書き換えられた記録
その夜、テレビをつけると鷹峰涼介の顔が映っていた。
生放送の情報番組だった。スタジオにいる鷹峰は落ち着いた表情で、胸元に《ヴァンガード》の章を光らせていた。
「今回の問題について、ご本人にお話を伺います」
アナウンサーが言った。
「騒ぎになっていることは認識しています」鷹峰は静かに笑った。「ただ、ネット上の情報はかなり誇張されています。榊くんは確かに優秀な人材です。私が目をかけて育てた」
俺は画面を見た。
「スキルは私が育てたんですよ。《構造透視》の使い方を教えたのも、基本的な戦闘感覚を叩き込んだのも——彼が今の実力を持つのは、《ヴァンガード》での経験があってこそです」
「……」
凛花が隣に座ったまま、一言も言わなかった。
俺も何も言わなかった。
ひなたは膝の上でスマホを握りしめていた。
画面の向こうで、スタジオのアナウンサーが頷いていた。「なるほど、指導者としての立場から見て……」という言葉が続く。
五分で番組を消した。
「SNSの反応は」
ひなたがすぐに答えた。
「爆発してます。さっきまで燃えてたやつが、テレビ出演で完全に油になりました」
「内容は」
「"スキルは私が育てた"がトレンド入りしてます。一位です。コメントは大体——」
ひなたが画面をざっと流して読み上げた。
「"お前が育てたなら最初から構造透視の使い方を説明してみろ"とか、"一人でダンジョン入って配信してる人間を指導者が育てたと言い張るのか"とか」
「ざまぁって言葉が多い」
「そうです。あと《ヴァンガード》のギルドページへの書き込みが殺到してて、一時的に閲覧制限かかってます」
凛花が立ち上がった。
窓の方へ歩いていく。外の夜景を見ながら、少し間を置いた。
「明日、取材を受けてください」
「はい」
「話すべきことは一つです。事実と記録だけを話す。感情は入れない」
「わかっています」
「鷹峰さんはテレビで煽りました」凛花は振り返らなかった。「この段階で感情的な発言をするのは彼の方です。あなたは冷静でいれば、それだけで対比が生まれる」
俺は頷いた。
ひなたがまたスマホを見ながら言った。
「あ、これ——」
「何だ」
「三件のパーティ記録の写しをまとめた人が、さらに一件追加しました。師匠が最初に《ヴァンガード》に関わったダンジョンの記録——五年前のやつ、です」
「五年前」
「師匠って当時Dランクですよね」
「……ああ」
「Dランクのときに初クリアの探索に参加させてもらって、記録を見ると"補助要員"になってます。五年間、ずっとです」
俺は何も言わなかった。
五年。
Dランクのときから今まで。回数にして、自分でも把握していなかったかもしれない。当時は「名前を残してもらえただけでいい」と思っていた。Cランクに上がっても「実績は向こうのものでいい、経験が積めれば」と思っていた。
思い返すと、腹が立つより先に疲れた。
「師匠、大丈夫ですか」
ひなたの声が、いつもより柔らかかった。
「大丈夫だ」
「嘘っぽいですけど」
「嘘だ」
「正直だ」
凛花がこちらに戻ってきた。テーブルの椅子を引いて腰を下ろす。
「今の状況を整理します」
「聞きます」
「ネット上の流れはあなたに有利です。記録の写しが出たことで、実績の書き換えは事実として認識されています。《ヴァンガード》がテレビで反論したことで、さらに注目が集まっている」
「でも公式記録は書き換えられたままですよね」
「ギルドの正式なシステム上は、そうです。ただ、昨日から問い合わせが殺到している。ギルド側は無視できない状態になってきているはずです」
「取材で話すのは——」
「記録の不一致について。あなたが実際に何をしたか、記録と事実がどう違うか。証言できる人間がいればベターです」
「当時の同行者はどこにいるかわからない」
「ひなたちゃん、追えますか」
「やってみます」ひなたがすぐに言った。「三年前のパーティメンバー、別の二人の名前は記録に残ってます。今の活動状況は調べれば出てくると思います」
「お願いします」
「了解です!」
ひなたがまたスマホを手に持って、爪を立てるように素速く操作し始めた。
俺は凛花を見た。
「ありがとうございます」
「まだ何もしていません」
「いえ」
凛花は少し首を傾げた。
「取材は明日の午後にアレンジします。それまでに準備を整えましょう」
「はい」
夜が深くなっていた。
ひなたはソファに半分横になりながら画面を見続けていた。凛花はメモを取り始めていた。
俺は窓の外を見た。
鷹峰の「スキルは私が育てた」という言葉が、まだ頭に残っていた。
怒りではなかった。もっと冷たい何かだ。
取材の後、どうなるかはわからない。でも記録は存在する。事実は消えない。
スマホが振動した。凛花からのメッセージだった。
「今夜、話したいことがあります。取材の準備が終わったあとで、二人で時間を取れますか」
俺は画面を見て、少し考えた。
「もちろんです」と返した。
凛花から来るメッセージとしては、珍しいトーンだった。
準備の、何が終わったあとで、だろうか。




