぞ」
「一つ目。現在のC級評価の不服申し立て。実績に基づく再評価を要請します」
「二つ目。第四十一番ダンジョンの未発見階層に対する、発見者としての個人管理権の主張。《ヴァンガード》の申請は、俺の発見より後出しです」
「三つ目」
俺は一拍置いた。
「実績を証明するための公開実技試験を、実施してください」
中堂の指がタブレットの上で止まった。
「公開実技試験とは」
「A級ダンジョンのソロ踏破。ライブ配信形式で、審査員の立会いのもとに行います。クリア条件を達成した場合、上記二点の要求に対して、ギルドとして正式に応じることを事前確約してください」
静かだった。
中堂が書類を一枚めくる。また一枚。視線が書類の上を動いている。思考している。
「これは……前例のない形式の申請です」
「知っています」
「ギルドとして受理するかどうか、私一人では判断できません」
「構いません。ただし回答期限は明日の正午です。それを過ぎた場合、俺は別の手段を取ります」
「別の手段というのは」
「記者会見です」
静寂。
ロビーの空調が唸っていた。カウンター奥で電話が鳴って、誰かが低い声で話している。
中堂が俺を見た。表情は動かない。ただ、何かを測るような目だった。
「……一点だけ、確認させてください」
「どうぞ」
「A級ダンジョンのソロ踏破は、現役のA級探索者でも成功率が低い。失敗した場合、あなたは要求を取り下げる意思がありますか」
俺は答えた。
「やります」
「失敗のリスクは——」
「やります」
中堂が俺を見た。
もう一度言わせた方がいいと思って、俺はもう一度言った。
「やります。失敗したら、全部取り下げます。発見者の権利も、再評価の要求も。ただし——クリアしたら、約束は守ってください」
中堂が書類をまとめた。立ち上がる前に、一度だけ深く息をついた。
「……上に掛け合います」
俺は頷いた。
ギルドの出口に向かいながら、スマホを取り出した。凛花からメッセージが届いていた。
「ヴァンガードがカウンターを打ってきそうです。気を付けて」
返信を打つ。
「もう打ちました」
送信して、外に出た。十月の空は薄く曇っていた。
スマホが震えた。ひなたからだった。
「せんぱい!ギルドどうでした!?」
「試験を受けることになる」
「えっ、試験ってどんな——」
「A級ソロ踏破」
しばらく間があった。それから。
「……せんぱい、配信者で良かったですね。これ絶対バズりますよ」
笑う気になれなかった。でも、嘘でもなかった。
翌朝、ギルドから回答が届いた。
正式受理。試験日は七日後。そして最後の一行に、小さな文字で追記があった。
「なお、本試験は審査の透明性を担保するため、全国ダンジョン探索連盟との協議の上、公共放送での中継を実施予定です」
凛花からも短いメッセージが届いていた。「見届けます」。その四文字が、奇妙なほど落ち着かせてくれた。
公共放送。
全国放送。
カメラの前で、A級ダンジョンに単独で入る。
俺はその文字を三回読んだ。そして、スマホを置いた。
窓の外を見た。
やるしかない、という感覚だけが、静かに胸の底に沈んでいた。
七日後、鷹峰はどこかでこれを見る。それも、わかっていた。




